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DAKAR RALLY 2013

ダカールラリー TEAM HRC代表インタビュー

第3回
優勝を手にするため最高のチームに
今回ダカールラリーに参戦するダカールラリー TEAM HRCは、世界11カ国から30人ものスタッフが集まったビッグチームです。これだけ大きなチームをどうやって構成したのか、また、チームに集まったスタッフはどんな人たちなのか。チームの構成や運営の狙いなどを山崎代表にうかがいました。

チームを構成するスタッフと人選について教えてください。

「グローバルなHondaのオフロードチームにしよう」という目的のもとで構成しています。ですから、朝霞研究所の社員もいれば、Honda of America Mfg., Inc.の社員や、全く違う組織のスタッフもいます。これは組織や国といった垣根を取り払って、エキスパートだけで構成されたチームを作るべきだという理念からです。

そうした理念で人選をした結果、11カ国の人間が集まるチームになりました。人数は30人です。それぞれのスタッフの特徴は、特定の分野のエキスパートでありながら、オールラウンダーでもあることです。ピッチャーだけど、バッティングもできる。もちろん、投げさせれば抜群だ。そんな人材を集めました。今年のモロッコラリーでは、半数以上のスタッフが、食事が合わずに腹を壊しました。こうしたアクシデントで人員が不足した際に、その不足した部分を残ったスタッフで乗りきる。ダカールラリーで戦うチームには、そんな柔軟性が必要なのです。

また、メカニックはライダー一人につき一人です。ただし、そのメカニックがいつも万全な状態とも限りません。ですから、メカニックが抜けたときの穴を、ほかのスタッフが埋められる体制を作っています。私もいざとなればできますし、基本的にはメカニック能力のある人を選んでいます。みんなで助け合う体制ができていますので、争いになることはありません。

組織とスタッフについて具体的に教えていただけますか?

組織をざっと説明しますと、まずレース面の代表であるディレクターを私が担当し、全体を見ています。同時に、開発に携わるLPL(ラージ・プロジェクト・リーダー)も兼任しています。今回のチームは競技と開発という二面性があるのが特徴です。

レース面の監督を務めているのが、ヘンク・ヘレダースというオランダ出身の男性です。ヘンクは、長い間Hondaのマシンでラリーに参戦してきた経験があるので、実務面を指揮する監督を任せています。一方、マシンのR&D、開発面は、二輪R&Dセンターの本田太一という男性が監督をしています。また広報として、マリアというHondaモーターヨーロッパの女性がいます。このメンバーで、ラリーの作戦や開発方針、そしてそれらのリリースなどを話し合って決めています。

基本的なチームの構造としては、ヘンクの下にライダーとメカニックがいて、私からのオーダーはヘンクを通じて伝わるという流れになっていますが、必ずしも硬直的に上下構造が保たれた組織にはなっていません。必要なときに必要なスタッフが情報交換をできる柔軟さがあります。

チームには、専門のマッサージ師も2人いて、彼らが選手たちの栄養管理も担当しています。また、カミオンを運転するドライバーもいます。彼らはパーツの運搬も担っているので、パーツの管理をするパーツコーディネーターも兼任しています。また、私たちスタッフが乗る車を運転するドライバーもいます。ダカールラリーで使用する車両は、六輪駆動のカミオンと四輪駆動のカミオンが各1台、ライダーのためのモーターホームが3台、それとスタッフや機材を運ぶためのトラックが4台です。

TIPS OF DAKAR ダカールをもっと楽しむための豆知識 カミオンとは

機材や物資を運搬するトラックのことです。ダカールラリーでは、スペアのタイヤやパーツをカミオンで運び、アクシデントに備えます。四輪駆動と六輪駆動では走りが少し異なるため、ダカールラリー TEAM HRCではケースに応じて乗り分ける予定です。ダカールラリーでは、きっと、このカミオンが大活躍することでしょう。また、ダカールラリーにはオート・カミオンという部門もあり、ドライバーがカミオンに乗って、ダカールラリーの競技に挑戦します。

日本人のスタッフは私、本田、PGM-FI担当の宮崎、そして電装を担当する野口、マシンの仕様の管理という非常に面倒な仕事を行う森の5人です。これだけ大勢のスタッフですから、まだ名前を覚えられていないスタッフがいないわけではないですが、そんなことは障害になりません。みんなオフロードが大好きで集まっている人間ばかりですから、だれかが困っていれば自然に助け合う気持ちを持っています。

TIPS OF DAKAR ダカールをもっと楽しむための豆知識 モーターホームとは

大型のキャンピングカーのことです。過酷なダカールラリーでライダーたちが100%の力を発揮するには、レースとレースの間の時間の過ごし方が大切です。そこで、彼らは広いモーターホームに寝泊まりし、リフレッシュして次の日のレースに向かうのです。また、MotoGPやF1などのレーサーの中には、移動時間の節約などを理由に、レースやテスト期間はホテルなどを利用せず、モーターホームで過ごす選手もいます。

チーム内の会話は原則として英語ですが、実際にはいろいろな国の言語が飛び交っています(笑)。これだけ多彩なメンバーが一堂に集まったのはモロッコラリーが初めてでしたが、非常にうまくいったと思います。トラブルもありませんでした。なぜなら、これといった管理をしなかったからです。「こうしろ」、「ああしろ」と、細かいことは言いません。言わなくても数日すると自然と秩序ができてきて、自然に自分がなにをすべきなのかを把握して動くようになるんですね。いろいろな国から人が集まっていますから、一つの国の価値観を押しつけてもうまくいくはずがないんです。南米と日本、欧米では、カルチャーが全く異なりますので。

ただし、キーマンは必要です。そのキーマンが今回の場合、ライダーであればだれもが尊敬していて人望の厚いジョニー・キャンベル選手。メカニックでは英語、スペイン語、日本語が話せて、しかもメカニックとしてのスキルも経験もある花輪さんですね。彼らが自然と中心になって動くことで、チームは実によく団結しています。

そうそう、ホテルの手配などを担当してくれているオランダ人のミージャンという女性がいるんですが、彼女はまだ29歳なのに、過去に5度もダカールラリーに参戦した経験を持っているんです。プライベーターとしてダカールラリーに参加していただけに、ダカールラリーでのさまざまな手配はお手のもの。すばらしい活躍をしてくれています。

トラックドライバーたちも、何度もダカールラリーに参戦しているようなベテラン、強者ぞろいなので頼もしいです。私はラリーから離れて久しかったので、今は彼らに追いつこうと勉強しているところですね。

モロッコラリーでは出足は順調でしたが……

モロッコラリーでは、初日と最終日にエルダー選手がステージトップを獲得するなど、想定以上の成果が出せたと思います。第3ステージが終了した時点で総合トップでしたし、その夜には「勝てる」と思ったほどです。残念ながら第4ステージで起きた燃料系のトラブルでステージをリタイアしてしまい、優勝はできませんでしたが、大きな手応えがありました。

これは余談ですが、第4ステージのエルダー選手のトラブルのときに、ちょっとしたドラマがありました。実はその日、偶然、1996年のパリ・ダカールラリーのエクスペリメンタルクラスで優勝したジャン・ブルーシーと再会したのです。当時レースで彼が乗っていたマシンは、私が担当していたEXP-2です。とてもうれしい出会いでした。彼は今、モロッコで砂漠のガイドツアーの仕事をしているそうで、ラリーを見にきていたんですね。そんな彼との再会を喜んでいたときに、エルダー選手のマシンにトラブルが発生したという連絡が入ったんです。

TIPS OF DAKAR ダカールをもっと楽しむための豆知識 EXP-2とは

排気ガスの規制により、世界中のメーカーが2ストロークエンジンのマシンの開発をやめていく中、HondaはAR燃焼という技術を採用することで、排気ガスを軽減しようとしました。その実験車両として開発されたのがEXP-2です。そして、このマシンから得られたデータをもとにした市販車CRM250ARを、1997年に発売しました。

エルダー選手は砂漠の中で全く動けなくなってしまったので、我々が助けに行かなければなりませんでした。ところが、エルダー選手がリタイアした場所は、砂漠のまっただ中で、我々の車ではとてもすぐには着けそうにありませんでした。すると、我々が困っているのを見たジャン・ブルーシーが「その辺りはよく知っているから案内するよ」と、ガイドを買って出てくれたのです。そんな偶然の出会いがあるのもラリーなんですね。

山崎さんが考えるダカールラリー TEAM HRCの理想像を聞かせてください。

ダカールラリー TEAM HRCでは、全員が同じタイミングで働いているとは限りません。マシンを整備している人、そのほかの仕事をしている人もいれば、食事をしている人や寝ている人もいます。ラリーは長丁場ですので、途中で疲れてしまっては元も子もありません。現地は気温の変化が激しかったりするので、無理をしたことで体を壊して仕事に影響が出ると、それはラリーの結果にも影響してしまいます。「疲れる→整備でミスをする→壊れる……」という悪循環ですね。ですので、自分で体調をコントロールして、休みもしっかり取ることが必要なのです。全体の目標を理解した上で、サッカーのように一人ひとりが自分の頭で、今なにをすべきなのかを考えて行動することが大事です。こうしたスタッフたちの姿は、外からはバラバラに見えるかもしれませんが、これが団結しているということだと思います。

目指すのは、世界ナンバーワンのオフロードチームです。ナンバーワンというのは、ただエキスパートがそろっているという意味だけでなく、オープンであるという意味もあります。どういうことかというと、だれとでも情報交換をする。だれかが困っていれば助けてあげる。自分たちだけで閉じこもってなにかを隠したりしないということです。なぜそうするかというと、そういう体制にしなければダカールラリーで完走できないということもありますし、そうしたオープンなチームこそ、オフロードチームのあるべき姿だからです。周囲から見れば混とんとしているように見えるかもしれませんが、実は秩序があって、しかも雰囲気がいい。そんなチームこそナンバーワンなんだと思います。このナンバーワンチームの理想像というのは、MotoGPでもF1でも同じだとは思いますが、オフロードはそれらよりも参加のハードルが低いので、だからこそさらにオープンでないといけないと思います。