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NSF100 TO THE WORLD

"NSF100"から世界へ

NSF100 HRCトロフィー

HRCが販売する「NSF100」は、4ストローク100ccエンジンを搭載した小排気量のフルカウルバイク。HRCが世界最高峰のロードレース選手権であるMotoGPに参戦し培ってきたノウハウが、この小さなマシンに詰め込まれている。

現在、NSF100は世界各地で販売され、将来MotoGPライダーとして活躍することを夢見る、たくさんのジュニアライダーがこのマシンを駆って、日々挑戦を続けている。

今回は、実際にNSF100から世界に羽ばたいたライダーたちを、本人たちのコメントとともにご紹介。

※各ライダーの年齢や成績は取材時点(2018.10.17)のものです

イタリア #21 ファビオ・ディ・ジャンアントニオ ー Del Conca Gresini Moto3

ファビオ・ディ・ジャンアントニオ

ディッジャの愛称で親しまれているイタリア・ローマ出身の21歳。2018年、Moto3世界選手権で3年目のシーズンを送っている彼は、2勝を含む6度の表彰台に登壇、ランキングでも3位(第18戦マレーシアGP終了時点)につけるなど、将来有望な若手として注目を集めている。いつからバイクに乗り始めたのか、彼に聞いてみた。

『僕のお父さんが大のモータースポーツ好きだったから、家の中ではいつもレースの映像が流れていたんだ。僕が5歳のときにポケットバイクに乗ってみようという話になって、イタリア選手権やNSF100選手権に出場するようになった。最初はゲームみたいな感じだったよ。でも、続けていくうちにどんどんレースへの情熱が高まってきて、次第に人生をかけてやってみたいと思うようになったんだ』

ファビオ・ディ・ジャンアントニオ

ー NSF100選手権の魅力

『僕が参戦していたNSF100選手権は、ワンメイクレースだから、ライダー全員が同じバイクを使っているというところが魅力だったね。勝つためにはほかのだれよりもプッシュしないといけない。マシンが同じだから、コーナリングスキルや、直線でどれだけ速くなれるかといったライダーとしてのスキルも浮き彫りになる。NSF100で初めて一番速いラップタイムを記録したときの達成感は今でも忘れられないよ』

ファビオ・ディ・ジャンアントニオ

ー ワンメイクレースに参戦するジュニアライダーへ

『おそらく、NSF100選手権に参戦しているすべてのライダーは、みんな成長したくて参加しているんだと思う。このカテゴリーには本当に大勢の若手ライダーが参戦しているから。ほかの選手と切磋琢磨しながら成長していけるすばらしい環境だと思うよ。僕はこのバイクでプッシュすることの重要性を学んで、それから勝つレースにこだわってやってきた。その積み重ねが、今の舞台に僕を導いてくれたんだと思う。みんなも勝つことにこだわってみてほしいな』

日本 #22 真崎一樹
ー RBA BOE Skull Rider

真崎一樹

真崎は福岡県出身の18歳。父親に言われ、幼いころから乗り始めたバイク。気づけば2017年にMotoGPルーキーズ・カップで総合優勝し、翌年にはMoto3世界選手権へのフル参戦を開始していた。そして、今も同じMoto3クラスに参戦する同年代のライバルたちと毎戦激闘を繰り広げている。

『元々、お父さんが趣味で乗っていたんですよ。父は僕が生まれる前から「バイクに乗らせる」って決めていたらしくて、それで3歳から乗り始めました。最初は嫌々だったんですけど、2年経ったらもう好きなスポーツになってましたね』

真崎一樹

ー 身近にいるライバルの存在

『今、Moto3でやっている選手はほとんどが僕と同い年なんですよ。鳥羽海渡や佐々木歩夢、それに来年上がってくる小椋藍もそうですね。特に鳥羽とは出身地も同じで、それこそポケットバイク時代からずっとバチバチやってきてるので、彼にだけは負けたくないなっていう気持ちはずっと持ってますね。これまでを振り返ってみると、常にライバルがいたと思います』

真崎一樹

ー NSF100で磨いてきたテクニックの数々

『NSF100では、切り返しの速さ、タイヤのグリップが高いのでブレーキングの限界に挑んだり、寝かせてスライディングさせたりと、すごく練習になりました。今でもNSF100に乗ってテクニック的なところはちょこちょこ練習したりしていますね。大きいバイクで大きいコースを走っていると、切り返しがだんだん遅くなってくるんですよ。なので、カートコースでNSF100のような小さいバイクで切り返しのテクニックを確認したりしていますね』

日本 #27 鳥羽海渡
ー Honda Team Asia

鳥羽海渡

鳥羽に「自分でバイクに乗りたい」という想いが芽生えたのはまだ幼いころだったと言う。そこからライダーとしての道を歩み始め、2017年からはMoto3世界選手権への参戦をスタート。元MotoGPライダーで現在、HRCのテストライダーを務める青山博一チーム監督の指導のもと、日々、世界中のライバルを相手に切磋琢磨を続けている。

『元々、子供のころからお父さんが運転しているバイクの後ろに乗っけてもらうのが好きだったんです。でもだんだん、ただ乗っているのに飽きてきて。クリスマスプレゼントに電動ポケットバイクをもらって公園にずっと走りに行ってたんですけど、それにもまた飽きてしまったんですよ。覚えていないんですけど、そのころからずっと親に「エンジン付きのバイクに乗りたい」って言っていたらしいです。それで両親がいろいろリサーチしてくれてNSF100に出会って、それからどんどんやめられなくなりました』

鳥羽海渡

ー 選手権に参戦するきっかけとなったバイク

『NSF100は、グランドチャンピオンシップをはじめ、いろいろな選手権に出るようになったきっかけのバイクですね。鈴鹿サーキットみたいな大きなコースも、NSF100で初めて走りました。その中で、バイクをどう走らせるかや、身体の動かし方、集団グループの中での位置取りといった基礎的なところを学べました。今でもMotoGPライダーの中には、NSF100を使ってトレーニングしているライダーも多くいますね』

鳥羽海渡

ー ジュニアライダーへのメッセージ

『僕は小さいころから、バイクに乗っているときはずっと楽しいと思っていました。それに、もっと速く走りたいっていう気持ちも常に持ち続けてます。自分もずっとNSF100に乗って練習してきましたし、諦めずにもっと上を目指す気持ちを持って乗り続けていれば、いつか自分が夢見る舞台に立てる日は来ると思います』

スペイン #44 アーロン・カネット
ー Estrella Galicia 0,0

アーロン・カネット

16歳からMoto3世界選手権へのフル参戦を開始したカネット。2017年には3勝を挙げ、2年目にして総合3位に。18年シーズンもこれまでに4度の表彰台に登壇を果たしており、注目を集める若手ライダーの一人だ。若干19歳のスペイン人ライダーは、まだ幼いころに自らの意思でバイクに乗ることを選んだのだと話してくれた。

『バイクに初めて乗ったのは4歳のとき。父の影響でカートのスペイン選手権にも出たりしていたし、まだ小さいころからとにかくモータースポーツが好きだったんだ。ある日、お父さんがカートをプレゼントしてくれたんだけど、バイクの方が好きだったから「ポケットバイクが欲しい」って言ったらしい。僕はそのことを覚えていないんだけど、そのころからバイクの方が性に合ってたんだね。それからずっとバイクに乗り続けているよ』

アーロン・カネット

ー NSF100での忘れられないレース

『NSF100を使ったヨーロッパ選手権だったかな。そのレースには今、Moto2クラスにいるステファノ・マンツィやMoto3クラスで戦っているニッコロ・ブレガ、アルバート・アレナスも出ていたよ。まず、予選でトップタイムを記録できたんだ。レースはすごく接戦だったんだけど、最終ラップでなんとか逆転勝ちを決めることができた。あれはすごい達成感を感じたレースだったよ』

アーロン・カネット

ー ジュニア時代から変わっていないこと

『まだ小さいときに、“いつか世界選手権で戦ってみたい”と思ったんだ。それからその夢を叶えるために努力を続けてきて、今ではそれが“世界選手権でチャンピオンを獲る”という夢に変わった。振り返ってみると、僕は常に夢を持ち続けてきたんだと思う。今、NSFに乗っていて、将来MotoGPで活躍したいと思っているライダーにも、常に夢を持ち続けていてほしいな』

日本 #71 佐々木歩夢
ー Petronas Sprinta Racing

佐々木歩夢

神奈川県出身の17歳、佐々木は世界の壁に挑み続けている日本人ライダーの一人。2016年に日本人として初めてRedBull MotoGP ルーキーズカップのチャンピオンに輝き、17年からMoto3世界選手権への参戦を開始。18年は同クラスでの2年目ながら、これまでに予選で2度のフロントローを獲得するなど、随所で持ち前の速さを発揮してきた。そんな佐々木がバイクと出会うきっかけになったのは、祖父が買ってくれたポケットバイクだった。

『うちはおじいちゃんもお父さんもレースが好きで、おじいちゃんに74daijiroっていうバイクを買ってもらったのがきっかけですね。それでしばらく乗ってたんですけど、「そろそろギア付きのバイクに乗りたいな」と思ったときに一番よさそうだったのがNSF100でした』

佐々木歩夢

ー NSF100で得たもの

『ポケットバイクの中で見ても、これ程Moto3マシンと似ているバイクってないんですよ。かたちも似ているし、ライディングポジションも似ている。そういう点で、NSF100に乗っていたことは、今こうしてMoto3に参戦する中でも役に立っていると思います。だから、今でもオフシーズンに練習で使ってますよ。100ccから今乗っている250ccに乗り換えたときはもちろん大変だったんですが、もうポジションや乗り方はある程度NSF100でできていたので、あとはスピードに慣れさえすればよくて。乗り換えしやすかったと思います』

佐々木歩夢

ー 昔から変わらないこと

『僕は昔から、どんなレースでも、どんな順位でも勝つことを目指してレースをしてきました。練習のときも同じで、「今日は練習だから50%の気持ちでいいや」っていう気持ちで臨むんじゃなくて、常に100%でやる。それは小さいころにNSF100を通して学んだことだと思います。今はMoto3で走っていて、もちろん勝つのが難しい世界ですけど、諦めずに100%を出すことを続けていけば、きっと、この場所でも活躍できると信じています』

スペイン #75 アルバート・アレナス
ー Angel Nieto Team Moto3

アルバート・アレナス

アルバートは、スペイン・ジローナ出身の21歳。モータースポーツ好きの父の影響で、幼いころからMotoGPを観戦してきたという。Moto3世界選手権で今年で4年目のシーズンを送っているアルバートはこれまでに2勝を挙げ、現在ランキング9位に(第17戦オーストラリアGP終了時点)。これからに注目が集まるライダーの一人だ。

『僕の父親はMotoGPが大好きで、いつもレース観戦に連れていってくれたんだ。父の親友はバイクのお店をやっていて、ある日、僕をポケットバイクに乗らせてくれた。初めて乗ったときは、すごく楽しいと感じたのを覚えているよ。それからモトクロスを始めて、2ストロークのマシンに乗るようになった。しばらくはモトクロスをやっていたんだけど、イタリアのあるバイク会社から誘われて、ロードレースに転向したんだ。それでNSF100選手権にも参加するようになったんだ』

アルバート・アレナス

ー NSF100の魅力

『NSF100は僕が初めて乗った4ストロークスのマシンだったから、よく覚えているよ。とても乗りやすいバイクで、ロードレース用マシンに関する基本的なことはすべてこのバイクから教わったと言ってもいいと思う。進路の変え方やポジショニングとかね。NSF100選手権にも参戦したけど、すべてのライダーが同じバイクでレースに挑むカテゴリーはとても珍しいんだ。マシンの性能に左右されず、ライダー全員に平等なチャンスがあるわけだからね。そうした選手権が世界中で開催されているのも、NSF100のすばらしい点の一つだと思うよ』

アルバート・アレナス

ー ライダーとして成長するカギ

『ライダーにとっては難しいかもしれないけど、レースを楽しむということかな。純粋にレースを楽しむことができれば、本当にすべてがいい方向に動いていくんだ。毎レースの勝利に固執することももちろん重要ではあるんだけど、もっと大きな視点を持つことを心がけられれば、きっと道が開けてくると思う。僕もそうだったからね』

イタリア #10 ルカ・マリー二
ー SKY Racing Team VR46

ルカ・マリー二

イタリア・ウルビーノ出身の21歳、ルカは、まだ幼い頃にポケットバイクに乗る子供たちの姿を見て、すぐに魅了されたと言う。2016年よりMoto2世界選手権へのフル参戦を開始し、今年で3年目。MotoGPライダーという夢に向かって日々、邁進している。

『小さかったころはカトーリカという街に住んでいたんだけど、家からすぐ近くにサーキットがあったんだ。そこで同年代の子供たちがポケットバイクで走っているのを見て、「あれがやってみたい!」って両親に言ったのがきっかけかな。始めたらとても楽しくて、やめられなくなったんだよ』

ルカ・マリー二

ー NSF100選手権の魅力

『若いライダーにとっては理想的な“学校”だったと思う。多くのライダーが同じバイクで競い合う中で、それぞれのライディングスタイルを高めていくことに集中できたよ。バイクもとても乗りやすくて快適だったし、なによりMoto3のバイクととても似ているんだ。世界選手権で戦うことを目指していた僕にとって、NSF100選手権に参戦することは、まさに理想的なステップだったよ』

ルカ・マリー二

ー 小さい頃から変わっていないこと

『自分が好きなことを仕事にできるというのは本当に特別なことだ。ただそのためには、情熱を持ち続けなければいけないし、常に全力を尽くす必要もあると思う。将来的に世界選手権へ参戦したいなら、毎日必死に練習を積み、そして自分が乗っているバイクをよく理解しようとしなくちゃいけない。たいへんだと思うけど、その価値はあるよ。MotoGPライダーになることは世界で最もすばらしいことの一つだからね』

イタリア #62 ステファノ・マンツィ
ー Forward Racing Team

ステファノ・マンツィ

父と兄がモータースポーツに慣れ親しむ家庭に生まれたステファノにとって、ライダーの道を選ぶのは必然だったと言えるかもしれない。2015年にMoto3世界選手権へのフル参戦を開始。17年にはMoto2クラスへのステップアップを果たし、今年で2年目。今も昔も、競争することに情熱を感じると話してくれた。

『僕はレーシングファミリーに生まれたんだ。僕の父はライダーで、モトクロスをずっとやっていたし、兄はロードレースでスペイン選手権に参戦していた。そういう環境だったから、幼い頃からバイクに乗るのはすごく自然なことだったね』

ステファノ・マンツィ

ー NSF100の魅力とは

『NSF100がほかのポケットバイクと決定的に違うのは、4ストロークだという点だね。僕にとっては初めて選手権で優勝したのもこのバイクだったから、たくさんの思い出がある。ちびっ子ライダーにとっては、バイクの乗り方を学ぶ上で、すごくいいモノだった。4ストロークなんだけど、エンジンが小さいからとても乗りやすいんだ』

ステファノ・マンツィ

ー 小さい頃から変わっていないこと

『競争するのが好きなこと。ほかのライダーと競い合うことには、今も昔も大きな情熱を持っているよ。これからも競争への情熱が衰えることは無いよ!』

オランダ #64 ボウ・ベンドスナイダー
ー Tech 3 Racing

ボウ・ベンドスナイダー

オランダ・ロッテルダム出身のボウはバイク好きの父の影響でバイクに乗り始めると、2016年にはMoto3世界選手権へのフル参戦を開始、2018年からは晴れてMoto2クラスにステップアップを果たした。NSF100を足掛かりに、一歩ずつ夢を叶えてきたと話すボウに、バイクの魅力を聞いてみた。

『元々、僕の父がバイク好きだったんだ。ある日、父がポケットバイクを見て「これを自分の子供にやらせたい」と思ったらしくて、それで4歳か5歳のときに乗り始めた。最初は電気バイクに乗っていたんだけど、それからエンジンが付いているバイクに乗り換えた』

ボウ・ベンドスナイダー

ー NSF100選手権について

『バイクでなく、ライダーの腕がモノを言うところかな。速いマシンに乗っていれば勝つのは当たり前だけど、NSF100選手権ではそうはいかないからね。そういう意味では、若いライダーにとっては自分の才能をアピールする絶好の機会だと思うよ』

ボウ・ベンドスナイダー

ー ジュニアライダーへのメッセージ

『NSF100に乗っている若いライダーたちには、是非、夢を追い続けてもらいたい。今、Hondaマシンに乗って活躍しているライダーの多くがNSF100出身で、そこからMoto3、Moto2、MotoGPと道が繋がってきたんだ。諦めずに歩み続ければ、きっといつか夢見ていた舞台に辿り着けると思うよ』

日本#10 千田俊樹 
日本#11 松山拓磨 
日本#14 山田尚樹

千田俊樹、松山拓磨、山田尚樹

二輪モータースポーツへの関心が急速に高まるアジア地域で、日本をはじめとした、インドネシア、マレーシア、タイ、オーストラリア、トルコなど、アジアの若手ライダーが世界を目指し切磋琢磨を続けるイデミツ・アジア・タレント・カップは、2014年から始まったGP主催者である「ドルナ・スポーツ(Dorna Sports SL.)」によるアジア圏の若手ライダー育成のプロジェクト。そんなIATCで、MotoGPライダーを目指して切磋琢磨を続けるNSF100出身の日本人若手ライダーをご紹介。

千田俊樹

千田俊樹選手

ー バイクに乗り始めたきっかけ

千田:『お父さんがバイクのレースをやっていたんですよ。それでバイクを勧められて、というか乗せられて(笑)。それで小さいころからずっと乗っていましたね』

松山:『お父さんが僕に習い事をさせたいと思っていたらしくて。ある日、たまたまサーキットを訪れる機会があって、そこでポケットバイクを初めて見たらしいんです。それで父が「これはすごい、自分の子供も乗らせてみたい!」と思ったのがきっかけですね』

山田:『元々、僕のお父さんがNSF100でレースに出ていたので、それを観ていたんです。僕が5歳のときに、バイクショップでポケットバイクのポスターを見つけて、両親に「僕でも乗れるバイクがある!」って言ったらしくて。それが始まりですね』

山田尚樹

山田尚樹選手

ー NSF100に乗り始めてライダーとして学べたこと

千田:『ポケットバイクって、競える人がいっぱいいるんですよ。それこそ松山とは、NSF100選手権にも一緒に出てましたし、自分にとっては、すごくバトルの練習になりました。この子、小柄だから直線がすごく速いんですよ(笑)。それをがんばって抜く練習とかもよくしてましたね。当時は、速く成長して重くなれ、って思ってました(笑)』

松山:『“もっと前に前に”っていう気持ちですかね。昔から、前に追いつきたいからブレーキングを奥まで攻めすぎて、結局アクセルを開けるタイミングが遅れてトップスピードが伸びないことがよくあるんですよ。勝ちたい気持ちの裏返しでもあるんですけど、NSF100で競い合ってきた経験があるからこそ、そういう癖が自分にあることも分かるようになったんだと思います』

山田:『俊樹君と同じで、バトルの練習になったっていうのはもちろんありますね。あとはやっぱり、NSF100でスライドコントロールとかができるようになると、こっち(イデミツ・アジア・タレント・カップ)でもマシンの操作がすごくしやすくなるんですよ。NSF100に乗っていて得た経験で、今に活かせるものはすごく多いです』

松山拓磨

松山拓磨選手

最後に将来の夢を聞いてみると、3人ともに「MotoGPライダー」という回答が。NSF100からアジアへ、そして世界へ。二輪レースの世界最高峰であるMotoGPへとその手が届くのはまだ先のことかもしれないが、「MotoGPライダーになりたい」と語る3人の目は力強く、着実にその道がつながっていることを感じさせた。

インタビュー後に行われたIATC日本大会の決勝レースでダブルウインを成し遂げたのは、松山だった。

イデミツ・アジア・タレント・カップ