耕す女子たち vol.5

大学では植物の研究、趣味はピアノとチェロ。
畑仕事とは縁のなかった女子が、農家の嫁となり南房総へ。義父に教わりながら畑で野菜をつくり、目下、農的暮らしを満喫中。

季刊うかたま
http://www.ukatama.net/  
写真=高木あつ子 文=おおいまちこ

ガスパワー耕うん機「ピアンタ」は、「小さいけれど、馬力がある」と、真理さん。夫の秀和さん、義父の操さんと自宅脇の畑で

今回の耕す女子

千葉県南房総市本間真理さん(ほんままりさん)
1978年生まれ。東京都出身。畑歴1年。東京農工大学・同大学院で植物生態学を専攻し、里山や農村の植物の調査・研究に従事。2008年4月、結婚を機に南房総へ移住。現在は夫と義父との3人暮らし

結婚を機に“畑”デビュー

よく見ると、鍬(くわ)を持つ手つきがぎこちない。作物を手にする姿も、どことなく初々しい感じがする。それもそのはず、今回、登場いただくのは、畑仕事を始めて、まだ1年ちょっとというフレッシュな“耕す女子”、本間真理さん。東京生まれ・東京育ちの真理さん。

東京生まれ・東京育ちの真理さんが、農家の嫁として、房総半島の南端に位置する千葉県南房総市に嫁いできたのは、2年前の春のことだ。大学時代の先輩である夫・秀和さんの実家は、田んぼ2・5町(*)と畑5反でイネと野菜約40種を栽培している専業農家。乳牛7頭も飼い、小規模ながら酪農もしている。結婚当初は右も左もわからず、お手伝い程度に田畑に出るだけだったが、農作業のノウハウがわかりかけてきた1年ほど前、「自分で野菜を育ててみよう」と思い立ち、畑の片隅でつくってみたい野菜を栽培し始めたという。

「最初に気合いを入れてつくったのは、大好きなジャガイモです。男爵やメークインはもちろん、インカのひとみ、シェリー、ドロシー…欲張りなんで、あれもこれもって、10種類くらい植えちゃいました。ノーザンルビーというジャガイモは紫色になるんですが、ポテトサラダにしたらピンク色になって、すごくかわいかった!畑と1年関わって、最近、ようやく季節ごとのやるべき作業がわかってきたところです」

*1町=10反。1反は約1000平方メートル。

よい作物をつくるには土づくりが大切」という信念で農業をしてきた義父の操さん。畑の師匠であり2人のよき理解者
聖護院カブを収穫する真理さん。「農業に対して憧れの気持ちはあったけれど、自分ができるとは思っていなかった」
「ほんまる農園」の野菜は、地元の海藻カスが原料の有機質肥料や、牛糞堆肥を使い、無農薬で栽培。販売は宅配とネットを通じて行なっている

農作業の師匠は、この道50年の義 父・操さんだ。この日は、自宅の脇にある畑で、鍬で畝(うね)立てする方法を教わった。刃が厚くて重い「房州鍬(ぼうしゅうぐわ)」の扱いに苦戦していた真理さんだが、ガスパワー耕うん機「ピアンタ」を操作する腕前はなかなかのもの。

「うちには7馬力くらいの耕うん機があって、体験的に使ったことはありますが、私には重くて1人ではとても扱えません。その点、ピアンタは気軽に使えていいですね」と、笑顔で話す。

そんな真理さんを、満面の笑みで見つめる秀和さん。周囲の人たちによれば、2人は評判の仲良し夫婦なんだそうだ。

燃料は家庭にあるカセットボンベ(**)

**指定カセットボンベは東邦金属工業株式会社製。

ハンドルが折りたためるので収納もコンパクト。標準装備のキャリーボックスをつければ、移動・保管時の土汚れも防げる

特別に野良着というものはもっておらず、「研究室時代、野外調査をしていた時に着ていたアウトドア用の服で、防水効果がなくなったような古着を畑用に回しています」。とはいえ、色鮮やかなウェアが、畑に映えてとってもおしゃれ

環境に負荷をかけない農業を

「人は食べなきゃ生きていけない」

真理さんは、農業は素人だが、大学・大学院では里山や農村の植物の調査・研究を行なってきた植物の専門家だ。秀和さんとはサークル「植物研究会」で出会った。

2人が研究生活にピリオドを打ち、 南房総で新生活を始めることになっ たのは、4年前に秀和さんのお母さ んが亡くなったことがきっかけだ。 操さん1人に田畑の切り盛りをまか せておくわけにはいかないと、秀和 さんが後を継ぐことを決意。大学で 2人が所属していた学科は「持続可 能な地域社会の創造」が大きなテーマだったこともあり、「実際に地域に根ざして取り組んでみたいという 希望もあった」と、秀和さん。真理 さんも同様で、田舎暮らしへの抵抗 はまったくなかったという。

農業や仕事、趣味の音楽を通じて知り合った友人らと食卓を囲む。真理さんの仕事仲間で、調理師免許を持つ八代健正さんが、アジをさばいて刺身をつくってくれた

農業をやるなら、できる限り無農薬で、化学肥料は使わないなど、なるべく環境に負荷をかけない方法で作物を育てたい。そんな思いで新たなスタートを切った2人を、操さんも応援している。

憧れの農的生活も、最初の頃は知り合いもいなくてさみしい思いもしたという。けれど、米や野菜の販売で参加した農業イベントや、趣味のピアノやチェロを通じて友達ができ、また昨年6月に、隣接する館山市の観光関係の仕事を始めてからは、ぐっとつきあいの輪が広がった。

仕事の内容は、おもに地域の観光 資源の調査や観光パンフレットの制 作だが、真理さんの専門が植物とい うことで、地元の子どもたちや移住 希望者向けの野草観察会や自然観察 会のガイドを個人的に頼まれること も。地域のために自分の知識を生か せることがとてもうれしいそうだ。

今は、平日は仕事、休日は農作業や野菜の発送の手伝い、野菜に付ける料理レシピの作成など、忙しいけれど楽しく充実した毎日だという。

夢はアグリツーリズモ

お昼を少し回った頃、「こんにちは〜」と、真理さんの友達やその家族が続々とやって来た。今は珍しい土間の台所で、手際よく料理する真理さん。畑の野菜を使って料理をささっと何品もつくってしまった。

具だくさんの豚汁をひと口いただく。「うわ〜」と、皆が思わず声をもらすほど、野菜の旨みがぎっしりつまっていておいしい。

「こった料理じゃなくても、野菜 自体がおいしいからそれだけで勝負 できるんですよね。ひと粒の種が育 っていく過程を見られてその野菜を 食べられる、搾りたての牛乳や手づ くりチーズをいただけるのは、とて も幸せなことだと思います。おいし いものを食べて、海や山で遊んで…。 今こうして私たちが感じている“恵 み”を、都会の人たちに伝えていけ たらなぁ、と思っているんです」

たとえば、イタリアのアグリツーリズモのようなことはできないだろうか。貸農園をしていろいろな体験メニューもつくり、来た人に農的生活の豊かさを感じてもらったら…。農園カフェもいいね、などなど、2人で夜な夜な夢を語り合っている。

「将来的に、そんな夢を実現するためにも、今はまず、自分たちが楽しく暮らすことが大切。いろんな知恵や技術を持った人たちとつながりができて、ためになることを教わって、とても勉強になるし楽しい。今後のよき糧にしたいです」

チェロは高校時代からのキャリア。ピアノを弾いているのは、真理さんと同じく有機農家のお嫁さんで、音楽仲間の渡辺明子さん
農作業のない休日は海で貝拾いをしたり、山へサイクリングに行ったりと、南房総の豊かな自然を満喫
南房総はタカラガイの宝庫。さまざまな種類が拾え、チャイロキヌタは海外のコレクターにも人気
畑のレシピ
  1. 1. ひじきは水で戻し、長いものは適当に切る。
  2. 2. ルッコラは軽く洗ってよく水を切り、食べやすい大きさにちぎる。
  3. 3. 酢と油(1:1)に塩、こしょうを加え、泡立て器でよく混ぜ、1、2と和える。
  4. 4. 好みでカッテージチーズをふりかける。

*自家製のチーズは、飼育している乳牛の初乳(産後4〜5日までのお乳)でつくったもの。高たんぱくで栄養価が高い。

  1. 1. ちんげん菜は洗って食べやすい大きさに切り、茎、葉の順に油で炒める。ひと口大に切ったハムを加える。
  2. 2. 牛乳を加えてさっと煮て、塩、こしょうで味を調え、水で溶いたかたくり粉を回し入れ、とろみをつける。
  3. 3. 好みでしょうがのおろし汁を少々加えると、スパイシーで中華風な味になり、体も温まる。