耕す女子たち vol.37

人が好き、ものづくりが好き。
好きなこと、得意なことを生かしながら、自給的な暮らしを楽しんでいる耕す女子を訪ねました。

季刊うかたま
http://www.ukatama.net/  
写真=高木あつ子 文=おおいまちこ

ガスパワー耕うん機「ピアンタ」で耕し、農地を開墾する鍋田ゆかりさん。相棒のヤギのヒジキ(5歳・メス)が、雑草を食べてお手伝い

今回の耕す女子

千葉県南房総市鍋田 ゆかりさん(なべたゆかりさん)
1975年生まれ、兵庫県出身。浪速短期大学卒。23~33歳までバックパッカーをする。モロッコには計4年滞在。2007年、モロッコ雑貨などを扱う会社に勤務。11年、南房総市へ移住。16年に古民家を購入。現在、DIYで改修工事をしながら暮らす。モロッコ雑貨を販売するオンラインショップを運営(現在、休業中)

南房総で古民家暮らしを

千葉県南房総市の内陸部を車で走らせていると、道路脇にちょっぴり不思議な雰囲気を醸し出す家が見えてきた。昔ながらの農家住宅なのに、外壁にはアラビアンテイストな月と星の装飾。玄関先からは、クミンの香りがふわ〜っと漂ってくる。

土間から顔をのぞかせたのは、この家の主・鍋田ゆかりさんだ。ゆかりさんは1年半ほど前、280坪の敷地に建つ築100年の畑つき古民家を購入。隣町でアルバイトをするかたわら、業者には頼まず、仲間や地域の人々の知恵と手を借りながら自力で改修を開始。今なお工事が続くこの家に、ヤギの「ヒジキ」、イヌの「アワ」とともに暮らしている。

「ようやく洗面台をつけたところなんです」

そういって、案内してくれた室内にトイレはなく、外の厠かわやがあった所にコンポストトイレを設置して使い、料理はカセットコンロでしのいでいる。「屋根からアライグマの赤ちゃんが落ちてきたこともあるんです」と、生活ぶりはかなりワイルドなようだが、ゆかりさんは楽しそう。

7年ほど前、東京から移住してきたゆかりさんは、南房総を転々としながら、その土地土地で田畑を借り、自給的な暮らしを楽しんできた。ここに越してからは家の改修工事に手がかかって畑仕事ができずにいたが、この春から畑とともに田んぼも借りて再開する計画だ。

もっとも、母屋の裏手に広がる農地は長い間耕作されておらず、どこが畑なのかもわからない。まずは冬枯れした草木を引っこ抜き、かたくなった地面をガスパワー耕うん機「ピアンタ」で耕した。ハンドルのグリップをしっかり握って耕うん機を上からぐっと押さえ、ゆっくり丁寧に耕していく。何度か往復すると、次第に土がやわらかくなってきた。

「ピアンタは、普段使っているカセットボンベで動くというのがすごい! 小型だけれど、かたい土でもよくうなえます」

ゆかりさんは、ソラマメの苗を持ってくると、さっそく定植し始めた。

自宅裏でヒジキ、愛犬アワ(1歳・メス)と遊ぶ。「決して一人が好きなわけじゃないですよ(笑)。一緒にこういう暮らしをしてくれるパートナーがいたら最高」
「まずはこの土地の性質を知り、土質にあった野菜づくりを自分なりに模索していきたい」 
「ピアンタ」は卓上コンロに使うカセットガス(*)が燃料。専用ケースにはめ込んで装着するだけで、簡単に扱えて手も汚れない

*メーカー指定カセットボンベは東邦金属工業株式会社製。

レーキで枯れ草集め。大地で体を動かして働く心地よさを知ったのは、バックパッカー時代、イスラエルやフランスの農場での農作業体験がきっかけ

野良着はつなぎタイプがお気に入り。このサロペットは、自分でデザインして、オンラインでオーダーしたもの。胸元に、モロッコで出会った、“ジミーヘンドリックス”という名前のラクダの写真と、アラビア文字で「I LOVE MOROCCO」とプリント。頭にかぶった手ぬぐいはうっすらとしたピンク色。「ヤマモモの樹皮を使って、自分で染めました」

日々の食の大切さを実感して

兵庫県出身のゆかりさんは、短大卒業後、30代前半までは短期で仕事をして、お金を貯めては旅に出るという生活を続けていた。アラブの文化に憧れ、中でもモロッコは「町の色、民族衣装、星空、砂漠……すべてが美しくて、すっかりはまってしまい」、計4年も滞在。現地でオンラインショップを立ち上げ、モロッコ雑貨の販売なども始めたという。

日本に帰国して東京の会社で働き始めたのが2007年のこと。だが、その頃からゆかりさんは、アトピーに悩まされるようになった。ある時、雑誌で千葉県いすみ市にある料理研究家の中島デコさんの宿「ブラウンズフィールド」を知り、休暇を利用して滞在した。自然豊かな環境の中で、土に触れ、調味料から手作りの玄米菜食の食事を日々いただくと、「体の調子がよくて、薬が必要なかったんです。水と食べものって大事だな〜と思い、田舎暮らしをしたいと思うようになりました」。

それ以後、週末は南房総に通い、農や食に興味を持つ人々と、米づくりや農産加工を楽しむ生活が始まった。11年1月、ついに仕事を辞めて南房総に移住。季節に応じてイチゴやミカンの農園で働いたり、友達のカフェを手伝ったりと、好きな仕事をかけもちする働き方は、収入は減っても「自分自身がすごく心地よかった」。房総半島各地で開かれるイベントに参加したり、参加者を募って皆で栽培した大豆と米で味噌づくりなどをするうち、地域を超えて人とのつながりがさらに広がっていった。

目下、外壁の修繕中。外側から見える壁の月と星は“明かり取り”
キッチンリフォームはまだ先。調理はもうしばらくカセットコンロと仲間がオイル缶で作ってくれたストーブで
木炭組合に入って仲間と焼いた炭でタジンを調理中。梅干しも自家製。醤油や味噌などの農産加工も大好き
薪で沸かすタイプの風呂。一から作り直してまだタイル貼り中だが、使っている

地域の人々、仲間に支えられて

家を購入したのは、4年前から一緒に暮らすヤギのヒジキの存在が大きい。庭付き一戸建ての借家を出て行くことになり、同じ予算内で家を探すも見つからず。家賃10年分ぐらいで買える古民家がたまたま売り出されており、購入を決断。足りない分を親から借金して手に入れた。冬場はとても寒くなる、戸数10軒にも満たない小さな集落にあるが、夏は目の前の棚田でホタルが飛びかい、レンコン田でハスの花が咲く風景がとても気に入っている。

人とのつながりを大事にしているゆかりさんは、地元の人たちとの交流も欠かさない。地区の草刈りには必ず出るし、区長さんから声が掛かればイベントの手伝いもする。

昨年は、そんな日頃のつきあいの大切さをしみじみと感じた一件があった。10月の台風21号ではトタン屋根が吹っ飛んでしまった。突然のことに狼狽し地元の消防団に助けを求めると、とても親身に相談に乗ってくれたという。区長さんを通して役所に被害を届けてからも「いろんな人が気にかけてくれて、心強かった」と、ゆかりさん。

「屋根を葺き替える時は、仲間や地域の方が20人近く集まって手伝ってくれました。本職の方もいらしてくれて、本当にありがたいと感じました。近所の方も日頃から野菜を持ってきてくれたりと、応援してくれているのがうれしいです」

ゆかりさんが旅を続けてきた一つの目的は「いろんな人と出会うこと」だという。家を構えると、なかなか長旅には出られなくなるが、「ここに田畑があって、私とヒジキとアワがいて、毎日生活していても、入れ替わり立ち替わりいろんな人がやって来て新しい風を吹き込んでくれる。そんな場所にできたらって思うんです。旅人を迎えて、一緒に畑をやったり、ごはんを食べたりできたら最高。田んぼや畑も一年一年を大切に、腰を据えてやっていきたい」。

山間の小さな集落に、人と人とが出会い、つながる〝場〞が、新たに生まれつつある。

就寝中、大きなムカデが枕元に出てきたので、安心のために蚊帳を愛用。「ムカデが入れない床面付きのものにしました」 
リビングは、日本とモロッコを融合させたインテリア。「和風モロカンを目指しているんです」
畑のレシピ
  1. 1.ニンニクのみじん切り2かけ、オリーブオイル大さじ2、塩・クミン各小さじ2、コショウ・粉唐辛子を各少々、水100㎖を合わせた液に、鶏もも肉1枚をひと口大に切って浸けておく。
  2. 2.タジン鍋にくし形切りの玉ねぎ、1の鶏肉(皮目を下に)、棒状に切ったじゃがいもとニンジン、ざく切りのトマトを順に重ね、1の液をかけ、イタリアンパセリやパクチーをのせ、蓋をする。
  3. 3.炭火(コンロなら弱火)で約1時間蒸す。
  4. 4.2に3の煮汁を入れて弱火にし、野菜が煮えたら3の肉や魚介を加えて5分煮る。仕上げにEVオリーブオイルを回し入れる。
  5. ※途中、水を適宜加え、塩、コショウ、クミンで味を調整。

  1. 1.沸騰した湯に塩をひとつまみ入れ、菜の花の芯の部分から入れて、ゆでる。
  2. 2.ゆであがったら、ザルにあげて軽くしぼり、粗熱をとる。
  3. 3.食べやすい大きさに切って器に盛り、塩とごま油を回しかける。