開発ファクトリー潜入[電気系]

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この「電子制御」の開発を担当するのは、かつてF1マシンの開発を行っていたエンジニア、桑田さんだ。Honda Racing F1チームにエンジン開発スタッフとして関わり、ここで様々な電子制御デバイスの開発にも携わった。のちに、HondaはF1から撤退することになったが、そのときの経験を活かしたMotoGPマシンの開発を行うべく、中本修平さんからのリクエストによってRC-Vシリーズの開発チームに加わったという、ドラマチックな経歴を持つ。
「F1での経験はあるし、ソフトウェアとして活用できるものはたくさんありました。でも、MotoGPマシンにそれを応用していくにあたっては、ものの考え方からして、ほとんどゼロからのやりなおしでしたよ」と、桑田さんは話す。

「電子制御において重要なのは、乗り手がどんなアクションを行い、どのように曲がろうとしているのか、どのように走ろうとしているのか、止まろうとしているのか──それに基づいてエンジンパワーの制御を行うということです。クルマの側がそれを『勘違い』をしたとしたら、非常に気持ちの悪い走りになってしまいますから」

これは、F1でもMotoGPでも同じことだ。しかし、実現するための手法や必要な情報は、四輪のF1と二輪のMotoGPでは大きく異なるのだそうだ。
タイヤが4つついているクルマと、2つしかついていないバイク。乗り物の形態が違うので、当然と言えば当然であるが──?

「タイヤが2つ」だからこその難しさ

「なんと言っても、バイクはクルマと違って傾きますからね。コーナリング時の角度によって、地面に接するタイヤの全周が変わります。おまけに、これらの運動は、バイクの総重量の半分ほどの重さがあるライダーという『重量物』の搭載位置が変わることによって引き起こされるものなのです。こうなると、『バイクの動きを制御しよう』というのは、無理な話です。あまりにも複雑すぎて。いったいどうしたらいいのか、と最初は頭を抱えました」

さらに、桑田さんは続ける。

「極端な言い方をしてしまいますけど、MotoGPに比べれば、F1における『乗り手の要望』というのはそれほど優先順位が高くありません。まずは、エンジンパワーによってタイヤのスピニングが発生したりしたときに、トラクションコントロールやローンチコントロールによって、クルマをどれだけすばやく安定させられるかというのが重要。ドライバーにはそれを使いこなしてもらうことを考えるし、そうするのが実際に速い。ところが、バイクの場合はそれではダメです。ライダーは、常に自分のアクションと、それに対するバイクの動きを予測しながら走っているので、そのイメージとの相違がわずかでもあったとしたら、限界に迫っていくことができなくなってしまうのです。ひとことで言えば『ごまかし』が一切利かない世界です」

そこで用いられたのが、二足歩行ロボットASIMOの開発で得られたジャイロ技術だ。ASIMOが歩いたり、走ったり、ジャンプしたりといった動作を安定して行えるのは、人間と同じように、自分の姿勢を感じ取って自らバランスを取る制御が行われているからなのだ。この制御を、モーターサイクルの姿勢制御に役立てようというわけだ。

「人間」に向けられる、熱いまなざし

Hondaが2011年に圧倒的な強さを見せた背景には、電子制御への考え方を一度根底から見直したところにあると考えられる。それは「電子制御によってバイクを速くする」のではなく、「電子制御によってライダーの負担を軽減する」ことに力を注いだということだ。桑田さんの言葉を聞きながら、あるひとつのことを考えていた。Hondaがめざす電子制御とは、「クルマの挙動を解析する」のではなく「人間の動きを解析する」ことによって実現されるものではないのだろうか──ということだ。
「そうです、それが究極の姿だと思います。人間がレースの中で何を考えて、速く走るためにどんなアクションを起こすのか?これに少しでも近づけていくことが、Hondaらしい『ライダーの負担を軽減する』電子制御であり、市販車までを含めたHondaのものづくりの本質に関わる部分なのでしょうね。……ただ、そこに至るまでの道はまだまだ遠いです。これを操るのは『機械』ではなく、『人間』なんですから、その思考や運動のプロセスを解き明かすというのは並大抵のことではありません」

まもなく開幕する2012年シーズンを戦う「RC213V」、そして未だ見ぬ将来のMotoGPマシンに搭載される電子制御デバイスもまた、このHondaらしい考えから開発されるものとなることだろう。桑田さんの言葉は、未来のRC-Vシリーズの進化が楽しみになるようなものだった。

「レースという極限の世界を見据えることで、もっともっと技術を研ぎ澄まして、一歩ずつでも完成に近づけていきたいですね。今は『ライダーからの要望に応えるので精一杯』ですけど、いずれは『こうしたほうが速く走れる』というような……ライダーが本当に望むものをこちらから提案できるような、そんなシステムをつくることができればいいと思っています」

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電子制御開発 桑田

「人を知ること」がものづくりに活かされるという、Hondaのロボット開発の好例だろう。
これが、ASIMOに由来するジャイロセンサーだ。内部に収められたセンサーがバイクの姿勢を感知し、その情報を用いて最適なエンジンパワーの制御を行う。激しい振動Gによって誤った姿勢検知をしてしまわないよう、小林さんらがテストにテストを重ねてモディファイを加え、MotoGPマシンへの搭載を可能にしている。

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