team HRC現場レポート

ランキングトップで迎えた最終戦、MFJグランプリ。 ラスト2レースでの、ランキング2位に11ポイントリードは「普通に走れば」セーフティリードのはずだった。 しかし、高橋の身に、予想外のアクシデントが降りかかった。

高橋巧

Vol.18

チャンピオンを獲り逃がしたたった一つのミス

高橋巧(以下、高橋)
「あの瞬間、あぁ終わったなぁ、と思いました。“このレース”がではなく、“今シーズン”が終わっちゃったな、チャンピオン獲れなかったな、って」

Team HRCの高橋巧は、あの瞬間をそう述懐する。鈴鹿サーキットでの最終戦レース1のオープニングラップ。デグナーカーブと呼ばれる場所で、高橋は転倒してしまったのだ。

レースがスタートするまで、高橋のチャンピオン街道は順調に見えた。最終戦、事前テストがないことで、通常より1日長いレースウイークの中、木曜日から始まった走行で、高橋のマシンセットアップは、大きな問題もなく進んでいた。


最終戦をランキングトップで迎えた高橋
最終戦をランキングトップで迎えた高橋

高橋
「春の鈴鹿大会(第2戦)では、予選で僕自身にとっても初めての2分03秒というタイムが出て、ポールポジションを獲れたし、2レース制のふたつとも勝つことができた。その時から、最終戦ではもう少しタイムを縮めてやろう、と思っていました」

最終戦が予定されていた11月初旬というのは、天候がよければ、気温も路面温度もさほど上がらず、タイムを出すには好条件がそろっていると言われている。高橋は、その最終戦で2分03秒台前半どころか、2分02秒台すらも見えていたのだ。もちろん、春に出した高橋の2分03秒874は、鈴鹿サーキットのコースレコード。今、鈴鹿サーキットを2分03秒台で走れるライダーは、日本では高橋巧ただ一人だ。

高橋
「でも木曜と金曜にはタイムがうまく伸びずに、マシンの仕様を春の状態に戻したんです。そうしたらまた03秒台にタイムを入れることができた」


Team HRC

迎えた公式予選では、高橋は自らのコースレコードを破る2分03秒592をマークしてレース1のポールポジションを獲得。レース2でもポールポジションを獲得し、ダブルポールポジションは春の鈴鹿大会と同じで、鈴鹿を得意とする高橋の好調さを物語るものだった。

そして迎えた決勝レース1。14周で行われるショートレースでの高橋の必勝パターンは、先行逃げきり。事実、昨年の最終戦でも、10周という短期決戦となったレース1で、高橋は先行逃げきりで独走優勝を果たしている。この土曜までの高橋の好調さを見れば、それを再現する可能性は高いように見えた。

チャンピオンをかけた1戦、まずレース1がスタート。順調にスタートを切った高橋と、ややアウト側に先行する野左根航汰(ヤマハ)。2人は並ぶように1コーナーをクリアし、2コーナーへ向かうと、そのイン側には中須賀克行(ヤマハ)の姿が! 2コーナーの脱出で、2台のヤマハに挟まれる形になった高橋は、行き場をなくして野左根と接触! 転倒をこらえながら大きくコースアウトし、出場全30台の最後尾からレースを再スタートすることになる。

高橋
「あの時点では、まだ最後尾から追い上げようと思っていました。勝てなくても表彰台を狙っていく――そんな気持ちでまた走り始めました」


ライバルと競り合う高橋
ライバルと競り合う高橋

しかし、そのオープニングラップ。下位集団を次々とかわしてのデグナーカーブと呼ばれるコーナーで、高橋は転倒してしまうのだ。減速し、思った以上にリアタイヤが大きく外へ振り出されたことで、曲がり切れずにグラベルへ。こらえようとしたものの、ダートにタイヤを取られてスリップダウンを喫してしまった。

高橋
「ああ終わったな、と思いました。頭が真っ白のままマシンを引き起こして再スタートしたのですが、今度は全員に引き離されての最後尾。最初のコースアウトでは、まだ集団の後ろにつけていたし、レース序盤はみんなペースが上がらないだろうから、最初の1~2周でどこまで順位が上げられるか、表彰台には立ちたい、と思っていました。でも、あの瞬間は、マシンが予想外の動きをしてしまって、なんとかこらえたんですが、曲がり切れずにグラベルに出て転倒してしまいました。それからはもう、自分にイライラしながら走っていました。冷静じゃなかったからか、これでポイント争いでもチャンピオンの可能性はなくなったんだ、と思ってしまっていたんです」


高橋巧

野左根との接触でコースアウトし、再びレーシングラインに戻った頃には、トップを走る中須賀と高橋の差は、約5秒。14周のレースでの5秒のビハインドは致命的とはいえ、高橋のスピードをもってすれば、表彰台圏内までたどり着くことは不可能ではないように思えた。

しかしその後の転倒からの再スタートでは、トップに45秒ほど差が開いてしまったのだ。これではもう、20位までのポイント圏内を狙うしかなくなってしまった。

レース2を残しても、チャンピオン獲得の望みが断たれてしまったと思い込んだ高橋は、それでも全力で走り続けた。高橋の1つ前を走るライダーの30秒以上も後方から、周回ごとに順位を上げ、下位集団では一人だけ別次元のスピードを見せる高橋。5周目に1台、6周目にもう1台、7周目に4台を抜いて、10周目にはポイント圏内の20位に入り、最終的には16位まで順位を上げてレースを終えた。

16位で8ポイントを獲得し、これで11ポイントあったリードは逆に9ポイントのビハインドに。最終レースでは、高橋が優勝したとしても、ランキングトップに立った中須賀が6位以下にならなければ逆転の可能性はない。まだ終わりじゃないけれど、もう自力チャンピオンの可能性はなくなってしまった。

高橋
「帰ってきて、チームにもう一度ポイントを計算してもらったら、まだ9ポイント差。可能性は消えたと思っていたのに、9ポイントならわずかに可能性はある、と思い直しました。もちろん、中須賀さんが6位以下になるなんて、何かアクシデントがなければ無理だし、可能性がなくたって優勝したい、最後は勝って終わりたい、と思いました」


ピットで打ち合わせをする高橋
ピットで打ち合わせをする高橋

そしてレース2、2019年シーズンのラストレース。高橋は、レース1でやりたかったように、そしてやるつもりだったように最初から飛ばしに飛ばした。

1周目から2番手以降に2秒以上の差をつけ、まさに独走。高橋が得意とする、タイヤが冷えていて、燃料が満タンに積んでいるレース序盤での速さをまざまざと見せつけたのだ。

もちろん、オープニングラップから全開で行けるように、ピットアウトしてダミーグリッドにつくサイティングラップ、ダミーグリッドからスタートラインにつくウォームアップラップで、念入りにタイヤに熱を入れ込んだ高橋の準備が、スタートからの飛び出しを可能にしたのだ。


レース2、高橋はスタートから一気に後続を引き離す
レース2、高橋はスタートから一気に後続を引き離す

高橋を追うのは、同じくHonda CBR1000RR SP2に乗る水野涼(MuSASHi RT HARC-PRO.Honda)、秋吉耕佑(au・テルル MotoUP RT)、渡辺一樹(スズキ)、そして野左根に中須賀。レース中盤あたりからは野左根、渡辺、中須賀の順で2番手争いが繰り広げられるものの、レース中盤にはもう、高橋と2番手集団とは10秒近くの差がついてしまう。

結局、高橋は2位以下に15秒近くの差をつける圧勝で最終レースに優勝。2位に中須賀、3位に野左根が入り、これでポイントランキングは高橋が258ポイント、中須賀が264ポイント。中須賀にわずか6ポイント及ばず、高橋は最終戦で逆転を許し、2年連続ランキング2位に終わってしまった。

高橋
「レース1はあんな結果に終わってしまいましたが、再スタートしてからはできることはやりましたし、レース2では勝って終わることもできました。レース2では、ここで負けたら負けだと思って、とにかく最初からペースを上げて、だれかがついてきたら抑えてやろうと思っていました。中須賀さんは、チャンピオンがかかったレースなので、無理してついてこなかった感じですね。勝って終われてよかったです。速さを見せて終われました」


表彰台に立つ高橋
表彰台に立つ高橋

力なく語る高橋。無理もない、2年ぶりに手にしかけたチャンピオンという目標が、最後の最後にその手からこぼれ落ちてしまった。

高橋
「チャンピオンを狙える位置で最終戦という、本当にめったにないチャンスだったのですが、やはりチャンピオンの壁は高かった。悔しさしかないです。レース1の転倒というたった一つのミスですべてが無になってしまった。前戦のオートポリス大会までで、中須賀さんが5勝していたので、この鈴鹿で2連勝して、最多勝でチャンピオンになりたかった。鈴鹿では勝負できると思っていました。僕の実力不足です」

高橋巧の2019年シーズンはこれで終わった。開幕戦・もてぎ大会で2位スタートし、第2戦・鈴鹿大会から4連勝。鈴鹿8耐をはさんでからの後半戦では、もてぎ大会の事前テストで右ひざ部を骨折してしまったことで全力を出せず、3位/4位/3位/3位――。そして11ポイントリードで迎えた最終戦だった。

宇川徹 Team HRC監督(以下、宇川)
「チャンピオンに届かずに終わっちゃいましたね。レース1の転倒は痛かったけれど、(高橋)巧は冷静でした。でなきゃ、あの再スタートからの追い上げはできません。1回転んだマシンで、本人は電気系統にマイナートラブルがあったと言っていましたが、そんなマシンで2分05秒台で走り続けていましたから。コースアウトの後の転倒が本当にもったいなかった。レース2の走りは、あれが本来の巧のスピードです。あれをレース1でもやるつもりだったし、できると思っていた。特に鈴鹿では、巧を絶対的に信頼していましたから」


高橋巧

だれにでもアクシデントはやってくる。高橋の場合は、それがたまたま最終戦にやって来ただけなのだ。
「いや」と宇川は言う。

宇川
「8耐明けのもてぎ事前テストで、巧が転んでケガしてしまったことがありましたよね。マシントラブルでの転倒だったんです。本当に申し訳ないことをしてしまった。マシントラブル、転倒はまだしも、ライダーにケガをさせてしまったのが本当に申し訳なかった。シーズンが終わって、中須賀君まで6ポイント足りなかった。これはもてぎからの3戦4レースで、一つ勝っていたらまったく展開は違っていたし、あれがなければ……と思わずにはいられないです。巧はよく走ってくれました。ワークスチームのライダーとして参戦したこの2年間で、また成長してくれたと思います。チームとしてはチャンピオンを獲らせてあげられなくて、志半ばという気持ちです」

高橋
「競馬でいう先行逃げ切り……に失敗した感じですかね。最初2位スタートで、4つ勝って、そこから優勝はできなくなって。もてぎの事前テストでのケガ?理由になりません。僕が実力不足だったんです」


レース後の記者会見にて
レース後の記者会見にて

今年の目標だった、そして念願だった2度目の全日本タイトルこそ取り逃がしてしまった高橋だが、レース後にはうれしい発表もあった。高橋は2020年シーズン、全日本選手権を卒業してスーパーバイク世界選手権(SBK)にフル参戦することが発表されたのだ。

Hondaが新たに結成するTeam HRCではなく、サテライトチームである「MIE Racing Team」からSBKへのフル参戦。高橋はこれまで、SBKにスポット参戦の経験こそあるものの、海外のシリーズを戦うのは初めてになる。マシンは、フルモデルチェンジを果たす2020年型CBR1000RR-R SPだ。

最終戦終了後の11月5日、イタリア・ミラノで行われたモーターショー「EICMA」で、高橋のSBK挑戦が正式発表された後、メールをしてみた。

――Hondaから正式発表があったよ。全日本は残念だったけど、SBKでがんばれ!

高橋
「ありがとうございます。新しい世界でしっかりがんばってきます。まずは知らないサーキットばかりですが、少しでも上を目指していろいろ勉強してきます」

SBKでも、あの鈴鹿のスピードを見せてくれ!