VOl.46 第8戦での山本と成田の戦いをチーフメカニックが振り返る

全日本モトクロス2017 Team HRC現場レポート

全日本モトクロス第8戦(10月8日・川越・オフロードヴィレッジ)におけるTeam HRCのレースリザルトですが、山本鯨選手(#400・CRF450RW)が総合優勝(2位/優勝)に輝く一方で、負傷を押して出場した成田亮選手(#1・CRF450RW)が総合8位(6位/10位)となりました。今回の現場レポートでは、Team HRCの平島将充チーフメカニックに第8戦を振り返っていただきます。

平島将充チーフメカニック

我々にとって今大会は、攻めるラウンドでした。シーズン後半のカレンダーを見ると、8月27日菅生 <2週間> 9月10日名阪 <4週間> 10月8日川越 <2週間> 10月22日菅生となっており、エンジニアの観点からすると4週間の準備期間がある川越は、ハード面でなにか新しい試みを行うには格好のタイミングでした。

例年ですと、名阪と川越のインターバルには、モトクロス・オブ・ネイションズという大きなイベントがあり、去年は成田亮(Team HRC)、能塚智寛(Team HRC)、山本鯨(Team Assomotor Honda)が日本代表として出場しました。準備や移動を含めると決して楽な遠征ではありません。ところが今年は、日本チームが出場を見合わせたこともあって、日程的に余裕が生まれたのです。そこで我々はこのインターバルに、マシンのバージョンアップを実施することにしました。

戦況を見ると、山本がポイントリーダーでしたが、2位の小方誠選手(カワサキ)とは11点差。成田は第7戦名阪の予選で転倒し、左肩を肩鎖関節脱きゅうしていたので、治療と身体のケアを重視しながら今大会に備えているところでした。そういう状況から判断し、成田車にはアップデートを施さず、バージョンアップは山本車のみに限定することになったのです。

シーズン終盤の残り2戦というタイミングでマシンを変えるようなことは、通常であればしないものです。ライダーの立場からすると、「現在の好調を維持したままチャンピオン獲得を実現したい」、「マシンを新しい仕様にするのは最終戦のあとでもいいじゃないか……」という気持ちがあるでしょう。当然です。ただ、Hondaとしてはチャレンジして前に進むという方針もあったし、アップデートによって小方選手に対するアドバンテージを広げることができれば、有利な展開に持ち込めると信じていました。

バージョンアップの詳細については申し上げられないのですが、大まかな狙いはトラクションとギャップ吸収性をさらに向上させることでした。ただしマシンのキャラクターをガラっと変えるほどのテコ入れなので、慎重に検討する必要がありました。

山本はこれまでのマシンを自分の手足のように操っていました。その好感触をリセットしてまで冒険する意味はあるのか。メリットとデメリットを天秤にかけながら話し合った結果、山本も理解して同意してくれました。開発を担うワークスライダーの義務や使命感だけであれば、引き受けることはなかったでしょう。自分にとってもプラスになることだから納得したのです。

  • 山本鯨
  • 山本鯨
  • 平島将充チーフメカニック
  • 山本鯨
  • 山本鯨

川越のオフロードヴィレッジはストップ&ゴーのレイアウトで、コンディション的には非常にトラクションをかけにくいコースです。路面を耕しても、ラインが掘れるとフラットでハード部分が出てくるし、ギャップもエッジが立ちます。だからこそ山本車をテコ入れしたのですが、本当に長所をものにできるかどうかは賭けの部分でもありました。

名阪の直後から、山本は新しい車体で乗り込みました。一方の成田は事前テストにも風間トレーナーに帯同してもらって、テーピングなどしながら徐々に走れるようになってきたのですが、直前の個人練習で転倒して右手の小指を脱きゅうしてしまいました。それでもレースに出たいという強い意志があり、今回の参戦が実現しました。予選こそ様子を見ていたようですが、決勝ではスタートから出て前を走っていますし、本当に精神力の強さを感じます。

成田とはレース前に、とにかくスタートで出ようとディスカッションを重ねました。データの解析からエンジンの使い方や回転数をアドバイスしました。成田のスタートは伸び領域に特徴があって、それを活かすにはアウト側からいこうと。名阪でもそういう作戦でした。アウトからまくった結果、今回はヒート1が2番手、ヒート2はホールショットでした。

山本のスタートは、まず出だしでハンドル1本分だけでも前に出て、そのままアドバンテージを保つやり方。成田はゲートで前に出ることにはこだわらず、伸びで抜いていくタイプなので、エンジンの使い方が違います。個性的ですね。山本は予選のスタートから決まっていたのですが、決勝ではスタートが意外と出なくて、ゲートの先の路面が結構滑ったのが原因だろうと分析しています。

山本のゲートは中央付近でしたが、路面が滑るので両サイドの方がよかったのかもしれません。ただチャンピオンを意識しているので、あまりチャレンジングなゲート選びはできなかった。それで無難なところに決めたようです。イン側はぬかっていたので、1コーナーでかぶせられると苦しい。それに前回の川越では、ヒート2の1コーナーで接触転倒して大きくポイントを落としているので、それだけは避けたかったのです。

  • 成田亮
  • 成田亮
  • 平島将充チーフメカニック
  • 成田亮(#1)
  • 成田亮(#1)

エンジンに関しては、今回はなにも変更していません。山本車は車体を変えたので、エンジンはキープ。成田車は全部名阪の仕様のままです。乗り慣れているマシンそのままで走るということが最優先で、名阪のサンドから川越のハードにアジャストするよりも、身体のケアを重視しました。春の川越仕様を適用する考えもあるでしょうが、それだと各部が進化した今となっては戻しすぎなのです。

ヒート1は小方選手が出て、成田と山本が続くという展開でしたが、6周目に山本が成田に追突して転倒。そこでのタイムロスが響き、山本が2番手に浮上したあとも独走する小方選手を捉えることができませんでした。

ヒート2では成田がホールショットを決めましたが、出遅れ気味の山本もさばきが早くて、4周目にはトップに立てました。そこから先は、路面が荒れていたので転ばないように心配していました。後半になると一度引き離した小方選手に迫られましたが、山本は距離を測ってコントロールしているようでした。山本は5秒リードを基準に走っていて、5秒以上離したら少し休み、接近されたらまた突き放すという走り方をいつもしているんです。

結果としては、山本が総合優勝(2位/優勝)をものにしましたが、性能アップを狙って入れた仕様で優勝できたことはよかった。各方面と調整をしながら準備を進めてきただけに、チームとしてはうれしい優勝でした。

山本はとても疲れていました。神経を研ぎ澄ませてレースに臨んだので、精神的に疲れたようです。マシンが新しいので、ギャップが立ってきたときの挙動などを観察しながら走っていました。練習や事前テストではシミュレーションに限界がありますし、未知の領域でマシンがどんな動きをするのか確認しながらのレースでした。しかも、チャンピオン争い中という局面ですから、向上した部分があったとしても、乗り慣れたマシンとは違った苦労があったようです。

それにしても山本は、名阪の(優勝/優勝)で自信をつけたようです。オフロードヴィレッジは幼少のころから走ってきたコースですし、そういう自信もあったでしょうね。

今回は成田も山本も非常にいい仕事をしてくれました。成田の走りにはプロ根性が表れていましたし、山本の成果についてはチームスタッフとしてもホッとしています。今回のレースをものにできたのは、ライダーのスキルとメンタル、開発側と協力メーカーの協力があってのことだと痛感しています。この山を乗り越えたことで、一回りも二回りも成長できました。気を引き締めてチャンピオンを獲れるように準備していきます。

 
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