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#USLETE STORY

正解がないということは、限界も失敗もない

Honda FC 広報担当
池本早希

サッカー社会人リーグJFLで4連覇を果たし、天皇杯でのJリーグチーム相手の奮闘も記憶に新しいHonda FC。そんなHonda FCの事務局で、広報担当としてSNS発信や取材メディアへの対応などの業務を担っているのがHonda入社7年目の池本早希だ。最初はサッカーのことも広報のこともまったく分からなかった彼女が、どのようにして選手から慕われ、チームから信頼される存在になったのか。彼女が歩んできた道筋と現在の想いに迫った。

負けるのは嫌だった、表にはあまり出ないです

今でこそHonda FCのことを隅々まで把握し、広報担当としてチームの情報を世の中に発信している彼女だが、学生時代や就職活動中はまったく今のような姿を想像していなかったという。

「中学・高校の部活でブラスバンドをやっていましたが、そんなうまかったわけじゃなく、プロの演奏家になりたいと思えるほどではありませんでした。就職に関しても、いつかどっかに就職するんだろうなぐらいで、将来に対する明確なビジョンはなかったです。高校は家から自転車で通えて、卒業しても就職しやすいところに入ろうと思いました」

特に夢というほどのものは持っていなかったという彼女だが、持ち前の負けん気の強さを武器に、一歩一歩着実に歩みを進めていった。しかもその歩みの中で、確かな成長を果たしていった。

「何か夢があったわけではないので、とりあえず目の前のことを乗り越えようと思いました。まずは高校受験のための勉強を頑張る。高校に入ったら、成績をよくしていい就職先に就けるように頑張る。表にあまり出ないのですが負けず嫌いなところがあるので、周りの子に負けたくなかったです。1歳上の兄の存在も大きかったです。兄が同じ自動車業界の他メーカーに就職が決まって。私も負けたくないという一心で就職を決めました」

小さなことができたら、その自分を褒めてあげていた

Hondaに就職し1年間の研修を経て、自動車の製造部門で2年ほど働いた彼女。Honda FC事務局への異動の時は、本人が想像をしない形で突然やってきた。

「以前からホームゲームの当日券売り場の手伝いとかはたまにしていたんですけど、Honda FCの仕事をしたいという気持ちがあったわけではなく、突然の人事異動でした。それまでアルミの加工部門に2年いて、周りの先輩社員の方たちにとてもよくしていただいていて。異動してきちんとやってけるのかが不安で、辞令が出てから1カ月くらい体調を崩してしまいました(笑)」

新しい挑戦に不安を覚え随分と悩んだそうだが、異動してからは分からないなりに自分で自分を鼓舞し、自らの力で変化を成長へと繋げていった。

「実際に異動してみたら事前の想像とは違って、先輩も同僚も以前の職場と同じように優しかったし、新しく覚えることがたくさんあって楽しかったです。自分の中で、変化した先がよくないと決めつけて、怖がっていただけでした。自分にそういう癖があったんだと気付きました。そして、慣れない環境の中で、自分を褒めることが大切なんだと思いました。最初は当然できないことだらけで、不安な気持ちばかりが溜まっていくと悪循環に陥ってしまいます。そんな中、小さなことでも達成できたこと、その自分を褒めてあげることを積み重ねていきました。悩んで立ち止まっている時間って、凄く無駄なんです」

知らない人に声をかけてもいいんだな、迷惑じゃないんだなって

まっさらな状態で飛び込んだ広報の現場。先輩にアドバイスやサポートをもらい新しいことを覚えていく日々が続く中、やがて自分の持ち味を発揮できるようになるターニングポイントが訪れた。

「上司に“女性というのも、サッカーを知らないのも強み。新しい視点でものを考えてやってくれ”って言われたことがありました。私の年代・目線に立ってできることって何だろうと考えたのが、SNSの運用でした。ホームページの更新は引き継いで行っていたんですが、もっといろいろな人にHonda FCを見てもらいたくて。SNSだと速報性や表現も幅広くなるかなと思いました。プライベートでTwitterやInstagramをやっていたので、チームでもSNSをやりたいと伝えました。自分の意志で企画を提案して実現したのは、その時が初めてでした」

試行錯誤を続ける中で見えてきたチームの中での自分の役割。今は日々の業務の中にやりがいを見出し、広報担当としてさらなる高みを目指して切磋琢磨している。

「試合で頑張っているのは選手たち自身であって、チームスタッフはあくまで裏方だと思ってます。でも、試合結果の掲示作業をしていたりすると、知らない従業員の方から“よかったね”と言っていただくんです。そう言ってもらうとやっぱりうれしいですし、そんな気持ちになれるのもサッカーチームの広報という仕事をしているお陰だと思っています。もともと人見知りでしたが、この仕事をやってすっかり克服できました。知らない人に話しかけられたり、初対面の人と話をしたりする機会も多く、自分も知らない人に話しかけていいんだって思うようになりました。今までは迷惑がかかるんじゃないかと思って、駅員さんにも、店員さんにも話しかけられなかったんです。自分が色んな人に話しかけられる立場になって、話しかけられても迷惑じゃないんだって気付きました(笑)」

勝つことも大事なんだけど、負けても誰かのためになっていればいい

業務を進める中で壁にぶつかることもあるが、それが新たな気付きのきっかけになっていった。壁を乗り越えることで広報担当として成長していった。

「私自身はサッカーをやったことがないので、ルールは分かっても技術が分かりません。パンフレットに掲載する紹介文の執筆に苦心したとこもありましたが、今は紹介したい選手の特長などを強化担当に聞きにいっています。最初は何でも自分でやらないといけないと思っていましたが、今は組織の中で適任の人を見極めることのほうが大事だと思っています。選手たちに助けられていることも多いです。ありがたいことに、Honda FCという強いチームの広報をやらせてもらっていて、お知らせする内容もうれしいことが多い。選手たちのお陰でサポーターの人たちの笑顔を見ることができて、やりがいを持って仕事ができています。自分が積極的に色んなことに挑戦できているのは、周りの人たちのサポートのお陰です」

さまざまな広報活動を行う中で、選手たちの意識も変わってきた。広報活動の目的をチームとして、会社として共有することで、みんなが同じ方向を見て前に進めるようになった。

「企業の公式な部活動ってただ勝つだけではなく、誰かの活力になることも重要だと思っています。そう思ってもらうための活動を積極的にやっていく必要があるっていうのを、今では会社としても、チームとしても共通認識として持てていますし、選手たちにも理解してもらっています。その中で具体的な施策を実行していくのが、私の役目だと思っています。今ではカメラを向けると選手たちも笑顔を見せてくれますし、楽しみながら協力してもらっています」

正解がなく不安だけど、それって逆に限界も失敗もないんだ

思いもよらない形で広報の仕事をするようになり4年。試行錯誤を続ける中で、自分なりのベストを見つけてきた。今では目先のことに追われるだけでなく、もっと広い視野で自分が果たすべき役割を考えられるようになった。

「広報の仕事って、これが正解ってのはないですし、成果もなかなか見えづらいと思います。だから、どうしても不安になっちゃうことがあるけど、逆に限界もないし失敗もないって自分では思ってます。自分がやりたいことをバイタリティーをもって挑戦していくのが、すごく大事なことなのかなと思います。とにかくなんでもやってみる。そういう意味でやれることがすごくある」

最後に、Honda FCが世の中にとってどんな存在であってもらいたいか。チームの広報担当として、自身が考える理想のHonda FC像について聞いた。

「まずは企業スポーツ、企業の部活動として、Hondaに関わる方々が誇りに思えるチームであって欲しいと思っています。普段一緒に仕事をしている選手たちが、ピッチで凄く活躍しているのってうれしいことじゃないですか。JFLのランキング上位や天皇杯の中にHondaの名前が入ることで、みんなを元気づけて欲しいです。もう一つは、アマチュアサッカーの価値を高めていく存在であって欲しいです。色々なスポーツでプロスポーツが盛り上がっていますが、仕事もサッカーもどちらも全力で楽しむアマチュアサッカーというのもあって、強いアマチュアサッカーを代表するHonda FCであってもらいたいです」

※このコンテンツは、2020年1月に取材撮影を行ったものです。