耕す女子たち vol.34

虫が苦手、日焼けも嫌。でも、お世話になった祖父母の役に立ちたくて農の世界に。
農業を持ち前のセンスで、おしゃれに演出する耕す女子を紹介します。

季刊うかたま
http://www.ukatama.net/  
写真=高木あつ子 文=おおいまちこ

小型耕うん機「パンチ F503」でトマト苗を植えるための畑を耕す梨奈さん

今回の耕す女子

埼玉県鳩山町安住梨奈さん(あずまりなさん)
1986年、埼玉県鳩山町生まれ。畑歴9年。阿佐ヶ谷美術専門学校卒。2008年より各地の農園で研修を受け、翌年1月から1年間、埼玉県小川町の有機農場「霧里農場」で研修生となる。2010年1月に農園「tack farm」をオープン。

祖父の畑で農業を

穏やかな春の日の午前9時。眺めのいい畑の片隅に建つ小さな小屋で、安住梨奈さんが、その日に配達予定の野菜セットの仕分け作業に精を出していた。

作業台には、ジャガイモや小松菜などの馴染みのある野菜をはじめ、黒キャベツやスイスチャード、のらぼう菜といった、市場にはあまり出回らないような野菜が並んでいる。

梨奈さんは、それらの野菜を新聞紙で丁寧に包み、配達用のかごに詰めていく。聞けば同じ金額のセットでも、お客さんの好みに合わせて内容を少しずつ変えているという。

「配達に行った時の何気ないおしゃべりから、その人の好みの野菜がわかったりする。今の季節は葉物が中心。好きな人には葉物を多めに入れるけど、芋類が好きな人には、葉物は減らしてお芋を少し多めに入れたり。自分で配達するのは手間だけど、お客さんとつながって、直接声を聞けるのが楽しいです」

埼玉県中部に位置する鳩山町。梨奈さんの農園「tack farm」は、町の西部に広がる農村地帯にある。耕作しているのは母方の祖父の農地。自宅のある町の東側のベッドタウンから、毎日、車で6〜7分の農園に通っている。

計2町*弱ある畑では、農薬、化学肥料を使わず、年間70種類もの野菜やハーブを育てている。畑の一角に山積みにした木の剪定チップを2年間寝かせて堆肥にし、もみ殻と一緒に畑にすき込み、土をつくる。

ちょうど夏野菜の準備をする季節。トマトの苗を植える畑を、小型耕うん機「パンチ F503」で耕した。

「“パンチ”は、家庭菜園はもちろん、農業を仕事にしている私にとってもサイズ的にちょうどいいし、しっかり耕せる。ハウスや小さな畑でも手軽に使えるのがいいですね」

色白で細身の梨奈さんだが、一人でもくもくと土に向かう作業が好きだとか。「休憩するとかえって疲れるので」、お昼ごはんは先に延ばし、一気に畑仕事を片づけてしまうのが、梨奈さん流の働き方だ。

*1町=10反、3000坪。約10000㎡ 1反=300坪。約1000㎡

ハウスで葉物類を収穫。最近は無肥料での栽培に挑戦中。「そのせいか、苦手な虫があまりつかなくなりました!」
自家製の植物性の堆肥を畑に入れる。米づくりは夏野菜の作業との両立が難しく現在お休み中
配達用の野菜を調製して仕分ける。お客さんは現在、宅配を含め50軒ほど。平日は毎日配達に出る。「9割くらいの方の顔はわかります」

「日焼けはしたくないので、肌は絶対に出しません」という梨奈さん。帽子と手袋は紫外線100%カットの素材。「この手袋は手首まで隠れるくらい長めのところが気に入っています」。長靴は「AIGLE」のラバーブーツを愛用。「高価ですけど、丈夫なので毎日履いても丸2年は持ちます」。普段の作業はiPodを聞きながら。テンションの上がるMINMIさんの曲がお気に入り

祖父母の役に立ちたくて

梨奈さんが「農家になろう」と思い始めたのは、美術系の専門学校に通っていた頃のこと。イラストレーションを学び、絵を描く仕事に就きたいと考えたこともあるが、そのいっぽうで、「大切な祖父母のそばにいて、何か手伝いたい」という思いがあったという。

「両親が共働きだったこともあり、小学生の時は、祖父母の家から越境通学していました。畑や田んぼに一緒に行ったり、時には叱られたりと、孫というより、本当の子どものように育ててもらったんです」

86歳の祖父・太造さんの畑は養蚕が衰退して以降、麦を栽培していたが、連作障害もあり久しく休耕畑となっていた。自分がその農地で農業をすることはできないか。力を試すため、専門学校2年生の夏休みに地方の農家で働いた。

卒業後は、農業生産法人で働いたり、各地の農園で研修。2009年1月から1年間は、埼玉県小川町にある有機農業の草分け「霧里農場」の研修生となり、毎日、自宅から通った。畑仕事の一年の流れ、循環型農業のこと、消費者と提携して野菜を販売する仕組みなどを学びながら、自分の目指す農業を模索した。

「研修期間が終わる少し前から、農園の準備を始めました。畑の区画を考え、堆肥を一輪車で運んで…。作業小屋は、大工仕事のできるおじいちゃんと一緒に建てました」

農園の名は「すべてのことに感謝」という気持ちを込め、スウェーデン語で「ありがとう」を意味する言葉を用いて「tack farm」に。見守ってくれていた母親がお客さんを開拓してくれて、細々ながらも農家として出発した。

耕うん機でトマト用のうね立て作業。アタッチメントの培土器(別売)があれば、きれいなうねがあっという間に
移動タイヤ(別売)を取り付ければ、畑までの道のりや、畑での移動もラクラク
カフェの調理担当、恩田千里さん(左)と。この日の限定ランチ(880円)は、ミネストローネのほか、紫芋、水菜、カブなどを使ったサラダや和えものがプレートいっぱいに盛られた
/全国展開している雑貨店「HUMPTYDUMPTY」鶴ヶ島若葉店のマルシェで。月来てくれる常連さんも増え、配達のお客さんになることも
梨奈さんお手製のタグ。袋に入れたまま野菜をキッチンに飾っておきたくなるかわいらしさ

販売はカフェやセレクトショップのマルシェで

就農して2年目、町の広報に新規就農者として紹介された。その記事を見た幼馴染みから連絡があり、彼女が勤める雑貨店のカフェで、「マルシェを開いてみない?」と持ち掛けてくれた。当初は不定期だったが、今は月1回の開催に。当日、カフェでは農園の野菜をたっぷり使った限定ランチも提供されるようになった。

「兄の紹介で川越のセレクトショップのマルシェでも販売しています。営業は一度、レストランに断られたきりしていないんですが、人とのつながりや口コミで、少しずつお客さんが増えてきました」

普段から朝は早いが、マルシェ当日は朝3~4時から準備を始めるそう。収穫した野菜を入れた袋の口を麻紐で丁寧に縛り、野菜の特徴や調理法を記した手作りのタグをつける。タグには、梨奈さんが描いた野菜をモチーフにしたゆるキャラが! ビニールテープで口を留めればラクなのに…。だが、これぞ梨奈さんがデザインする農園の形なのだ。

「農業の魅力は、自分で考えて自分の力でできるところです。何を作付けして、どう売るか。もちろん自然の力には逆らえないから思うようにいかないこともあるけれど。お客さんに“おいしかった”って言ってもらえた時は、本当にうれしい」

農園近くの祖父母の家には、日に1度は顔を出す。一緒にお茶を飲んだり、時には家事を手伝ったり。「祖父母の役に立ちたくて始めたのに、逆に畑を手伝ってもらうこともあって申し訳なくて…」と、梨奈さん。だが、太造さんは、「草取りくらいはやってやるって言ってるんですよ」と、嬉しそう。梨奈さんの頑張りが元気の源になっているようだ。

家族や友人、支えてくれているすべての人、作物を育む自然環境、あらゆる物事への感謝の気持ちを胸に、梨奈さんは今日も畑を耕す。

祖父母宅の倉庫にある貯蔵用の“室”で。祖父の太造さんは86歳の今も1町6反の田んぼで米を栽培中
芋類は新聞紙で折った袋に入れている。忙しいことを知ったお客さんが袋を差し入れてくれることもある
畑のレシピ
  1. 1.菊芋450gは、土をよく洗い落とし、皮をむかずにそのままひと口大に切る。
  2. 2.昆布(約30㎝のもの1枚)は、細切りにする。
  3. 3.炊飯器に研いだ米3合と通常の分量の水を入れ、1と2、塩小さじ1、酒少々を入れて炊く。
  4. ※皮をむくと、芋がやわらかいためとろけてしまう。

  1. 1.紫芋600gは皮をむいて水にさらした後、ひたひたの水でゆでる。紫芋がやわらかくなったら取り出し、熱いうちに裏ごしする。
  2. 2.鍋に水200㎖と粉寒天2gを入れて火にかけ、かき混ぜながら溶かし、約1分半沸騰させる。砂糖80〜100gを加え、よく溶かす。
  3. 3.2を1に少しずつ混ぜ、塩をひとつまみ加え混ぜて型に流し、冷蔵庫で冷やしかためる。