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#USLETE STORY

やりたいことが見つからなくても、気にしなくていい。楽しいことがあれば、その中でいずれ目指すものが見つかる

Honda FC 遠野大弥

スポーツ界には、「ジャイアントキリング」という言葉がある。これは、格下のチームが強豪を倒す番狂わせの意味。Hondaのサッカーチーム「Honda FC」は、社会人リーグであるJFLに所属しながら、「天皇杯」で立て続けにプロのJリーグチームを破り、見事このジャイアントキリングを成し遂げた。その立役者の一人が、入団3年目、20歳のFW遠野大弥。2試合で3得点と大暴れした若きストライカーは、どんな想いでピッチに立っているのだろう。

ひとめぼれで始まったサッカー人生。
試合に出られない日々もあったけど嫌いになったことはない

遠野は静岡県の藤枝市出身。サッカーの盛んな土地で育ったが、最初に選んだスポーツは野球だった。しかし、テレビで地元のJリーグチームの試合を見てサッカーに興味を持ち、少年団へ入る。

「サッカーを始めたのは、小学3年生の時でした。周りよりは少し遅いスタートでしたけど、のめり込んでいきましたね。小さい頃から攻撃的なポジションでプレーしていましたが、点を取ったときの高揚感がたまらなくて。そのうちに、市のトレセン(選抜された上級者が練習を行うトレーニングセンター制度)に呼ばれるようになって、どんどん面白いと感じるようになりました」

中学生時代は、高校サッカーの名門・藤枝明誠高校の下部組織であるジュニアユースのセレクションに合格し、自転車で30分かけて練習へ通った。しかし、1〜2年生の時にはサブメンバーで途中出場が多く、レギュラーに定着したのは3年生のころから。

「小学校時代に一緒にやっていたメンバーがスタメン(スターティングメンバー)なのに、自分はサブというのはつらいと感じることもありました。でも、サッカーを嫌いになったことはありません。むしろ、好きだから、練習をし続けたし、さらにその後に自主練習をするのも苦にならなかった。それが実を結んで試合に出られるようになりました」

高校は藤枝明誠へ進学。そこでもまた厳しい争いがあったという。

「ジュニアユースは地元の選手が集まっていましたが、高校は県外からも上手い選手がたくさん入ってくる。周りのレベルが一気に上がりました。3学年合わせて200人以上の部員がいて、僕はCチームに。一度トップチームに上がっても結果が出せずにまた下のチームに戻るということも経験して、とにかく厳しい環境でした」

モチベーションが下がることもあったというが、それでもサッカーを好きな気持ちは変わらない。その一心で練習に打ち込み、着実に力をつけた遠野は、レギュラー入りを果たし、全国高校サッカー選手権にも出場。さらには、静岡県の選抜チームである静岡ユースにも選ばれ、U-19日本代表相手にゴールを決めるなど頭角を現し始める。そして、高校3年生での進路選択。思いもよらないオファーが届いたのだ。

サッカーを仕事にする? 悩みました。
でも、Honda FCに入って世界がどんどん変わっていったんです

「プロの選手を目指すという考えは全くなくて、とにかくサッカーができる環境さえあればと思っていました。早い段階から誘ってくれた大学のチームがあって、そこへスポーツ推薦で進学するつもりだったんです。願書の準備も進めていて、出願まであと1週間という時期に、Honda FCからオファーがありました」

突然現れた、社会人チームという選択肢。母親に相談すると、「大学でも、社会人になることでも、どちらも学べることがある。自分で考えて決めなさい」とアドバイスされた。見学を兼ねてHonda FCの練習へ参加することを友人に打ち明けると、「合格したら絶対にHondaへ行った方がいいよ」と後押しする声もあったという。

「自分はとにかく夢中でサッカーをしてきただけだったので、本当に迷いました。でも、Honda FCの練習に参加してみて、そのレベルの高さを実感しました。このクラブでなら、もっと自分が成長できると考えたから、Honda FCで挑戦してみたいと思いました」

入団当初は、周りの選手のレベルの高さに戸惑う事が多かった。それでも、下を向くことなく挑戦を続けた。

「最初は『試合に出られるようになるまで何年かかるんだろう』と感じるくらい、みんなのレベルが高かったんです。でも、そんな環境で自分を磨いてレギュラーを勝ち取れれば、絶対に上手くなれると思いました」

不安を感じながらも、1年目から途中出場を重ね、徐々にスタメンでの起用も増えていく。そんな中で、自身の成長を実感しているという。

「一番成長したのは、意識の部分だと思います。入団当初は、難しく考えすぎて、プレーにも迷いがありました。ボールが来たらまずはパスする先を探して、FWとしては逃げてしまっていたんです。しかも苦手なくせに難しいパスをしようとしてしまって(笑)。そんな時、『お前はゴールだけ見ろ』と監督に言われて、ボールを持ったらシンプルに前を向いて仕掛ける意識を持つようになりました。敵から怖がられるストライカーになろう、と考えて、そうすると肩の力が抜けて、点が取れるようになってきました」

誰も僕らが勝つとは予想していなかったはずでした。
だからこそ、やってやろうと思ったんです

成長とともに自信を深めて臨んだ今シーズン。JFLで首位を快走するチームは、天皇杯でも勝利を重ね、2回戦でJ1チーム、3回戦でJ2チームと、立て続けにJリーグチームを破った。遠野はこの2試合で3得点を挙げ、チームの大金星に貢献した。

「正直、プロチームとの試合前は不安でした。たくさんの人も見るし、名前が知られた選手もたくさん。でも、僕たちには失うものがないので、思いっきりいこうと。すると、試合開始5分くらいで『できるぞ』と自信が出てきて、プレーでもやりたいことが思うようにできた。ここで点を取ればすごい成長ができると感じましたね。誰も僕らが勝つとは予想していなかったはずでした。だからこそ、やってやろうと思ったんです」

現在、ベスト16まで進出。次の4回戦では、Jリーグの中でも人気のJ1チームが相手となる。しかも、開催地は相手チームの本拠地だ。

「僕らは追う立場なので、みんなのモチベーションも高いです。Honda FCのサッカーは、無失点を目指しながら、大量得点を挙げるダイナミックさがあります。それを体現して、自分のゴールで勝利をつかみたいですね。そのためにも、(相手チームに)過剰なリスペクトはしません。同じ人間だし、不可能なことなんてないと思います」

チームの目標は、天皇杯優勝。そして、昨年味わった苦い思いへのリベンジも目指している。

「昨年の天皇杯では、2回戦でJ1チームに1-6で敗戦し、かなり悔しい思いをしました。今年の組み合わせでは、5回戦まで進むと、またそのチームと対戦できる可能性があります。だから、まずは次戦を勝利して、その次の試合でリベンジを果たしたいです」

Honda FCで夢が明確になった。
僕らの力がどこまで通用するのか、試してみたい

最後に、遠野は今の夢を熱く語ってくれた。

「もっとチャレンジして、プロの舞台に立って活躍したいと思っています。それが、どんな場所なのか、Jリーガーがどれだけ上手いのか、どんなサッカーをするのか、知りたいんです」

高校時代、プロを目指すことなど考えなかったという選手が、はっきりと夢を宣言する。その変化は、成長を重ねて自信を深めた証拠だ。

「Honda FCに入って成長できたことで、(プロを目指すという)想いが芽生えてきました。僕らは、Jリーグのチームにも引けを取らない強さがあると思っています。今やっていることが、どこまで通用するのかを試してみたい。Honda FCのサッカーがあったから、今の僕がいます。チャンスはなかなか回ってくるものではないから、一試合ごとに人生をかけるつもりで、魂を込めて戦っています。チャンスを与えてくれた人みんなに感謝していますし、僕がいつかプロの舞台に立てたら、それが恩返しにもなる。そうやって活躍することで、Honda FCの良さを多くの人に伝えられればと思います」

現在の課題は、試合中のコミュニケーション。チームメートにはっきりと要望を伝えられるプレーヤーを目指している。

「チームメートに“こうしてほしい”と要求するからには、自分のプレーにも責任を持たなければならないと思います。その要求を受け入れられるように、周りに信頼される、認められるプレーヤーになりたいですね。お手本になる選手がチームにたくさんいるので、そういう存在を目指して、もっと成長したいです」

楽しい思いだけでなく、苦しい思いもたくさんしてきた元サッカー少年は、それを乗り越えるたびに成長を重ね、より大きな舞台へのチャレンジを続けている。

「嫌なこともあったし、自信をなくしてしまう時もありました。それでも、自分がいいと思ったことを素直にやればいいんです。誰に何を言われても、まずは自分がやりたいことをやる。もし、やりたいことが見つからなくても、気にしなくていいと思います。きっと楽しいことがあるはずだし、その中でいずれ目指すものが見つかります」

※このコンテンツは、2019年9月に取材撮影を行ったものです。