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アジアの旋風

第4回Rd8〜Rd12・試練の秋(とき)

2013年の戦いもシーズン半ばを過ぎました。チーム結成初年度のIDEMITSU Honda Team Asiaは、百戦錬磨のMoto2チームを相手に、果敢な挑戦を続けながら、一戦一戦、着実な経験を積み重ねています。

Moto2クラスの選手たちにとって、サマーブレイク前の前半戦最後のレースとなるドイツGPが開催されたザクセンリンクで、IDEMITSU Honda Team Asiaは新しい車体を投入し、戦闘力向上を狙って、初日から精力的なセットアップの積み上げを図りました。ライダーの高橋裕紀は、金曜日の1日目フリー走行で26番手、土曜日の午前中に行われた3回目のフリー走行では24番手と、チームとともに、地道ながらも着実な前進を続け、土曜日午後の予選で20番手を獲得。7列目から日曜日の決勝を迎えました。

前半戦の締めくくりとして、今季ベストリザルトを目標にレースに臨んだ高橋でしたが、スタートに失敗。大きく出遅れてしまいました。ザクセンリンクはMoto2クラス全17戦の中でも、全長3.671kmと最も短いコースで、選手たちは総じてパッシングポイントに苦労を強いられます。大きく順位を落としてしまった高橋は、目の前の選手をオーバーテイクしながら、少しずつ順位を上げていきましたが、29周のレースを終えたときには、19位までが精一杯でした。

ドイツGPを終え、Moto2とMoto3は約1カ月のサマーブレイクを迎えました。大半の選手たちは、この期間をシーズン後半戦に向けた休養やトレーニングに使いますが、高橋は日本の真夏を彩る一大イベント「鈴鹿8時間耐久ロードレース」に参戦しました。

高橋は、玉田誠、アズラン・シャー・カマルザマンとともに、Honda Team Asiaから出場。チームは、金曜日の公式予選でチームリーダー的存在の玉田がケガをして欠場。それでも、アズランと高橋が息の合ったチームワークを発揮しました。しゃく熱の青空のもとで始まった日曜日の決勝レースでは、高橋は高水準のタイムを連発しながらチームを引っ張り、両ライダーで211周を走行。6位入賞という立派な成果を手にしました。そして、鈴鹿8耐の2週間後から、MotoGPの後半戦が始まりました。

インディアナポリス(アメリカ)〜ブルノ(チェコ)〜シルバーストーン(イギリス)と続く連続開催のレースは、肉体的にも精神的にも過酷な3連戦です。

アメリカのモータースポーツの聖地、インディアナポリス・モータースピードウェイは、全体的に起伏に乏しく、路面状態も場所によって異なるため、最適なセットアップを見つけ出すことが難しいことで有名です。このレースを予選24番手、決勝22位で終えた高橋は、次の舞台であるヨーロッパに戻り、第11戦チェコGPを迎えました。

チェコGPのレースウイークでは、新しいカウルを投入したことに加え、マシンのホイールベースを短めに変更し、荷重が後方にかかりやすくなる方向で旋回力とグリップの向上を図りました。金曜日は2度のフリープラクティスを経て、トップとは1.368秒差の23番手。「順位はともかく、セッション内容はいい手応えをつかみつつあります」と高橋は話しました。

「リアタイヤのポジションをガツンと前に振ったことによって、安心してコーナーを立ち上がれるようになりました。午後は、午前のタイムを更新できませんでしたが、区間タイムを見ると、ユーズドタイヤでも午前のタイムを更新できています」

ドイツGPからここまでの変遷に関しては、

「ドイツではマシンを理解するために大きな変更を施さずに走り、インディアナポリスはあのようなコース特性ですので、セットアップを煮詰めていくのが難しかったのですが、チェコGPは少しの変更で飛躍的によくなっています。こうして振り返ると、急成長をしていると思います。セッション序盤の時間帯でも一ケタ順位や、少なくとも15番手以内につけることができています。あとは、焦らずにまとめていくだけですね」

翌日の土曜日は、ほかの選手たちが使用しているのと同じ仕様のフロントフォークを投入。午後の予選を終えて、トップと1.393秒差の20番手につけました。グリッドはこれまでと同様ですが、トップグループとのタイム差は、確実に縮まってきていることが分かります。

タイムスケジュールの都合上、いつもよりも一時間早く始まった決勝レースは、20周で争われました。高橋はまずまずのスタートから、同じ集団を構成した5台ほどでバトルを繰り広げました。やがて、その集団から少しずつ脱落していく選手も出始めましたが、高橋は集団の中で前に出て、18位でチェッカーを受けました。

「コーナーの立ち上がりのトラクションがまだ十分ではなく、抜くのが難しく抜かれやすいという苦しい状態の中で、順位を争う展開になりました。チームががんばってくれて、マシンはトータルで見るとインディアナポリスよりもよくなっていますし、自分にできることはすべてできたと思います。レース中もポイント獲得圏内が見えてきており、レースタイムで見ても、トップとの差は縮まってきています」

そう語る高橋の口調からは、着実な手応えをつかんでいることを感じ取ることができました。チーム監督の岡田忠之も、前進する感触を実感する反面、それ以上に今後のさらなる改善の必要性を強調しました。

「ホイールベースを詰めることで、トラクションの向上と旋回性の改善を狙い、ライダーのフィーリングもよくなってきました。しかし、現状の我々のマシンポテンシャルでは、ラップタイムの差を詰めきれない部分がまだ大きく残っています。ライダーはがんばってくれていますが、さらに改善をしていかなければ、結果に結びつくのは難しいと実感しています。今回から、アッパーカウルを新しいものに変更し、トップスピードが改善され、コンスタントにいい速度を出せるようになってきました。ただ、トップスピードだけよくても、トータルパッケージが優れていなければ勝つことはできませんので、基本的なハンドリングの改善を、次のシルバーストーンで目指していきたいと思います」

3連戦の3戦目、第12戦イギリスGPは不安定な天候に悩まされることの多い大会ですが、今年はレースウイークを通して明るい日差しに恵まれました。シルバーストーン・サーキットは、グランプリ屈指のハイスピードコースであり、F1も開催されている影響からか、路面のバンプが多いことでも知られています。

高橋たちは、前回から投入したフロントフォークの特性を生かし、サスペンションのセッティングを柔らかい方向に振ることで、路面のバンプに対する追従性が改善されていきました。初日、2日目と4回のセッションを終えて、日曜日の決勝レースは9列目25番グリッドを獲得しました。

「タイヤが消耗してくると旋回性につなげていけるのですが、タイヤが新しいうちは、エッジグリップをいかにうまく使えるか。それが今の課題になっています」

と、高橋は予選までの走行を振り返りました。

「今日の午前は、ジオメトリーの変更がいい方向に進み、レースラップ(18周)以上を走行したタイヤでもいいタイムを刻むことができました。さらに変更を施して、午後の予選に臨んだのですが、ニュ−タイヤのグリップを生かしきれませんでした。明日は、マシンを今日の午前の状態に戻し、決勝に備えたいと思います。レースでは、ポイントを獲得したいですね」

日曜日の決勝は、前戦同様にスケジュールの都合上、Moto2クラスのレースが最初に行われました。18周のレースは午前11時20分にスタート。25番グリッドからスタートした高橋は、周回を重ねるごとに少しずつペースを上げていき、ラスト2周となった17周目には、予選タイムを上回るラップタイムをマークしました。最終ラップを終えて、チェッカーフラッグを受けたときの順位は23位でした。

「昨日と同様に、タイヤが新品のうちはなかなかうまく走れず、タイヤが減ってくると気持ちよく走れるようになりました。タイム的に、前の集団についていくことはできませんでしたが、自分たちのグループで走りながら、レース終盤に予選タイムを更新できたのはよかったと思います」

このレースを終えて1時間ほど経過したころ、チームは次戦以降のライダーの交代を通知する発表を行いました。開幕前からテストを重ね、11戦走ってきた高橋は、このイギリスGPをひとまずの区切りとして、チームから離れることになったのです。

「結果がすべての厳しい世界で、真偽はともかくさまざまなうわさが流れていたことも知っていましたので、ある程度の覚悟はしていましたし、大きな驚きもありませんでした」

と、高橋は今回の決定について、冷静な口調で受け止めました。

「今年、このチームから走るチャンスを与えていただいた多くの方々に、心から感謝しています。結果を残せなかったのは残念ですし、悔しく思っています。それでも、できる限りのことはやり尽くしたので、悔いはありません」

高橋はいつものような明るい笑みできっぱりと言いました。そして今後の予定については、まだ全くの白紙状態ではあるものの、次のように話しました。

「このような時代ですので、多難であることは覚悟していますが、走れる環境があれば是非走りたいですし、それに向けて、可能な限りの努力をしたいと思います」

今回の決定について、チーム監督の岡田は、

「シーズン中に、このような決断をしたくはなかったです。つらいですね……」

ポツリとつぶやきました。

「結果がすべてを物語っているように、裕紀にストレスの残るレースばかり強いてしまったのは、チームの責任であり、私の責任です。ただ裕紀は、鈴鹿8耐であれだけの成績(6位)を残したことを見れば分かるように、ライダーとして高い能力を持っています。その彼のライディングスタイルを、このクラスでうまく生かしてあげることができず、本当に申し訳ないことをしました。Moto2は、あるレースで優勝した選手が次の大会では低位に沈むことも珍しくないという、シビアで過酷なクラスです。その厳しさを、今、改めて実感しています」

次戦のサンマリノGP以降は、マレーシア人ライダーのアズランを起用します。

「アズランは現在、アジアロードレース選手権のSS600クラスで、ランキングトップを走っています。Moto2では、彼にとって初めて走るサーキットばかりになりますが、私自身の経験も生かしながらコース攻略を進め、アジアのライダーたちに夢を与えられるように、最善の努力をしていきます。もちろん簡単ではないでしょうが、アズランにはこのチャンスを生かして、アピールをしてほしいと思っています」

今シーズンは残り6戦。ミサノ・ワールド・サーキット・マルコ・シモンチェリで開催されるサンマリノGPと、スペインでのアラゴンGPを終えれば、いよいよアジア・環太平洋地域を巡るシーズン終盤戦に突入です。IDEMITSU Honda Team Asiaがホームグラウンドで活躍するときは、刻一刻と迫っています。