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 2月28日(土)、東京都内のホテルで「2004 Honda F1記者会見」が開催されました。チームが、ヨーロッパの本拠地から開幕戦が行われるオーストラリアへ渡る途中、日本に立ち寄り、会見を行うのは例年のこと。けれども今年は、2日早い、レースウィーク一週間前の土曜日の開催となりました。これは、できるかぎり早く現地入りし、時差を解消し、現地の環境に十分慣れ万全の体制で開幕戦に臨むため。そして、会見の場で語られたチーム、ドライバー、関係者が一丸となった開幕戦にかける意気込みは・・・・。
2004 Honda F1
 今季、2004年のF1世界選手権は、Hondaにとって新たな技術チャレンジの機会となる。レギュレーションの変更によって、ドライバーは、レースウィークの3日間をたった1基のエンジンで走り切らなければならなくなるからである。これには、金土2日間のフリー走行に始まり、土曜午後の2回の予選、そして日曜日の決勝レースまでが含まれる。つまり、2004年用エンジンは、1グランプリあたり750kmから800kmを走れるだけの耐久信頼性に加え、昨年型を上回るパワーを発揮することが求められる。
 昨年Lucky Strike B・A・R Hondaが選手権5位を獲得したことを受けて、更に一層の飛躍を目指すべく、Honda技術陣は全く新しいエンジン「RA004E」を開発した。これまでも技術の粋を追求してきたエンジニアたちは、この「RA004E」をさらに小型軽量、低重心、そして一層パワフルなエンジンにすることに成功した。もちろん、これまでの倍の長さの、エンジンライフを達成しつつである。
 このニューエンジンのコンセプトを固める作業は、既に2002年12月から始まっていた。そして昨年8月にはベンチテストを開始し、11月からは04コンセプトカーに搭載されて実走テストも行われた。そのおかげで、2004年シーズンを戦うニューマシンが登場するずっと前の段階から「RA004E」の走行テストを実施することができたのである。そしてサーキット走行を始めた直後から、ニューエンジンはレースウィークとほぼ等しい距離を走り切ることに成功したのだった。
 一方の車体開発の分野でも、Hondaの貢献は見逃せない。これこそが第3期のHonda F1活動の柱となる要素だからだ。「B・A・R Honda 006」の開発に際しては、B・A・Rのファクトリーに25名のHondaエンジニアが常駐。B・A・Rテクニカルディレクターであるジェフ・ウィリスの総指揮の下、彼らはチームのエンジニアたちとともにニューマシン開発に取り組んだ。その分野は、ギアボックス内部や油圧、サスペンション、空力から制御系ソフトウェアにいたるまで多岐にわたる。もはや、B・A・RとHondaの技術陣が完全に一体となって車体開発を行ったと言ってよいだろう。ここでは、栃木研究所の50名を下らないエンジニアたちとの密接な協力体制も重要な役割を果たした。この体制によるマシン開発は、シーズン開幕後も続くことになっている。


インタビュー
木内 健雄/F1プロジェクトリーダー
橋本 健/F1車体技術開発責任者
中本 修平/HRD エンジニアリング・ディレクター
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