HONDA The Power of Dreams

　たとえば野球やサッカーの監督とその仕事ぶりはよく知られているところだが、トライアルの場合、監督は実はライダーでもある。世界選手権トライアルの競技そのものが、ときには一周10kmもの移動コース（採点区間であるセクションとセクションをつなぐ移動区間）を使って行われる。そのコースは舗装路だけではなく、林道やけもの道があり、トライアルのセクションまがいの悪路まで走らなければならない。そうしたコースをライダーと一緒に走って競技の様子を見るためには、監督自らがトライアルバイクにまたがり、それなりのライディングテクニックを駆使して競技を追わなければならない。その点、シレラ監督は世界選手権にも参戦していた元トライアル選手である。

「私がモンテッサ・チームに入ったのは34年前のこと。最初はライダーとしてチームに入り、次にテストライダーとしてチームに加わり、その後マネージャーになりました。マネージャーになってからは20年くらいたちました。
　展開としては自然に監督になっていました。監督というのはライダーのことをよく分かっていて、もちろんトライアル競技の世界のことをよく知っている人間が一番ふさわしい。これは私の個人的な意見ですが、皆もそう思っていると思います。やはりライダーの気持ちを理解できるということは、この仕事の中では非常に大事なことです。ライダーだった人間こそ、ライダーとコミュニケーションを取るのにふさわしいと思います」

　藤波選手に“世界一のトライアル監督”と言わしめたシレラ氏だが、シレラ氏もまた初めて出会った時の藤波選手は、とても印象的だったという。

「藤波選手に初めて会ったのは10年くらい前になります。彼が初めてスペインのモンテッサに来た１日目から会っています。まだ子どものように若かった彼は、初めて来たスペインのことに何でも感動していました。何もかもが珍しかったようで、どこに連れて行っても、“オー、オー！”と驚いてばかりいましたね（笑）。それがとても印象に残っています」

　とても感激屋の若者だったという藤波選手に、シレラ氏はすぐさまトライアルライダーとしての才能を感じさせられることになる。

「彼にトライアルの非凡な才能があるということは、会ってすぐに感じました。精神的に非常に強い選手だと感じたし、パフォーマンスも非常に安定したライダーだということもすぐに分かりました。彼はレースに出るたびにすごく頭を使った、安定したいい走りをしてくれましたからね」

　もちろん言葉の問題などで困ることもあったようだが、そうした問題も藤波選手はどんどん乗り越えていった。

「最初はもちろん英語もスペイン語もできなかったので、コミュニケーションをとるのが非常に難しかったですね。今では藤波選手はずっとスペインに住んでいて、言葉の問題は全然ないので、コミュニケーションに困ることはないですね」

　ライダーの気持ちを理解できることが、非常に大事だというシレラ監督。藤波選手の性格をつかむとともに、全幅の信頼をおいているようだ。

「彼は非常に安定性の高いライダーです。だからこそ、ここまで来ることができたと思います。精神的にもパフォーマンスの上でも安定しているので、試合でも練習でも、期待に応えてくれる選手です。
　今年の彼は怪我などもあって、調子があまりよくないところがあるけれど、今はだいぶ元の調子に戻ってきたと思う。彼の特徴は、大会に出るときは他の選手よりも常に自分の力に自信を持っているので、大きく外すことがないところです」