山本雅史部長(以下、MY):2016年のスーパーフォーミュラを戦ったストフェル・バンドーン選手は日本にやってきてシーズン2勝を挙げました。これについては、Hondaのドライバーも揃って「GP2チャンピオンはすごい」と素直に認めていましたね。実はバンドーン選手、スイッチがたくさんついたF1のステアリングでもすぐに使い方を覚えてしまう優れた能力の持ち主なのですが、そのバンドーン選手と同じGP2チャンピオンの肩書きを持つピエール・ガスリー選手であれば、すでにスーパーフォーミュラを戦っている日本人ドライバーにとってもいい刺激になるだろうと期待して来日してもらいました。
MY:レッドブル・レーシングのアドバイザーを務めているヘルムート・マルコさんに「スーパーフォーミュラについて話を聞かせて欲しい」と言われて、ふたりで話し合ったのがきっかけです。これが昨年のF1アメリカGPでのことで、このときマルコさんから「ピエールをスーパーフォーミュラに乗せようと考えている」と聞かされました。当時、ガスリー選手はまだGP2を戦っている最中で、タイトルの行方は決まっていませんでしたが、マルコさんが「ピエールは必ずチャンピオンになる」と断言していたのが印象的でした。
MY:シーズン前のテストでガスリー選手が鈴鹿を走るのを見ましたが、2コーナーのライン取りがほかのドライバーとは若干違っていました。そういうところに走りのヒントが隠されていると思います。私のこれまので経験からいって、やはりF1まで登り詰めるドライバーはどこか違っていて、学ぶべき点が必ずあるので、日本人ドライバーにはその辺を貪欲に吸収して欲しいですね。
MY:ここ数年、チーム無限は基本的に1台体制でエントリーしていて、山本選手はチームの顔というべき存在でした。それだけに、山本選手はチームを自分の思い通りに動かせるとポジティブに捉えていた一面もあったと思います。いっぽう、山本選手は自分に厳しいドライバーなので、環境に甘えることはなかったと思いますが、それでもどこか自分の周囲と馴染んでいた部分があったとしても不思議ではありません。そういう意味では、ガスリー選手の加入でふたりが真っ向勝負を繰り広げ、いい意味でお互いに刺激しあって切磋琢磨できるんじゃないかと期待しています。
MY:先ほども申し上げたとおり、ここのところチーム無限は1台体制でスーパーフォーミュラに臨んでいました。もちろん、物事がうまく運んでいるときはそれでもいいかもしれませんが、壁にあたったとき、1台体制でそれを乗り越えるには時間がかかります。しかし、2台体制になれば同じ時間内に2倍のことを試せるようになる。もちろん、山本選手はとても頑張っているしチームのエンジニアも優秀です。ただし、まだ彼らがトップに立っていない以上、改善の余地は残されているわけで、そこにヨーロッパ育ちのガスリー選手が加入することで化学反応が起こり、チームのパフォーマンスが向上することを期待しています。
MY:開幕戦の鈴鹿では山本選手が勝つと期待していました。あとは、そこにガスリー選手がどう絡んでくるだろうかと思っていましたが、実際にはライバル陣営の中嶋一貴選手が完璧な走りで優勝しました。山本選手も頑張ったけれど、一貴選手がその上を行っていたと思います。あの結果を見て、いまのHondaはライバル陣営と互角か、やや負けているかもしれないと感じました。もちろん、それはエンジンのパフォーマンスだけでなく、シャシーのセットアップも関係しているわけですが、本来はシャシーのセットアップを多少の不利を跳ね返してしまうくらい、圧倒的な性能を有しているのがHondaエンジンのあるべき姿です。その意味で現状は物足りませんし、研究所を中心にHonda全体が一丸になって、もっともっと努力をしなければいけないと考えています。
MY:Hondaにとってモータースポーツは原点であり、私たちのDNAでもあります。1964年に第一期Honda F1が始まった当時、創業者の本田宗一郎さんは「レースは走る実験室」と言っていました。私はこの言葉が好きですし、まったくそのとおりだと思います。かつては私もドライバーとしてレースを戦った経験がありますが、モータースポーツではたくさんの判断を瞬時に下さないと勝利できません。しかも、それを人よりも素早く、的確に判断しなければいけない。つまり、モータースポーツの世界では常にパイオニアでなければ成功を収められないのです。そして、そういう仕事との向き合い方がHondaの独創的で先進的な製品にも反映されているわけで、だからモータースポーツはHondaにとって本当に大切な活動だといえるのです。
MY:私自身はHonda=フォーミュラカーレースだと思っています。繰り返しになりますが、Hondaは1964年にF1参戦を開始しました。現在、私たちがF1で残している成績を考えると、当時活躍されていた諸先輩方に対して申し訳ない気持ちで一杯になりますが、第二期F1を始めとして、1980年代にもヨーロッパや日本のF2選手権でもHondaは圧倒的な強さを誇りました。そうした伝統もあって、現在では鈴鹿のレーシングスクールであるSRS-KやSRS-Fに始まり、国内ではFIA F4、F3、そしてスーパーフォーミュラ、さらに海外でもGP3、F2、F1に挑戦し、人材育成や技術開発に取り組んでいるのです。
MY:フォーミュラカーは軽量で動きが俊敏なので、ドライバーを鍛えるには理想的なカテゴリーだと思います。また、クルマを開発するという面からいっても、Hondaの原点である走る、曲がる、止まるを究極のレベルで実現しているのがフォーミュラカーです。そういったことからも、Hondaはフォーミュラカーレースに力を入れて取り組んでいるのです。
MY:後半戦にはシーズン2基目のエンジンも投入されるので、さらにパフォーマンスが向上すると期待しています。そこで、まずはチームHondaとして1勝を挙げてもらい、Hondaとしてシリーズ・タイトルを獲得できるように全力を尽くしていきます。
MY:これはスーパーフォーミュラではなく、先ごろスポーツランドSUGOで行なわれたスーパーGTでの話ですが、あのときNSX-GTは序盤に圧倒的な強さを示していながら、セーフティカーが合計3回入って勝利を逃してしまいました。あれを「勝負はときの運」と片付けてしまうのは簡単ですが、それではいつまで経っても結果を残せません。これは自省の意味も込めて申し上げますが、いまのHondaにはレースで勝つ上で必要となる何かが欠けている。それは、まずHondaが勝つことへのこだわりを、どのメーカーにも負けない強い想いと意志で日々追い求めているか?チーム、ドライバーがHondaの準備に納得してレースに挑んでいるか?そのような、チームHondaが一枚岩になって勝利をもぎ取りにいくという意志の強さというか気迫の問題かもしれません。オールHondaとして引き続き遮二無二努力し、ドライバーが実力を出し切れるようなエンジンを提供してあげたいと私は考えています。
7月28日 本田技研工業株式会社 Honda青山ビルにて
第1部
ピエール・ガスリー
第2部
山本尚貴
第3部
山本雅史
チーム無限からスーパーフォーミュラに参戦するピエール・ガスリー選手が、本インタビュー取材直後の8月20日に開催された第4戦ツインリンクもてぎ大会で初優勝を果たしました。シーズン前半は思うような結果を残せなかったガスリー選手にとっては待望の戦績といえるでしょう。
今回の優勝はガスリー選手にとって初となっただけでなく、Hondaにとっても今季初の栄冠です。ガスリー選手自身は、さらなる優勝を目指し、今シーズンの残された3大会にも全力で臨むでしょう。いっぽう、他のHondaドライバーにしてみれば「ガスリー選手に負けてばかりはいられない」と、これまで以上に奮起することが期待されます。その結果、Hondaドライバーが互いを鏡として研鑽し、さらにレベルアップして好成績を残すことこそ、今季ガスリー選手を起用した最大の狙いでもありました。
ガスリー選手の優勝でさらにモチベーションが高まったHonda陣営の戦い振りに引き続きご注目ください。