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HondaモータースポーツF1ジェンソン・バトン ダイアリー
 7月は、B・A・R Hondaにとって良い月だった。B・A・R Honda 007の開発はかなり進んだよ。空力をアップグレードしてグリップが良くなった。それに、イギリス、ドイツ、ハンガリーですべてポイントをゲットしたからね。
 
 これから、チームは3週間のサマーブレークに入る。その間、テストはなし。休み明けには、このところの良い感じをそのまま持ち込みたいね。ここから6レースはB・A・R Honda 007が得意とするサーキットが目白押しだ。
 
§イギリスGPは僕には特別
 
 地元のファンが心から応援してくれるイギリスGPは、僕にとっては特別だ。そして何より、シルバーストーンは素晴らしいサーキット。世界でもトップクラスのチャレンジングなコーナーがある。特に第一コーナーは難しく、100%ドライビングに集中しないと良いタイムは出せないんだ。僕たちのマシンは、マクラーレンやルノーほどのスピードはなかったけれど、フロントローからスタートして5位に入ることができた。これは満足できる結果だ。ミハエル(・シューマッハ)より35秒も速くフィニッシュできたしね。
 
 イギリスGPの後は、テストのため、ヘレスサーキットに飛んだ。あちこちを少しずついじっただけだったんだけれど、ものすごくマシンが良くなった。特にグリップと安定性はかなり変わり、次のドイツGPにも自信が持てた。
 
 その後またイギリスに戻り、僕はHondaのPRイベントに参加した。地元のHondaの四輪工場に勤めている人たち全員とその家族が招待されたイベントで、6,000人以上は来ていた! サインをしたり、インタビューを受けたり、それから飛行場でS2000やシビックRSにお客さんを乗せて走ったり・・・本当に忙しい一日だったな。
 
 もちろんトレーニングは忘れていない。今回はモナコで心肺機能を高めるトレーニングを、コーチのマイルス・ジョンソンと4日間行ったんだ。元ラグビー選手のマイルスが用意してくれたメニューは、ものすごくハードだったよ。例えば、まず山の高いところから地中海までダッシュし、間髪を入れず海を泳いで、また走って登り、スタート地点まで戻ってくる・・・とかね。ヘトヘトになったけど、体力は付いたと思う。
 
 
§ミハエルを、完璧な動きでオーバーテイクできた
 
 ホッケンハイムサーキットは、大好きなコースだ。F1にデビューした2000年には、超高速だった昔のレイアウトで4位入賞。新しいレイアウトになってからも、去年は13番グリッドから2位でフィニッシュしている。
 
 今年も良い走りができたよ。マシンは一貫して良いペースを保ち、余裕の3位でフィニッシュした。ミハエルをオーバーテイクした場面も、良い気分だった。きれいで完璧な動きだったと思う。しかもそこのスタンドには、Hondaのゲストがたくさん座っていて、そのシーンを見てくれていたんだよ! 僕と同じように、みんながエキサイティングな気分になってくれていたらうれしいね。
 
 レース後の記者会見とチームのミーティングを終えると、すぐに飛行機に乗って、イギリスのブリストルに直行した。トレーナーのマイルスがパブをオープンしたばかりだったんだ。パブとしてもいい店なんだけど、ここは食べ物もおいしい。良いレースをした後、祝杯を上げるにはもってこいの場所だね。
 
 翌日モナコに帰り、2日ほどリラックスして過ごした。と言っても、ハンガリーGPとの間が1週間しかなかったから、レースに向けてトレーニングもした。南フランスの天気はもう最高。モナコはのんびりとした雰囲気に包まれていた。ここではPRの仕事もこなした。雑誌の取材が2つほど入っていたんだ。『メンズヘルス』の取材は、特集に関するストレートなインタビューだった。もう一誌の『グラマー』のテーマは“ジェンソン・バトンとデート”というもの。つまり、女性のジャーナリストと1日を過ごして、モナコを案内したりして彼女を楽しませるっていう筋書きだ。最初は何か変な感じだったけれど、“デート”の最後にはすごく楽しい気分になれて、おもしろかったよ。
 
 
§できるだけ多くポイントを
 
 ハンガリーGPでも、力強いパフォーマンスを見せることができたと思う。後から考えるとタイヤチョイスが間違ってしまったなと思うけれど、マシンは終始安定していたし、レースが進んでいくうちにどんどん良くなった。5位という結果にも満足しているよ。琢磨も8位に入って、コンストラクターズチャンピオンシップで5ポイント追加できたしね。
 
 今後レースは3週間ないわけだけれど、僕は結構忙しい。上海でのPRイベントが4日間に、イギリスでの友達の結婚式。そして、初開催となるトルコGPへの準備。トルコに行く途中にアテネに寄って、またPRイベントが2日間。最初の日は記者会見で、2日目は『プレイボーイ』誌のインタビューだ。実はアテネに行くのはいつも楽しみなんだよ。と言うのも、僕にとって、アテネは本当の意味で自分のドライビングキャリアが始まった土地だから。14歳の時、僕の父親が当時カートエンジンを提供していたユーゴスラビア人のビジネスマンとアテネで会い、それが縁で、僕の国際カートのスポンサーになると言ってもらったんだ。
 
 それはともかく、今は想い出に浸っている暇はない。今年、残りの6レースに全神経を集中している。できるだけ多く、ワールドチャンピオンシップのポイントを稼ぐから!
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