HONDA The Power of Dreams

　そして迎えた午後の予選は、不本意な結果に終わってしまった。今季のHonda RA107はここまで、一発の速さがなかなか出せていない。そのため予選では最初の走行から、軟らかい方のタイヤでアタックすることが多い。上位陣はソフトスペックを温存しておいて、終盤のここぞという時に履くが、今のHondaにはその余裕はない。ここまでの８戦で、ジェンソンが予選トップ10に残ったことは、モナコGPの一度しかないのだ。
　今回もジェンソンはソフトスペックを履いて、最初のアタックに出ていったが、15番手のタイムしか出せなかった。セッション終了直前まで待って、２度目のアタックに賭ける。ところがコースへ出ていった時、スーパーアグリ・F1・チームのアンソニー・デビッドソンがコースから飛び出し、黄旗が出てしまう。黄旗区間では、タイムアタックができない。それでもジェンソンは1回目のタイムをコンマ9秒縮める1分21秒335の自己ベストを出したものの、18番手が精いっぱいだった。
　予選直後のジェンソンは、さすがに落胆の色が濃かった。
　「わかるだろう？これだけたくさんの母国のファンが応援してくれている前で、こんな結果しか出せなかったんだから。不可抗力の部分もあったけど、でも予選一発の速さに欠けてるのも事実だ。このグリッドから上位を狙うのは厳しいけど、でも明日はベストを尽くすしかないね」

　決勝当日は、晴れ。気温21℃、路面温度37℃、微風と、絶好のレースコンディションとなった。午後1時からのレースは、グリッド２列目のフェリペ・マッサ（フェラーリ）がスタートできず、フォーメーションラップをやり直すことになり、ジェンソンのポジションは、ひとつ繰り上がった。
　ジェンソンはバリチェロとともに、かなり重い燃料を積んでレースをスタートする戦略を選択した。ライバルたちと同じ２ストップ作戦では、上位進出は難しいという判断からだった。しかし90kg近い燃料を積むことで、序盤のペースは伸びない。タイヤ性能も、劣化しやすい。それをいかに抑えて、安定したペースを維持するかは、ドライバーの腕にかかっていた。
　さらにHondaの2人はソフトスペックを履いて、レースに臨んだ。通常、重い燃料で走るのならなおさら、耐久性に優れるハードで始めるのが定石である。しかしスタートダッシュは、ソフトが優れる。さらにそのあとペースが落ちても、ここのコースレイアウトなら抜かれにくいという読みもあった。
　その判断が功を奏し、序盤にマッサにかわされたものの、その後のジェンソンは17番手で周回を重ねた。そして2回ストップ作戦のライバルたちが次々に最初のピットインに向かった15周目以降、じりじりと順位を上げていく。22周目には14番手。折り返し点間近の27周目には10番手。そして唯一のピットイン直前の32周目には、9番手まで上がっていた。
　この最初のスティントは、「予想はしていたけど、かなり重い燃料を積んでたし、事前に十分なセットアップもできてなかったので、ものすごく運転しにくかった」と、レース後のジェンソンは語っている。それでもペースが伸びないなりに、できるだけタイヤに負担をかけないスムーズな運転でラップタイムをまとめたのは、さすがだといえるはずだ。

　 33周目のピットインの際に、フロントウィングに微調整を加える。これで若干バランスは向上したものの、それでも最後まで乗りにくさは残ったようだ。10秒近い給油ののちコースに復帰したときには、13番手まで順位が後退した。しかし終盤にかけて順調にペースを上げ、10番手までポジションを復帰して、チェッカーを受けた。
　２戦連続のポイント獲得は果たせなかったが、レース後のジェンソンは満足そうだった。
　「18番手からスタートしたことを思えば、ベストの結果だったんじゃないかな。上位陣が１台もリタイアしてない中での、9位（バリチェロ）と10位なんだからね。とはいえ今のポジションに満足してないのは、言うまでもないことだよ。1日でも早くトップに追い付くように、これからも必死でやって行くしかない」
　ジェンソンが今まで戦ってきた自国GPの中で一番忘れられないのは、デビューした2000年のレースだった。4戦目で自己最高の5位入賞を果たしたのもさることながら、ゴール後の光景が、強烈な思い出となっているという。
　「あのときは、同じイギリス人のデビッド・クルサードが優勝してね。チェッカーを受けてゆっくり1周する間、観客席のいたるところでユニオンジャックが大波のように揺れてたんだ」
　ジェンソンはそう言ってから、その余韻に浸るように、少しの間目を伏せていた。次回こそ自分が、母国GPの主役を演じたい。そんな強い想いが、伝わってきた。