VOl.45 チームトレーナーの視点から見える各ライダーの特徴とは……

全日本モトクロス2017 Team HRC現場レポート

全日本モトクロスの覇権を争うTeam HRCは、マシン性能の向上のみならず、ライダーのコンディショニングにも取り組んでいます。今回の現場レポートでは、チームに帯同する風間貴文氏(株式会社ナズー/日本体育協会公認アスレティックトレーナー)にお話を伺いました。

風間貴文氏(株式会社ナズー/日本体育協会公認アスレティックトレーナー)

2015年シーズンからTeam HRCに帯同するようになって、今季で3年目になります。普段は朝霞台/北朝霞駅前にある治療院「スポーツマッサージ・ナズー」に勤務しながら、Team HRCの4選手(成田亮/山本鯨/富田俊樹/能塚智寛)をサポートしています。

業務の大まかな流れとしては、シーズンオフの体力増強に始まり、レース現場では障害予防と疲労回復、負傷した場合のアフターケアなどを担当します。具体的にはトレーニングメニューのアドバイス、ストレッチ、マッサージなど……。年3回の体力測定、健康診断などにも携わっています。

モトクロスは過酷なスポーツです。一例を挙げるなら、30分+1周を走り終わったライダーの体温が40度近くまで上昇すると言えば、分かりやすいでしょうか。なるべく早く冷まして戻す必要があるので、夏場にはウォータープールを用意します。Team HRCで使っているのは、循環装置で水温を設定できるタイプで、理論上10~15度の水風呂に5分間入るように推奨されています。

レース後のライダーは大忙しです。マシンについてのコメント取りもありますし、水分補給もしなければなりません。ただしヒート1とヒート2の間は、疲労回復の観点からなるべく早く身体の熱を冷ますようにしています。水風呂のあとに自転車を漕ぐのも効果的ですが、実行するかどうかはライダーの判断に任せています。ライダーには個人差があり、しかも山本選手のように個人トレーナーが別にいる場合、混乱を避けるために強制はしません。

現在はチームトレーナーとして、2人を同時にケアしているのですが、レース現場でどちらを優先するのか迷うことがないように、あらかじめ監督と相談して決めてあります。例えば同じタイミングで成田選手からマッサージ、山本選手からテーピングを頼まれたら、どうするかというような想定ですね。さらにどちらかが負傷したりすると片方にかかりきりになることもあるので、本来はライダーごとに専属トレーナーがいるのが理想的です。

  • 山本鯨、風間貴文
  • 山本鯨
  • 山本鯨
  • 山本鯨
  • 山本鯨

現場のエピソードですが、成田選手と山本選手に同じケアをしても反応が違うことがよくあります。例えば成田選手だったら、ここが張っているのでマッサージしてほしい、ここをほぐしたから大丈夫ですよ、というやりとりで完結します。ところが山本選手の場合、このマッサージで張りは取れたけれど、「こうならないようにするためにはどんなトレーニングをすればいいんですか?」という話になったりします。山本選手の方が要求が高いと言えるかもしれません。

4人のライダーは、各々とても個性的です。フィジカル的に一番なのは富田選手で、特に持久力が強い。山本選手もアスリートとして立派で、数値的にこの2人がトップライダーであることは納得できます。成田選手は体力測定では概ね平均的なのですが、全身反応時間を測ると敏捷性に優れていることが分かります。全身反応時間テストとは、光の点滅に対して直立した状態からジャンプを開始するまでの時間を測定するもので、短距離走選手などは0.2秒を切るぐらいの数値を出すようです。成田選手もこのテストが好結果なので、スタートの上手さを裏付けるデータと言えるでしょう。

もちろんモトクロスのスタートには、トラクションさせたりゲートをうまく乗り越えるためのスキルが必要ですが、反射神経の良し悪しも大事です。特にクラッチミートする左手の反応が肝になるので、4人のライダーにスマホアプリを用意して練習してもらいました。画面を見てランダムに光る合図でタップする、そんな練習なのですが、もう飽きられてしまったかもしれませんね。

客観的に成田選手は、負けん気が強くてアグレッシブですが、実はとても慎重な一面もあります。例えばケガが治って乗り始めるときは、全く無理をせずに少しずつ上げていく。ギアが5段じゃなくて、10段も20段もあるようなイメージです。ケガが少なくて長く続けていられるのは、そういった慎重さのたまものだと思います。

そんな成田選手ですが、施術を受けるために仙台から朝霞まで日帰りで来てくれることもありました。能塚選手もまたしかり、福岡から飛行機で日帰りです。シーズンオフには、富田選手が継続的なトレーニングと施術のため、大宮に部屋を借りて通院していました。

  • 成田亮
  • 風間貴文
  • 成田亮
  • 成田亮
  • 成田亮

能塚選手は、体力的には特徴がありません。まあ、普通の人です。性格はおっとりしていてマイペース。例えば着替えが遅いし、レース直前になってゴーグルのティアオフを準備したりしているのを見ると、前の晩にやっておくべきことだろうと言いたくなるほどです。ところがレースになると、とんでもないスピードを発揮するので、一言で言うと不思議系ですね。研究対象としてはおもしろいかもしれません。

能塚選手は昨年IA2チャンピオンになりましたが、好不調の波が激しいことが課題でした。それを解明するために、コンディショニングシートによるデータベース作りを今季から始めました。毎日4人にメールを送って、シートにいろいろと記入して返信してもらうと、私のファイルに書き込まれる仕組みになっています。例えば、体重、睡眠時間、練習内容、食事メニューなど……。今シーズンから始めたので、半年分のデータが揃ってきたところです。

データベースで普段のトレーニングの実態とレース結果を突き合わせることによって、勝ったときはこうだった、負けたときはこうだったと、分析できるようになる。そして、あなたは何日前までにこの状態にしなさい、あなたはいったんピークに持っていって直前はリラックスしなさいといったアドバイスが可能になるのではないでしょうか。食事のメニューまでは指示していませんが、コンディショニングを最適化することで、好成績に貢献できるのではないかと考えています。

心拍数はレース中も計測しています。胸にセンサーを着けて、受信用の腕時計は手首にしないで、ガードに取り付けたりポケットに入れたりしています。データをPCに落として解析すると、いろいろと見えてくるものがあります。ラップタイムとの相関関係とか、バトル中に心拍数が上がったとか……。

この辺りはまだ解明されていないことが多いのですが、心拍数が上がっていても慌てているというわけではなく、割と高めに安定しているときが好調なようです。成田選手は200前後、山本選手は185以上だと乗れていると判断できるのです。だったら、レース前のウォームアップで心拍数を上げればいいだろう。アップが必要なのは確かですが、やはり個人差があって、富田選手はレース前に思いきり上げるタイプ。成田選手と山本選手はそこまでは上げません。

余談になりますが、私は高校のサッカー部にも出張しています。そこで痛感するのは、Jリーガーになるような子は、みんながなにか確固たるものを持っているということ。例えばなにを言われても動じないような心とか。Team HRCのライダーも同様です。

チームトレーナーとして貢献できるのは本当に些細なことで、ライダーよりモトクロッサーをセッティングした方が手っ取り早いかもしれません。それでも料理に欠かせないエッセンスのような存在でありたい。それが私の身上です。

 
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