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「2004年シーズンを振り返る」(その2)
 シーズン前半のB・A・R Honda は、ヨーロッパラウンドが始まってからも好調を持続。コンスタントに表彰台に上がる実力を見せるようになった。しかし、主に佐藤琢磨のエンジンにトラブルが続き、研究所も現場も対応に追われることになる。

―序盤から好調なスタートを切れましたが、トラブルにも悩まされていました。
 そうですね。これはもう第2戦のマレーシアから出ていたわけで、開幕戦はある意味、ラッキーで完走できたようなところもありました。

―ある程度性能を搾り出すと、信頼性の点で辛くなるということですか。
 そうですね。それでもなんとか完走させたいから、たとえばマレーシアでは実はかなりパフォーマンスを落として使ったりしていました。
 テストだと800km走り切れるエンジンが、グランプリ本番では壊れてしまう。この問題を解決するために、さまざまなデータを取り、対策パーツを作って対応を続ける努力を重ねたわけです。しかしいざシーズンが始まってしまうと、2週間ごとにGPがやってくる過密日程です。部品製作が間に合わないレースもありました。

―トラブルの原因は、今ではほとんど解明できているんでしょうか。
 ほとんどというか、すべてわかっていますよ。エンジンそのもののトラブルもあれば、ギアシフトの制御トラブルからエンジン回転が急激に変化したのが原因というケースもあります。あるいは琢磨のモナコやジェンソンのブラジルGPのように、FIA(国際自動車連盟)から支給された水圧調整バルブの不具合で、壊れてしまったこともありました。琢磨君の方にトラブルが多かったのは、まったくの偶然です。彼のエンジンの使い方に問題があったとか、そういうことは全然ありません。
 そしてこの間、研究所は懸命に努力し、対応してくれました。その甲斐あって、後半以降の信頼性の向上につながるわけです。こちらからも、要求を沢山出したし、文句も言いました。それに対して研究所も精一杯努力してくれているのだから、あとは現場で何とかするのが私の仕事でした。今、1年を振り返って、信頼に足るメンバーだったと改めて感じていますよ。(この項続く)
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