耕す女子たち vol.36

夫は米農家の17代目。
ハーブ、料理夫婦それぞれのキャリアとセンスを生かし農園の再生に向かって歩み始めた耕す女子を紹介します。

季刊うかたま
http://www.ukatama.net/  
写真=高木あつ子 文=おおいまちこ

保育園用の食育畑で、ダイコンの畝間を耕す寛子さんと夫の覚さん。食育の一環で、近々、園児たちと一緒に案山子(かかし)をつくろうと計画中

今回の耕す女子

茨城県古河市秋庭寛子さん(あきばひろこさん)
1985年生まれ。埼玉県久喜市出身。文化女子大学卒。畑歴2年。OL時代にハーブと出会い、『Herbal Forest』の北川栄惠氏の下で学ぶ。ビーガンレストラン『アインソフ』銀座店に勤務。その後、2013年に結婚。家族は夫と3歳、2歳の男の子。

夫の故郷に移住し農業を

「ミントって、じつは300種類くらいあるんですよ。アイスドリンクに合うミント、アイスクリームによく使われるミント……。これは、キューバ原産の〝イエルバ・ブエナ〞。カクテルの〝モヒート〞に使われるミントで、バーやレストランなどに定期的に送っています」

今回の耕す女子、「秋庭農園」の秋庭寛子さんは、ハーブティーブレンダー。銀座のレストランで働いていた27歳の時、同じく銀座界隈のレストランで料理人として働きながら、実家の畑で野菜づくりをしていた覚さとるさんと出会い、縁あって結婚。本格的に農業に取り組むため、2 0 14年、覚さんの故郷である茨城県古河市に家族で移り住み、16年4月、夫婦そろって新規就農した。

今は17代続く米農家である覚さんの実家を拠点に、計5町4反*の田畑で米、ブロッコリー、ズッキーニをメインに栽培。寛子さんが担当するハーブ畑は、全体からするとごくわずか。今後、少しずつ顧客を増やしながら畑を広げていく計画だ。

農業のかたわら、2人が力を入れている取り組みの一つが、保育園児から大学生までを対象にした食育活動だ。ハーブ畑の向かいが保育園用の食育畑になっており、見ると、ダイコンやカブの青々とした葉が生い茂っている。

「今は4つの保育園の園児たちが定期的に畑にやって来ます」と、寛子さん。収穫した野菜を園に持ち帰って食べたり、野菜にまつわる絵本の読み聞かせをしてもらったりと、五感を育みながら、幅広く農に親しんでもらう場にしているという。

ダイコンの畝うね間ま を耕すため、寛子さんがガスパワー耕うん機「ピアンタ」のエンジンをかけた。

「ピアンタは、翼が生えているかのような手軽さがいいですね。女性は臭いとかが気になってガソリンを扱うのがイヤだから、燃料がカセットボンベなのもうれしいです」

子どもたちが収穫にやって来る日を心待ちにしながら、軽やかに畝間を耕し、草も退治していく。

*1町=10反、3000坪。約10000㎡ 1反=300坪。約1000㎡

木曜がハーブの出荷日。レストラン時代のつながり、口コミ、SNSなどで、少しずつ顧客が増えてきた
寛子さんがブレンドしたハーブティー3種。北欧風のパッケージはプロのデザイナーに依頼
現在販売しているハーブは十数種。下段左から2番目がイエルバ・ブエナ。義母の恵美子さんがもともと庭先で育てていたものもたくさんある

普段、畑で作業する時は、お義母さんの化繊の花柄のエプロンを愛用。「汚れても目立たないし、汚れが落ちやすいし、乾きやすい。それに畑の中でも目立つところが気に入っています。でも、同世代には受けませんよね(笑)」。イベント時は、デニム地のシャツとジーンズ、黒のエプロンでナチュラルな雰囲気に

のびのびと子育てがしたくて

寛子さんは古河市から程近い埼玉県久喜市の出身。足をのばせば田畑はあったものの、農業に接することなく育ってきた。

大学で専攻した染め織りの世界で、染料としての植物に触れたのが、農的なものに心ひかれる入り口だった。自然素材にこだわったリフォーム会社に就職し、会社主催のワークショップでハーブに出会い、香りや効能、その奥深さにのめり込んだ。仕事をしながら研究家の下でハーブを学んだ後、レストランに転職。ハーブティーブレンダーとして働き始めた。

覚さんに出会ったのは、それから間もなくのこと。料理人として働く中で、「おいしさをつくるのが、料理人の腕だけでなく、食材の持つ力にあることを知った」と、覚さん。実家暮らしの頃は見向きもしなかった畑が宝の山であると気づき、〝農業ができる料理人〞を目指して、母親に野菜づくりを教わりながら働く生活を続けていた。

知り合って間もなく、覚さんに連れられ実家を訪問した時、寛子さんは懐かしいような居心地のよさを覚えたという。庭先の野菜畑やハーブ、イチジクやブドウの木。ハーブに造詣が深い義母の恵美子さんと一緒に畑を見て歩くと、心が弾んだ。

「私が勉強してきたのは主にドライハーブ。生も、鉢植えのものは見たことがあったけど、地植えのハーブは初めてでした。地植えだと、香りや葉の形が違うとか、季節や土によっても香りが変わるなど、見るもの、聞くこと、すべてが新鮮でした」

結婚後しばらくは、2人は半農の生活を続けていたが、次男の結人くんの誕生を機に、専業農家になることを決意。それは、むしろ寛子さんが強く希望したことだという。

「街中での生活が窮屈で、広々したところでのびのび子育てがしたかった。自然の近くで子どもが走り回って遊んでいる姿を見ていたい。自分のためと言ったほうがいいかな」

母屋の前に建つ3棟のビニールハウスのうち、1棟を農園のイベント用に使用。ハウスの中で食事やお茶をいただくことも
義母の恵美子さんは野菜づくり、子育てを助けてくれる頼もしいサポーター。普段の食事もつくってくれるとか
「ピアンタ」は移動タイヤが標準装備で、畑までの移動もラクラク
実際に畑仕事を始めたら、頭で考えていた農業とは全然違った。「アンチ除草剤なんて気軽に言えなくなった」

農園を〝学びの場〞に

ハーブを育て、体験農園を開いて……と、夢を描いて憧れの生活をスタートさせた2人だが、すぐに厳しい現実に直面した。

「相談に行った役所の農政課で、〝この計画だとすぐに立ち行かなくなるよ〞って。確かにその通りで経営的に考えが甘かった」と、覚さん。

事業計画を見直し、米と野菜を主体に作付けしてJAに出荷し、まずは収入を安定させる形に軌道修正した。ただ、経営のことばかり考えていてはモチベーションがあがらない。ライフワークとして、自分たちらしく、たくさんの人を巻き込みながら農業を楽しもうと話し合った。

農業に興味を持つ大学生たちと秋庭農園の古民家を再生する「ニューボーンプロジェクト」はそんな試みの一つ。農園の倉庫に眠っている古道具や廃材を引っ張り出し、農園を彩るおしゃれなグッズに変身させたり、DIYでリフォーム。また、農業が抱える課題について一緒に考え、意見を出し合ったりしているという。

2人は、「秋庭農園を〝学びの場〞にしたい」と話す。

「〝生きている実感がない〞なんて言う若い子がいると聞く。でも、土に触れ、自然の摂理を感じると、生きていること自体が奇跡だなって感じると思うんです。深い意味で言えば、〝愛されている〞ってことを感じてほしい。農業って、そういうことが伝わりやすいと思いませんか?」

地域に根づき、地域のよさを引き出し、外へ発信していくことが、自分たちの役割だと思っていると、寛子さんと覚さん。夫婦二人三脚、農業を丸ごと楽しみながらの人生は、今、始まったばかりだ。

母屋の土間を、大学生たちの力を借りてキッチンに改装。覚さんとつながりのあるシェフたちが農園に集い、畑の野菜を使って即興で料理をつくるイベントなども開催
ビニールハウスの中で元気に育つブドウは、以前、恵美子さんが植えたもの。支柱にイルミネーションライトを飾ってくつろぎの空間に
ハロウィンに合わせて、農園の入り口の古い荷車にカボチャをディスプレイ。「古いものも、磨いたりペンキを塗ると、おしゃれになるんです!」
畑のレシピ
  1. 1.鍋に水1.5ℓ、ブイヨン2個、ローリエ1枚、あればサフラン0.4gを入れて10分おく。
  2. 2.白菜1/2個、れんこん4節、にんじん2本、かぶ3個、大根1/2本を加えて10分煮る。
  3. 3.別鍋でベーコンブロックやソーセージ、エビやハマグリを炒め、パセリかタイム適量、白ワイン50㎖を鍋肌から注ぎ、蓋をして1分煮る。
  4. 4.2に3の煮汁を入れて弱火にし、野菜が煮えたら3の肉や魚介を加えて5分煮る。仕上げにEVオリーブオイルを回し入れる。
  1. 1.鶏モモ肉3枚を一口大、長ねぎ3本を10㎝に切り、ピュアオリーブオイル約100㎖にレモンのスライス2個分、塩(肉の1.2%重量)、ローズマリー2本を加えたマリネ液に漬け、保存袋に入れて少しもみ、冷蔵庫に一晩おく。
  2. 2.鶏肉の皮目と長ねぎは焼いて焼き目をつける。
  3. 3.耐熱皿に長ねぎ、カマンベールチーズ(ピザ用チーズでも可)適量、鶏肉、レモンとローズマリーを順に重ね、180℃のオーブンで10分焼く。