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DAKAR RALLY 2013

ダカールラリー TEAM HRC代表インタビュー

第2回
市販車をベースに戦う意義と困難
Hondaは今回の参戦において「Hondaとして初の量産車での挑戦、そして優勝」という目標を掲げています。選ばれたマシンは、アメリカをはじめ、世界各国で人気の高いオフロードバイクである「CRF450X」。モトクロッサー「CRF450R」をベースに、砂漠でのレースやファンライディングができるように設計されたマシンです。Baja 1000ではジョニー・キャンベル選手らが駆り、常勝マシンとなっているモデルですが、このモデルを選んだ背景と、ダカールラリーに向けてどのようなモディファイが行われたのかをうかがいました。

ベースマシンにCRF450Xを選んだ理由を教えてください。

ラリーに出る前提として、モトクロッサーをベースにするということはあり得ません。ですから、ラリーレイドを戦うのに適したモデルであるCRF450Xが選ばれたわけです。

量産車ベースでの参戦ですが、そのメリット、デメリットはどんなことがあるのでしょうか。

最大のメリットは、レースで得た経験や技術、ノウハウを、速やかに市販車に反映できることです。過去にファクトリーマシンで出場していた時代もありましたが、ファクトリーマシンは必ずしも量産車と直結しているわけではありません。また将来的には、すでにCRF450Xに乗られている方、これからCRF450Xでラリーに出たいという方に、今回のマシンのために製作したパーツをキットパーツとして、供給することも可能になります。こうした点が量産車で出場するメリットです。

TIPS OF DAKAR ダカールをもっと楽しむための豆知識 かつてHondaが開発したファクトリーマシン

Hondaがダカールラリー(当時はパリ・ダカールラリー)での優勝を手にするために開発したファクトリーマシンがNXRです。1986年に初めてレースに登場したNXRは、それから4年連続で総合優勝を果たしました。

具体的には、CRF450Xをどのようにパワーアップさせているのでしょうか。

ベースとなったCRF450Xは、どこでどんなライダーが乗るのか分からないため、非常に設計条件が厳しいマシンです。気温は氷点下から50℃くらいまで、距離もどれだけ長く走るのかが分かりません。CRF450Rなどのモトクロッサーなら、速度域や走行距離がある程度予測できるので、それに合わせて性能を詰めていけますが、CRF450Xの場合はそうはいきません。そのため、クランクシャフトからシリンダーヘッド、環境性能を考えたキャブレターセッティングまで、かなりマージンをとった設計にしています。

CRF450 RALLYは、セッティングを自在に変更できるようPGM-FIを採用し、またパワーを出すために、バルブ径などをレギュレーションの許す範囲で拡大し、充填効率を高めてパワーアップさせています。すでに出力面では、未知の領域……つまり、適切なサイクルでメンテナンスをすることも含め、しっかり管理しなければ、いつ壊れてもおかしくないというほどのパワーを出しています。

TIPS OF DAKAR ダカールをもっと楽しむための豆知識 PGM-FIとは?

Hondaが開発した電子制御燃料噴射システムの名称です。さまざまな走行条件に応じて、コンピューター制御で最適な燃料を供給することができます。

しかし、私たちがラリーマシンで一番重要だと考えているのはトータルバランスです。トップスピードを出さなくてはいけない。しかしそれで壊れては元も子もない。重量も軽くしないといけない。そうした相反する要素を、高いレベルで共存させていくことが重要だと考えていますし、それを最も高いレベルで実現したマシンが、勝てるマシンだと思います。もちろん、これはこのマシンに限った話ではないのですが。高いレベルでのトータルバランスを求めるあまり、ライダーに無理を強いるようなマシンであってもいけない、という点も大切です。

そのほかに変更点はありますか。

チェンジペダルを除いて、すべてが市販車とは違います(笑)。フレームからエンジンまで、すべて作り直しました。材質の置き換えなども行っていますので、同じ形状に見えても、“物は違う”というパーツがほとんどです。例えばホイール。一見量産車と同じように見えますが、リムの幅から強度、スポークの太さと本数まですべてが違います。CRF450Xの重量は100kgちょっとですが、このCRF450 RALLYはそれより大幅に重いですし、速度域も高いです。それを可能にするために、サスペンションのスプリングの径から材質、硬さに至るまで、異なる物を採用しています。ですから、変更点については、“チェンジペダル以外のすべて”という答えになってしまいます。

とはいえ、将来的にはキットパーツとして、あるいはKTMと同じように、アマチュアライダーに供給するためのマシンとしての、販売を前提にした開発をしています。予算があるライダーであれば、高価ではありますが、我々がダカールで戦うのと同じ仕様のマシンを入手できるように。そのため、各パーツは交換できる設計にしています。ベースのマシンは安く設定し、さらに高い性能を求めるライダーには、オプションとしてより高性能のパーツを提供する。例えば我々が使用している、PGM-FIまで選べるような製品を出せればと思っています。

実はすでに、ファクトリーマシンをベースとする市販マシンを、2013年のダカールラリーに出場するアルゼンチンのチームに、実験的に供給しています。

PGM-FIを採用した理由を聞かせてください。

一番は標高差です。ダカールラリーの場合、海抜0mから、最も高いところで標高5000m近くまでを走ります。キャブレターでは、セッティングなしにその標高差に対応することは不可能ですが、PGM-FIなら可能です。そしてもう一つの理由は気温です。ダカールでは、気温がマイナス10℃から45℃ぐらいまで変化します。約55℃の温度差です。こうした変化に柔軟に対応する適応性がPGM-FIはひときわ高いです。その性能の高さから採用しました。

TIPS OF DAKAR ダカールをもっと楽しむための豆知識 標高5000mのコースとは?

2013年のダカールラリーでは、前回同様、ペルー南部にあるアレキバという都市を通過します。アレキバの標高は4970mもあり、ダカールラリー史上最も標高が高いコースで、ライダーたちがどのような走りをみせるかに注目が集まっています。

ダカールラリーに向けての、マシン面での課題はなんですか。

モロッコラリーでは、パワー、耐久性、そしてメンテナンス性においてまだ70%の仕上がりでしたので、それを100%に引き上げることが課題です。今回のモロッコラリーでは、メンテナンス性に難があり、メカニックたちにかなりの負担がかかりました。これを改善しないことには、メカニックやスタッフたちがダカールラリーでの長い2週間に対応できません。現段階からメンテナンス性を向上させることは非常な困難をともなうのですが、解決しないと駄目ですね。今回のモロッコラリーでは、スタッフたちが徹夜でエンジンのメンテナンスを行って、なんとか1週間を乗りきりました。しかし、この体制で2週間続くダカールラリーを乗りきるのは難しいです。ですので、メンテナンス性の向上は最優先課題です。

しかも、解決すれば、それはすべてお客さまにとってのメリットにもなります。かなりの難題ですが、ダカールラリーまでには仕上げます。

結局、速さだけを求めても駄目なんです。どんなに性能が高くても、メンテナンス性が悪ければ、メカニックが疲れてしまいます。疲れがたまれば当然ミスが出やすくなります。ミスでトラブルが発生すると、それは走りや結果に即影響します。ですから、スタッフも含めて、無理なく戦えるマシンを製作しないと、ラリーでは戦えません。

これは余談になってしまうのですが、エンジンのオーバーホールを行うと、当然慣らしが必要になります。ですので、深夜までかかってメカニックがエンジンをオーバーホールして、再度組み上げたマシンを、今度はスタッフがパドックの外を朝まで走って慣らしをしてライダーに渡す。そんなことまでやるんです。

現在は安定して上位に入っているKTMも、過去には3日間のテストで21台のエンジンを壊していた時期もあったそうです。ですが、彼らは、今回のラリーでは毎日夕方には整備を終えていました。

今回の我々の参戦は、なにしろスタートからの開発期間が短かったので、「やりたい」もしくは「やらないといけない」ところが分かっていても、時間的に対応できていない部分があります。それをモロッコラリーではマンパワーで乗りきった、という形です。昨年、四輪のステファン・ペテランセル選手(ダカールラリーにおいて、二輪と四輪の両部門で総合優勝を果たしたフランス人選手)はモロッコラリーではトラブルに遭って負けましたが、ダカールではリベンジしました。自分たちもそれを見習いたいと思っています。もっとも、大事なことは朝まで整備をすることではありません。いかに完ぺきにマシンを仕上げるかです。


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