耕す女子たち vol.32

夫が選んだ仕事は思いもよらぬ農の道。
南アルプスの懐で畑仕事をゼロから学び、家族の食を支える耕す女子を訪ねました。

季刊うかたま
http://www.ukatama.net/  
写真=高木あつ子 文=おおいまちこ

ミニ耕うん機「こまめ」で畑を耕す見和さん。長女の唄央ちゃんが、機械での耕うん作業に初挑戦のママを応援

今回の耕す女子

山梨県北杜市宇佐美 見和さん(うさみみわさん)
1982年東京生まれ。畑歴は1年8カ月。武蔵野美術大学卒業後、デパート勤務を経て2007年、学生時代から交際していた達也さんと結婚。2013年2月に山梨県北杜市へ移住し、農家になる。夫と1男2女の5人暮らし。

都会から移住して始めた農業

本当にこの先に畑があるのだろうか…。国道から脇道に入り、細い砂利道を少し心細い気持ちで上っていくと、雑木が生い茂る山の麓に小さな畑が見えてきた。なだらかな斜面に切り拓かれた段々畑は、手入れが行き届いて美しく、幾種類もの野菜やハーブがすくすくと育っている。

オーバーオールにお団子ヘア姿で出迎えてくれたのは、宇佐美見和さんだ。4年ほど前に東京から家族そろって山梨県北杜市に移住。その後、夫・達也さんの2年間の農業研修を経て2015年、南アルプスの山々が見渡せるこの場所で「うさみファーム」をオープンした。元々は田んぼだった耕作放棄地をコツコツと開墾して整地した畑は、現在おそよ3反*。今なお開墾を続行中だという。

生まれも育ちも東京で、農業とは縁なく生きてきた見和さんだが、今は3人の子育ての合間に、達也さんに教わりながら、農作業に精を出す。

「種まきや定植、草取り、種採り、出荷の作業が私の主な役割です。種まきってドキドキしますよね。小さな種から芽が出てきた時は、“ありがとう!”って気持ちになる」

そんな見和さんが、この日は、農業機械に初挑戦。ミニ耕うん機「こまめ」を使い、ジャガイモを掘り上げたあとの畝(うね)を耕した。最初のひと畝こそ緊張の面持ちだったが、すぐに慣れてきた様子で笑顔で話す。

「すごく軽くて、農業機械を使ったことがない私でも、あっという間に使いこなせた! やっぱり機械は仕事が早いですね〜。“こまめ”は見た目もとってもかわいいです」

泥遊びしていた長女の唄央(うたお)ちゃん、次女の木菊(きく)ちゃんがやって来て一緒にお茶タイム。真正面に雄大な南アルプスの鳳凰三山を仰ぎ見ながら、手づくりの小松菜クッキーとしそ茶をいただく。なんとも心地よい時間が流れていく。

*1反=約1000㎡,300坪

娘2人と一緒にタマネギ苗の草取り。「畑に来ると、大地のパワーで元気になれます」
畑好きの長男・太逞くんが種採り用のズッキーニの収穫のお手伝い 
農園で採れたゴボウの種。種採りは見和さんの大切な仕事

いつもお団子ヘアにしているので、帽子のてっぺんに十字に切り込みを入れ、お団子部分を外に出せるようにアレンジ。オーバーオールの胸にかけているのは、「近正」というメーカーの園芸ばさみ。「夫からのプレゼントです。赤いケースがかわいいでしょ?」

耕作放棄地をわざわざ開墾

非農家出身の2人が、農業を生業にすることになったのは、達也さんの農業への熱い思いから。「食べるものをつくる仕事はすばらしい」と、常々思っていた達也さん。建設業界で働いていたが、子どもを授かった頃から、「自分で一から築いて、こだわって農業をしている姿を子どもに見せたい」という気持ちが高まり、農家への転職を決めたという。

「不安がなかったと言ったらウソになりますが、彼がやると決めたんだから、大丈夫だろうって。あ、言っておきますけど、三歩下がってついていく、とか、そういうことじゃありませんよ(笑)。私は、自分がこうしたいというより、彼のやりたいことの中で自分の道を探るほうが心地いいタイプなんです」

自然の豊かなところで暮らしてみたいという憧れもあり、見和さんは素直に快諾した。

移住先は、よく旅行に来て馴染みのあった山梨県に決めた。県の新規就農相談会で研修先などを斡旋してもらい、2013年2月に新天地に移り研修生活がスタート。その農場が縁で出会った人が、長年、耕作放棄されていた農地を紹介してくれた。雑木や笹竹が密集しており、現地を見た役場の人に、「ここで農業するのは無理」と忠告されたが、堆積した落ち葉や日照条件などから、「肥沃な土壌に違いない」と確信した達也さん。見和さんも環境が気に入り、移住から2年後、農場のオープンに向け、開墾の日々が始まった。

開墾予定の畑の笹竹を達也さんが刈払機で退治。初夏に一度刈った場所で、冬に根っこをユンボで掘り返し、整地してやっと畑に
新しい「こまめ」は、移動用タイヤ(別売)がサッと取り付けられ、手押しで運べる
「こちらに来てから、周りの人たちに本当によくしてもらっています。農業に真摯に取り組むことで恩返しがしたい」と、見和さんと達也さん

家族の暮らしを大切にしたい

整地して畑になった場所から順に、野菜づくりを始めた。開墾する中で、笹竹の葉の勢いや根の力強さから、植物に本来備わる生命力や自然の循環から生まれる力を感じた2人は、無肥料・無農薬での自然栽培による野菜づくりを選んだ。野菜としっかり向き合い、次世代につなぐ農業をしていきたいとの思いから、品種は自家採種できる固定種*の野菜に絞っている。

野菜の販売は宅配がメインだ。ホームページを作成し、ハガキで知り合いに案内を送り、販路を少しずつ拡げていった。

見和さんの1日は、朝5時に起き、畑の野菜をたっぷり使った達也さんのお弁当づくりと家族の朝食づくりから始まる。長男の太逞(たたく)くんを学校に送り出し、下の2人を保育園に送ってから、車で15分の畑へ。畑仕事や出荷作業をすませたら、家で事務仕事をすることも。土日は家族みんなで畑に行き、今では小学1年生の太逞くんが、かなりの“戦力”になってくれている。

農業を始めるにあたり、達也さんと話し合って決めたことがある。それは、「まずは自分たち家族の暮らしを大事にしよう」ということ。

「“食べること”を仕事にするのに、自分たちの食生活がおざなりでは説得力がないよねって。だから、本当はもっと私も畑に関わりたいけれど、今はまだ子どもが小さいので畑仕事は無理のない程度にしています」

東京にいた頃、見和さんは農家の生活はもっとのんびりしたものだと思っていたという。けれど、現実は思いのほか忙しい。

「でも、心にゆとりがないわけではないんです。ふと目に入る山々の風景は本当にきれいで心がやすらぐし、大自然から日々パワーももらえる。農業を始めてつくづく思うのは、自然の力には逆らえないということ。人の力ではどうにもならないことがある。子育ても、以前より大らかな気持ちでできるようになりました」

将来的には農産加工などにも取り組みたいと、時間を見つけて野草の効能などについて勉強しているという見和さん。「もっと自分を解放して、いつかどーんとした肝っ玉かあちゃんみたいになれたらいいな」。新米農家として、そんな自分の未来の姿を思い描いている。

*固定種=何世代にもかけて選抜を繰り返し、固定された性質が受け継がれている品種。とれた土地の気候や風土に適応した性質を持ち、各地の地方野菜や伝統野菜なども固定種。在来種ともいう。

畑の脇にゴザを敷いて休憩。お茶好きの達也さんのために、ハーブなどを乾燥させてお茶をつくっている
小松菜入りのクッキーとしそ茶。どちらも見和さんのお手製
この日の達也さんのお弁当。牛肉のしぐれ煮他、アレンジをきかせた野菜のおかずがぎっしり
ベジタリアンで料理が大好きな見和さん。日々の達也さんのお弁当や料理の写真をインスタグラムに投稿
ハーブ酢。いろんな種類のハーブを酢に浸けこみ冷蔵庫に保存。料理によって使い分けている
畑のレシピ
  1. 1.伊勢ピーマン(小さめの普通のピーマンでもOK)7〜8個に包丁で数カ所、穴を開ける。
  2. 2.フライパンにごま油大さじ1を熱し、1を丸ごと炒める。
  3. 3.2に焦げ目がついたら、塩小さじ1/2ほどで味付けしてできあがり。
  4. *甘唐辛子系のピーマンで固定種。

  1. 1.ナス3本は所々皮をむいて乱切りに、ショウガとニンニク各1かけはみじん切りにする。
  2. 2.オリーブ油大さじ1〜2で1のショウガとニンニクを炒める。香りが出たらナスを加えて、しんなりするまで炒める。
  3. 3.オリーブ油大さじ2、レモン汁大さじ1、塩、こしょうを混ぜた液に、2を熱いうちに漬ける。
  4. 4.パクチーを好みの量だけ加える。
  5. ◎食べるときに醤油をかけてもおいしい。