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レースエンジニア

田坂泰啓 / マシュー・ハーヴィー

マシンの特性、データロガーが収集した様々な走行データ、そしてドライバーのコメント……。それらを総合し、マシンを最高の状態にセッティングするのがレースエンジニアの仕事だ。そんな彼らの目に0.001秒はどのように映っているのか。最速の座を目指して日々、切磋琢磨するレースエンジニアたちの姿を追った。

“レースエンジニアの資格”

―― 田坂さんがレース界に身を置こうと思ったきっかけはどのようなものでしたか?

田坂泰啓(以下、YT):学生時代は自動車整備の学校に通っていましたが、就職に際して「どうせ働くなら同じ自動車整備業界の中でも花形の仕事に就きたい」と思い、御殿場に本拠を置くレーシングチームにメカニックとして就職しました。

―― なぜ、レーシングメカニックが自動車整備業界の花形だと思われたのでしょうか?

YT:当時、レースはテレビで見るばかりでサーキットに足を運んだことはありませんでしたが、テレビの向こうでメカニックの皆さんはレース中にギアボックスを開けて作業を行ったり、一般車の整備では考えられないような仕事をしていました。そういうところがすごいなあと思って、レーシングメカニックに憧れるようになりました。

―― そうしてレーシングメカニックとしてキャリアをスタートさせた後で、レースエンジニアに転身されたのですね?

YT:私がレーシングメカニックになったのは1987年のことですが、当時はいまほどメカニックとエンジニアの間にはっきりとした垣根はありませんでした。僕自身もメカニックとしての経験を数年積んだころから徐々にセットアップに関わる仕事にも手を染めるようになりましたが、ちょうど同じ頃に僕が所属していたチームが当初の1台体制から2台体制に規模を拡大することになり、それだったら自分に1台任せて欲しいと願い出て、正式なレースエンジニアになりました。

  • メカニックたちの戦う道具

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  • 足回りのチェックは入念に行う

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―― レースエンジニアの仕事とは、どのようなものですか?

YT:ひとことでいえば、クルマを速くするのがレースエンジニアの仕事です。そのためには、まずベースのセットアップを考え、その状態でドライバーに走らせてもらったうえでコメントを聞き、さらに速くするのに必要な調整を行っていきます。そのためには、なによりもクルマのことを深く理解することが重要となります。そうでなければ、ドライバーが口にした短いコメントからクルマに何が起きているのかをイメージすることはできません。

―― ドライバーは、たとえば「1コーナーでアンダーステアが出る」というようなことをコメントするわけですね?

YT:そういうことは現実にありますが、ひとことにアンダーステアといってもいろいろな種類がありますし、その対策にしてもサスペンションの調整やエアロダイナミクスの変更など、いくつもの方法が考えられます。たとえば4つとか5つくらいの対処方法を思いつくわけですが、そのときの状況を総合的に判断したうえで、どの方法が最適かを判断することになります。そのためにも、タイヤやエンジンを含めたクルマ全体を深く理解する必要があるのです。

  • ダンパーのセットアップは自ら行う

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  • ミリ単位の調整でドライバーの要望に応える

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“勝つためのセットアップ”

―― 現在スーパーフォーミュラで使われているダラーラ製シャシーについては、どのような印象をお持ちですか?

YT:このシャシーは前後のオーバーハングが大きいので、ピッチ方向の動きをどう制御するかが鍵を握ります。だからといって足を固めて姿勢変化を減らせばよくなるかといえば、必ずしもそうとは言い切れないところが、このクルマの難しさだと思います。

―― それでは、基本となるベースのセットアップはどのようにして決めるのですか?

YT:レースウィークは、まずは予選までがひとつの勝負になるので、予選でいかにいい結果を残すか、言い換えると、どうすればタイヤのグリップ力をフルに引き出して1周を速く走れるか、ということを考えてベースのセットアップを決めます。

  • ベースのセットアップが大きな鍵を握る

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  • 予選タイムアタックへ向かうSF14

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―― 最初に予選のことを考えてセットアップを決めるのですね。

YT:仮に予選用のセットアップが決まって1周を速く走ることができれば、それをベースに調整を行って決勝でも速いクルマに仕上げることは、それほど難しくありません。

―― その予選では0.001秒で勝負が決まることも少なくありません。田坂さんにとって0.001秒とは、どのような意味を持っていますか?

YT:なにかと訊ねられたら「ただのタイムです」と答えるしかありませんが、そのいっぽうで、いつも0.001秒を意識しながら仕事をしているともいえます。ただし、タイムを落とすのであれば1秒でも2秒でも簡単に遅くできますが、タイムを縮める方、つまり上げるほうに関していうと、0.001秒を上げるのは本当に難しい。タイムを上げるのと下げるのとでは、時間に対する感覚がまるで異なっているのです。

  • 0.001秒のタイムアップに挑戦する

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  • コンビを組む塚越選手

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“勝負できるマシンをドライバーと共に仕上げる”

―― 今シーズンは塚越広大選手を担当されていますが、どのようなドライバーですか?

YT:塚越選手のことは以前からよく知っていて、とても速いドライバーです。だから、このチームでまだ勝てていないということは、それはクルマの方に問題があるというのが僕の考え方です。

―― 塚越選手とはどのようにして作業を進めているのですか?

YT:塚越選手は、今まではどのような筋道でセッティングを進めているかよく理解できていなかったようなので、僕自身は「いま起きている問題を解決するためにこういう対策を施すけれど、その結果、こういうことが起きたよね?」という具合に、ひとつひとつの作業に意味を持たせて、それらを丁寧に説明しながら作業を進めています。やはり、ドライバーにはセッティングの内容を理解してもらわないといけないので……。塚越選手からもわかりやすくなったと言ってもらっています。

―― 今後の抱負を聞かせてください。

YT:塚越選手は5月の岡山大会で2位になったので、次は何としてでも勝たせてあげないといけないと本気で思っています。ドライバーは勝つことで「クルマさえしっかり仕上がっていれば自分にも勝負ができる」と確信するようになるので、何とかして勝たせてあげたいですね。

  • コースインの直前までセッティングを詰める

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  • ドライバーを勝たせることがエンジニアの仕事

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ドライバーとマシン、つまりソフトとハードの仲介役を務めるレースエンジニアは、スーパーフォーミュラの速さを追求するうえで欠くことのできない重要な存在だ。彼らはどんな小さな要素もおろそかにすることなく、0.001秒の精度でマシンの進化に取り組んでいる。その姿は、激戦が続くスーパーフォーミュラの“いま”をもっとも的確に象徴しているといえるかもしれない。