今年の最大の目玉のひとつは、1927年から1933年までの間にわずか6台しか造られなかったフランスの高級車「ブガッティ T41 ロワイヤル(Bugatti Type41 Royale)」のうち、5台が一堂に顔をそろえたことだろう。イタリア生まれで歴史に残る天才的自動車設計家の一人であった、エットーレ・ブガッティ(Ettore Bugatti、1881〜1947)が造り上げた直列8気筒SOHCエンジンの排気量は、年式によってわずかな大小はあるものの、最も大きなものでは12,760cc(キーの打ち間違いではない)もあるのだ。
 シリンダー1気筒当たりの排気量はおよそ1,600cc。シビック8台が詰まっているということになる。エンジンの出力は200馬力、最大トルクは当時このエンジンのトルクを計れるダイナモメーターがなく、計られないままだったという。「必要にして十分」だったのだろう。トランスミッションは3速だが、事実上は2速と3速でことが足りた。この時代の高級車の例に漏れず、「ロワイヤル」はヨーロッパやアメリカの富豪や王侯貴族たちに向けて造られたが、エンジンとシャシーだけの工場出荷時の価格が、英国では5,250ポンドだった。同じ時期の英国製高級車「ロールス・ロイス ファントムII」(直列6気筒、7.6リッター)が1,750ポンドだったというから、ほぼ3台分ということになる。
 これだけ見ても、「ロワイヤル」がいかに途方もないクルマであったかが分かる。僕が「ロワイヤル」を好む点は、技術的な意味では、後世に何の影響も与えていないところだ。ただ巨大かつ高価なだけで、自動車技術という面から見れば何も新しいことはない。
 この「偉大な無駄」こそは、真の高級車といわれるクルマの必須条件なのである。見る人に理屈を抜きにして「ウワア!」といわせれば、それでよいのである。

  「ロワイヤル」には、今日までに11種のボディが架装されたことが確認されている。途中で何度もボディを取り替えたシャシーもあったのだ。よくも悪くも、クルマ社会の1つの頂点を極めた存在といっていい。その「ロワイヤル」の5台が集まったのだ。ホイールベース170インチ(約4300mm)のドでかいクルマが5台もひしめき合うさまは、今年のグッドウッドのハイライトだった。
 5台の「ロワイヤル」で一番古いのは、1927年製の第1号シャシー(No.41100)に架装され、クーペ・ナポレオンと呼ばれる漆黒に塗られたクーペ・ド・ヴィル。コーチワークはフランスのアンリ・バンデル(Henry Bender)。フランスのナショナル・オートモビル・ミュージアムの所有車。このクーペ・ド・ヴィルには馬車時代からの伝統に従って運転席には屋根も無く、従ってコックピットの座席は雨に濡れても大丈夫な革張りとなっている。客室の内装はシートも含めてモケット張りだ。これが本当の高級車のセオリーなのだ。

 2番目の目玉(と思われた)は、1929年製のやはりクーペ・ナポレオン(No.41111)で、客室の天井部分が田の字型にくり抜かれ、ガラスがはめ込まれている。ボディ・カラーは濃紺とシルバー。コーチワークは1号車と同じくフランスのアンリ・バンデル。客室部分は窓ガラスを含めて完全防弾仕様となっている。このボディは2番目のもので、最初のボディは、注文したオーナーが夜は乗らないからとヘッドライトを取り外し式とした2座(!)ロードスターだった。
 3番目は薄いクリーム色のボディ・カラーが美しい2座カブリオレ(No.41121)。最初の注文主は、Dr.ヨーゼフ・フックスで、コーチワークはドイツのミュンヘンにあったルドヴィッヒ・ヴァインベルガー(Ludwig Weinberger)社によるもの。このクルマは、後にアメリカに渡り、1947年頃ニューヨーク郊外のジャンクヤードで解体されそうになっていたのを、当時GMの重役だったチャールス・シェインによって発掘、買い取られた。徹底的なレストアが施され、現在の姿によみがえった。その後、デトロイト近郊のディアボーンにあるヘンリーフォード・ミュージアムに寄贈され、展示されている。

 4番目は、かつて日本にも住んでいたことがある、1932年製の4人乗り2ドア・セダン(No.41141)で、コーチワークはフランスのパリにあったケルネール(Kellner)社製。このクーペは完成直後からブガッティ家の所有だったそうで、第二次世界大戦後にアメリカ人のコレクター、ブリッグス・カニンガム(Briggs Cunningham)が、アメリカ製冷蔵庫と交換で買い取ったという。カニンガムが放出したあと、1990年代から日本人オーナーの元にあったが、最近英国人コレクターに買い取られた。6台の現存する「ロワイヤル」の中では最もスタイリッシュなものだ。
 最後は1933年製のリムジン・ボディを持つモデル(No.41131)。これは、「ロワイヤル」としては3番目のもので、英国軍人フォスター大佐(Capt Foster)の注文で造られた。コーチワークは英国のパークウォード(Parkward)社による。特徴に乏しい巨大な黒色のリムジン・ボディは、ロンドン・タクシーを想わせる。
 といった具合に、展示車両のひとつひとつについて書き始めると、スペースはいくらあっても足りなくなってしまう。いずれにしても、グッドウッド・フェスティバル・オブ・スピードは、車好きにとっては極楽、別天地なのである。