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Hondaの決断

 2001年10月にCARTからの撤退を公式に発表したとき、Hondaにはアメリカにおけるその後のレース活動に関する明確な展望はなかった。
 その6カ月後、Hondaの今後の方針が明らかにされた。2002年5月23日、HPD(Honda Performance Development, Inc.、アメリカンホンダのレース運営子会社)のゼネラルマネージャー、ロバート・クラークは、インディ500の行なわれるIMS(インディアナポリス・モーター・スピードウェイ)の経営責任者であり、IRLの代表でもあるトニー・ジョージとともに記者会見を開き、アメリカンホンダが、2003年シーズンからインディカー・シリーズに参加することを発表した。
 それはアメリカのレースファンおよびレース関係者にとって、劇的な出来事と言えた。なぜなら、Hondaといえば1994年にV8ターボエンジンでCARTに参戦して以来、圧倒的な強さで8年間に60以上のレースで勝利を挙げ、1996年、1998年、1999年、2000年と4度、マニュファクチャラーズ・チャンピオンシップを獲得したCARTシリーズの覇者である。そして1996年から2001年までの6年間、CARTのドライバーズ・チャンピオンシップに輝いたレーサーはすべてHondaエンジンを搭載したマシンに乗っていた。文字通りHondaはその6年間CARTで君臨し続けていたのだ。

 しかし、どれだけHondaが頑張っても、どれほど称賛を浴びようとも、CARTには限界があった。なぜならCARTにはたったひとつだけ、しかし最も大切なものが欠けていたからだ。それが「インディアナポリス500」というレースである。この、レースの中のレース、アメリカンレースのシンボルであるインディ500の、大衆とメディアに対する影響力の大きさは図り知れないものがあり、インディ500に参戦するということは何ものにも優先する。
 Hondaに先立って、最大のライバルであるトヨタや、シボレーがインディカー・シリーズにエンジン・サプライヤーとして移籍したことも、Hondaを動かす大きな理由となったと思う。
 2002年のHondaのインディカー・シリーズ参戦発表は、アメリカにおけるHondaのレース活動方針の大変換を告げる重大なものであった。CARTシリーズの8年間はエンジンの設計も開発も日本にあるHondaの研究所で行なわれ、アメリカ側のレース部門であるHPDの活動は、エンジンのメンテナンスとHondaエンジンを使うチームのサポートという限定されたものであった。
 しかし、ここ数年、旧体制は見直され、徐々にではあるが、レース活動の核となる多くの仕事が日本からアメリカにシフトされはじめた。もともとHondaは将来的に、アメリカ市場のためのクルマはアメリカで設計、開発、生産されるべきだという考えがある。同じ考えがインディカー・シリーズ参戦を機にレース・プログラムにも適用されることになった。つまりHondaのインディカー・シリーズ用レーシング・エンジンの設計、開発、メンテナンスはアメリカ側で責任をもって行なうことになったのだ。アメリカのレースファンにとっても喜ばしいことである。

 しかしそこには小さな問題と大きな挑戦が待ち構えていた。

2003年型 HI3R Indy V-8
 Hondaのインディカー・シリーズ参戦発表と2003年度インディカー・シリーズ初戦の間にはたったの9ヶ月しかなかった。まったく新しくエンジンをゼロから開発し、戦闘力の高いものにするには決して充分とはいえない期間である。
 そこでHondaははじめの間だけ、イルモア・エンジニアリング(Ilmor Engineering Inc.、ミシガン州プリムスにあるイギリスの有名なイルモア・エンジニアリングの子会社)の力を借りることにした。3年間の契約を結び、イルモアがその間、Hondaのためにインディカー・シリーズ用のV8エンジンを製作することになったのだ。HPDはその間に準備を整え、3年後にエンジン開発を引継ぐというプランである。
 レースに詳しい方ならご承知のことと思うが、イルモアはF1のマクラーレン・メルセデス・チームのためにエンジン開発していることで有名である。そう、F1におけるHondaの大敵であるチームのエンジンもイルモアはつくっているのだ。しかしイルモアによれば、2つの事業はまったく別のレース・プログラムとして、厳密に情報は保護されていて問題はないという。
 Hondaとの契約直後からのイルモアの動きは敏速であった。むろん2002年5月のHondaのインディカー・シリーズ参戦発表以前から基礎的な準備は行なっていたとはいえ、その9月にはすでに新型エンジンのベンチテストが始まっていたし、11月にはなんとトラックテストにまでこぎつけていたのだ。
 インディカー・シリーズは、シリーズ全体のコスト抑制政策の一環として、ターボの全面禁止、エンジン制作費はシャーシに載せる寸前の段階で95,000ドル以下という厳しい規制が課されている。このこともエンジン開発にかかる時間を短くすることに寄与している理由のひとつと考えられた。
 開発された新型インディカー・シリーズ用パワーユニット、HI3R Indy V-8 はとてもコンパクトなエンジンだった。この自然吸気エンジンは、アルミ合金製ブロックとシリンダーヘッドを採用していた。当然1ヘッドあたり2基のカムシャフトと1シリンダーあたり4バルブを有し、電子制御装置が装着されていた。そしてエンジンブロックの内側には、合金製ファイブ・メインベアリング・クランクシャフトと、スチール製コネクティング・ロッド、そして強化アルミ製ピストンが備わっていた。ドライサンプ付きで、モトローラ/ザイテック社製エンジン・マネージメントとイグニッション・システムを搭載していた。
 使用が義務付けられたメタノール燃料を最大限に活かしつつ、これまたインディカー・シリーズによって定められたレブリミット、10,300回転/分で約650馬力を発揮していた。
 こうしてHondaはエンジンをインディカーにインストールして、新しく開発されたHI3R Indy V-8 の実力を試すばかりとなった。(PART 2に続く)
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