耕す女子たち vol.4

自分の理想の暮らしは「農」とともにある。
23歳の春に気づき、農業の道を選んだ。農大時代に培った気力と体力で今日ももんぺにおんぶで畑に繰り出す。

季刊うかたま
http://www.ukatama.net/  
写真=高木あつ子 文=おおいまちこ

ガスパワーミニ耕うん機「ピアンタ」でネギ畑の一角を耕す早保さん。絶好の畑日和のこの日は、夫の大樹さん、息子の福太郎くんと野良仕事

今回の耕す女子

神奈川県開成町田中早保さん(たなかさほさん)
1980年生まれ、神奈川県小田原市出身。畑歴は6年。夫と息子の3人家族。東京農業大学卒業後、農業高校の非常勤講師やアルバイトなどを経て、農業を始める。昨年、出産するまでは、小田原市内の高校で総合学習の時間に農業の授業を担当。

畑に生えた草で土づくり

もんぺ姿に昔ながらのおんぶひも。昭和の香り漂うスタイルが、風景に馴染んでいて、かつ、とてもかわいい。田中早保さんは、昨年10月に出産して以来、もっぱら“福ちゃん”こと、一人息子の福太郎くんをおんぶしながら野良仕事をしているとか。

秋晴れのこの日は、ご主人の大樹さんと、自宅近くの畑で耕うん作業。福ちゃんをおんぶした早保さんが、ガスパワーミニ耕うん機「ピアンタ」を使い、ぐんぐん耕していく。

「小さくて軽いのに、思いのほか深く耕せるし、パワーもある」

 耕うん機の振動が心地よく伝わるのか、福ちゃんはいつの間にかすやすやと眠ってしまった。

早保さんが、ここ、神奈川県西部の足柄地域で農業を始めて6年になる。南足柄市の山間部にあるつくり手のいなかった1反のみかん畑を任されたのが始まりで、当時交際中だった大樹さんが、大分県にある「なずな農園」での研修を終えたのを機に、足柄地域のあちこちに田畑を借り、二人で本格的に農業を始めた。今は畑8反(*)と田んぼ2反で、「なずな農園」の赤峰勝人氏が提唱する「循環農法」により、無農薬、無化学肥料で野菜や米、みかん等を栽培、個人宅やカフェに届けている。

*1反は約1000平方メートル。

「土は汚くなんかない。むしろ浄化作用があるような気がする。たぶんある」と、早保さん
芋掘りをしたら、こーんな立派なサ ツマイモがごろごろ収穫できた。「J unkan農園」の野菜セットは7 〜10種類で1500〜 2000円

 「循環農法」は、ごく簡単にいえば、畑に生えた草をその場に返して土づくりを行なう農法だという。草が生えていないような畑なら、別の畑で刈った草を持っていく。生ごみなども土づくりに利用しており、畑の一角に米ぬかをかけ、草をかぶせて寝かせているとのこと。これがいずれ分解され土に返り、おいしい作物をつくってくれるのだ。

地域にさまざまな循環を

早保さんと大樹さんはともに、東京農業大学の出身だ。といっても、 関心があったのは農業ではなく、砂 漠の緑化など、国際協力の分野だそ うで、サークルも、農業で国際協力 することを目的とした「アジア・ア フリカ研究会」に所属していた。

農業との出会いは、大学1年の夏。 サークル活動のひとつ、岩手県岩泉 町での農業実習合宿でのことだった。 「この合宿はすごいんですよ。朝 5時に農大名物『大根踊り』をして から各農家に散っていくんです。養 豚農家では、豚舎の糞かきから始ま り、いろんな仕事を任される。私は ここですごく影響を受けました。体 力、気力……この体験がなかったら、今の自分はなかったんじゃないかと 思うくらい」と、早保さん。

卒業後は、農業高校で1年間非常 勤講師として働いた。いっぽう、大 樹さんは在学中、農業実習先の有機 栽培農家で食べた野菜のおいしさに 感動して農業に目覚め、卒業してま もなく「なずな農園」に弟子入り。 当時はまだ農業をやろうという気 持ちはなかったと、早保さんはいう。 「高校では農業経営も教えていまし たが、新規就農するには最低いくら 必要で、とか、教科書に書いてある 通りに教えていたほどで、農業を始 めるのは絶対無理だと思っていたんです。

「地域にさまざまな循環をつくりたい」という「あしがら農の会」と早保さんの思いが重なり、「Junkan農園」と名づけた
ピアンタを移動する際は、キャリーボックスと、移動用車輪一体型のキャリースタンドを装着すれば、とてもスムーズ
燃料は家庭用カセットこんろ用のブタンガス。カセットボンべ(**)を専用ケースにセットし、簡単・確実にガスを本体に装填できる

**指定カセットボンベは東邦金属工業株式会社製。

オーガニックコットンのカットソーは、京都「手染メ屋」のもの。もともと柿渋で染めた憲法色だったが、虫がよってこないといわれる藍で染め重ねてもらった。もんぺは近所のホームセンターで購入。「ゆったりしていてしゃがみやすいので、農作業に最適。妊娠中もなんの抵抗もなく着ることができました」

それでも、自分も有機農業を学びたいという気持ちがあり、23歳の春、㈳全国愛農会が開催している「愛農大学講座」に参加した。有機農業の講座や実習、農産加工などのカリキュラムがためになったのはもちろんだが、有機農業を志す人たちとの出会いがあり、自分の理想とする暮らしが見え始めた。

日間の講座が終わってからは、 そこでのつながりから、西日本の有 機農家を見て歩き、その旅の途中で、 自分の地元に「NPO法人 あしが ら農の会」があることを知る。新規 就農者への支援(受け入れ)や農産 物の宅配等、農家と市民が一緒にな って「地場、旬、自給」をテーマに さまざまな活動をしている。南足柄 市のみかん畑も、この会が縁で借り られたもの。最初のうちは、天然酵 母パンの店でバイトをしながら、小 田原の実家から車で 30 分かけて畑に 通い、農家への第一歩を踏み出した。

田中家の食卓。玄米ごはん、おかずの主役は野菜が基本。「我が家の自給率はかなり高い」
かやぶき屋根の母屋。庭の雑草を取ったり、部屋に風を通すなどの管理を任されてい
親子3人で暮らしている離れ。福ちゃんはこのうちで生まれた

いろんなものを自分の手でつくりたい

大樹さんと一緒にやっていくこと になった時、経営面積を広げたいと、 田畑を探した。この日、耕したのは、 開成町役場の紹介で借りることがで きた畑だ。その畑の地主さんから、今は空き家になっている母屋の離れ を使ったらどうかと声をかけてもら い、昨年1月、この町に越してきた。 新たに農業を始めようという二人のことを、役場が何かと気にかけてく れたり、近所のお年寄りたちがいろ いろ世話を焼いてくれるので、とても助かっているという。

農作業の合間や農閑期には、農産 加工を楽しむ。漬物、豆腐、麦茶、 ジャム、トマトピューレ、みかんジ ュース……。味噌は「農の会」の活 動の一環で、大豆の苗づくりから行 なっている。毎年1月にその大豆を 使い、皆で麹から手づくりして味噌 をつくるのだそうだ。

「今、畑でこんにゃく芋を栽培しているので、今度はこんにゃくづく りにも挑戦したい。醤油や納豆もつくりたいし、食べるものだけでなく、 暮らしに必要なかごなども自分の手 でつくりたい」 今の生活は、「とても楽しい!」と、 早保さん。食や農を通してたくさん の人と交流し、地域で循環をつくっていきたいと、抱負を語ってくれた

ご近所の中野君子さん(78歳)。お祝いごとの時にお赤飯を炊いてくれたりと、何かと早保さんたちの世話を焼いてくれる
田植えの手伝いに来てくれる農大時代からの知り合いが、福ちゃんが生まれたお祝いにつくってくれた表札
完熟し過ぎて割れてしまったトマトを使った自家製のピューレ。野菜を届けているお客さんにリクエストをとって販売している
畑のレシピ
  1. 1. 一晩水につけておいたささげを煮る。
  2. 2. ささげが大分柔らかくなったところで、適当な大きさに切ったかぼちゃを加える。
  3. 3. かぼちゃが柔らかくなったら、炒り塩を加えてくつくつ煮る。

*今回は、「三尺ささげ」という若さやを食べるささげの実を使用。もちろんあずきでもOK

  1. 1. ごぼうはささがきに、にんじんは乱切りにし て塩をふる。大根はいちょう切り、かぶは六つ 割りに、里いもは皮をむいてひと口大に切る。
  2. 2. 鍋にごま油を熱し、1の野菜をごぼうから順 に入れ、こんがりとなるくらいよく炒め、水を 加えて、野菜が柔らかくなるまで煮る。
  3. 3. 短冊切りにした油揚げを加え、醤油と塩で味 を調え、最後に刻んだかぶの葉を入れる。