MENU
HONDA
検索
Hondaモータースポーツ監督が語る日本人ライダー&ドライバー
< INDEX

鈴木亜久里代表の語る佐藤琢磨

1990年に日本人として初めてF1での表彰台を獲得した鈴木亜久里は、「SUPER AGURI F1 TEAM」を自ら立ち上げ、Hondaエンジンの供給を受け、2006年からF1への参戦を開始した。このチームのドライバーが日本人として2人目のF1表彰台を獲得した(2004年)佐藤琢磨選手である。このふたりがそれぞれにお互いのことを語った。

―琢磨選手との一番最初の出会いは?
亜久里代表:SRS−F(鈴鹿サーキットレーシングスクール・フォーミュラ)の時ちょっと会ったのと、琢磨選手がSRS-Fを首席で卒業した時。ただスクールでは私は教えてなかったし、ほとんど言葉は交わさなかった。ちゃんと走りを見たのは、日本のF3選手権をテストした時かな。すごく速いし、取り組み方もすごくマジメだし、いろんな素質を持ってるなと思いましたね。実際に話しても、すごく真面目だと思った。若いのに、もうしっかりと自分の世界を持ってるという印象だったね。もちろんその時はまだ、琢磨選手がF1に行きそうだとかまで思ったわけじゃないけどね。

―その後も、気になる存在ではあった?
亜久里代表:ずっと注目してたよ。英国F3選手権でも光ってたし、マルボロマスターズやマカオも勝ったよね。確かにクルマもチームも良かったけど、勝てるはずのレースをきっちり勝ってくるというのはすごいと思った。なぜならライバルも必死で戦ってくるから、勝てるはずのレースでも勝つことは決して簡単なことじゃないから。

―その後、琢磨選手はF1に進み、亜久里さんはF1チームを立ち上げます。
最終的に、彼がチームに来たいきさつは?

亜久里代表:最初にチームを立ち上げる時は、琢磨選手がうちに来れるかどうかはまったく未知数だったんだよね。私の考えてたアイディアの中ではまだ、琢磨選手はB・A・R Hondaにいるってのが大前提だった。言い換えると、彼がフリーになったことは、私にとってすごい追い風になったよね。とにかく、私はすごくラッキーだと思ったね。1年目から、あれだけ経験のあるドライバーが獲得できたんだから。

―実際に仕事をしてみての感想は?
亜久里代表:琢磨選手のB・A・R Honda時代は外からしか見てなかったし、そんなに長く話し込む機会もなかった。で、実際にいっしょに仕事するようになった彼は、思っていた以上にものすごくちゃんとしてたね。彼はすごく頭がよくて、自分が今何をしなきゃいけないかを非常に良く理解した上で、ものごとに取り組めるドライバーなんだよ。去年はB・A・R Hondaに乗ってたけど、イギリスのチームで、イギリス人のジェンソン・バトン選手がいた。もちろん他のチームのことだから全部事情はわからないけど、もっと素晴らしい成績をいっぱい上げれることができたはずの選手だと思うよ。琢磨選手はF1ではいつも歯車が合わないまま、ずっと手探りでやっていた印象を持ってた。百戦錬磨のドライバーたちがたくさんいる中で、自分が今何をすべきか、周囲がきちっとひとつずつステップアップさせてあげるのが大切なんだ。そうすれば、最初はスロースタートかもしれないけど、途中からガラっと違うレースの仕方ができると思う。そういう素質を持ってるドライバーだから。

―亜久里さん自身のF1デビュー時も、プレッシャーはあったんですよね?
亜久里代表:でも私の時は中嶋悟さんもいたし、まあいいかって(笑)。自分でスポンサー見つけて、自分でシート探してきて、自分で全部交渉してきたし。大変だったけど、彼ほどのプレッシャーはなかったと思うよ。

―琢磨選手は数年ぶりの日本人ドライバーで、英国F3選手権の結果も素晴らしかったから、周囲の期待は非常に大きかった。今年の琢磨選手はリラックスしてる印象です。
亜久里代表:さっきも言ったように、自分が何をすべきか、非常に理解してレースをやってくれてる。今の彼のポジションで、自分がチームのために何をするかをわかってる。そして、そういう琢磨選手の貢献を、チームのみんなも感じてるんだ。

―シーズン序盤の連続完走や、力の優るライバルたちとバトルを繰り広げたりという光景は、やっぱり彼はここまでやれるんだという、うれしい驚きでした。
亜久里代表:私はもっとうれしかったよ。

―クルマを良くして行く上で、琢磨選手は欠かせない存在だと。
亜久里代表:もちろん。スタッフ全員、彼のために1000分の1秒でも速いクルマを作ろうっていう気になってるんだよね。それは琢磨選手がスタッフに対して、少しでもいい結果を出そうとしてるから。それをスタッフ全員が感じてるからだと思う。

―琢磨選手は来年30歳です。まだこれから、伸びて行くでしょうか?
亜久里代表:これからの32,3歳までってのは、ドライバーとして一番脂の乗った、いい時期なんだよね。経験もあり、速さもある。いいクルマと出会い、いいチームと出会い、いいレースをさせてあげたら、これからまだどんどん伸びてくと思う。だから私の仕事は、彼にいい体制を与えること。それが一番、しなきゃいけないことだと思ってるよ。

NEXT > ジャンルカ・モンティロン監督について、玉田誠選手に聞く編
Hondaモータースポーツ監督が語る日本人ライダー&ドライバー
< INDEX