耕す女子たち vol.3

食べものを育てる農家の仕事は尊い。中高生の頃からの思いを胸に、農業の世界に飛び込んだ今回の耕す女子。
農園のキャッチコピーは食べることは生きること。

季刊うかたま
http://www.ukatama.net/  
写真=高木あつ子 文=おおいまちこ

雑草を抑えるため、ガスパワーミニ耕うん機「ピアンタ」でナスの畝間を耕している幸子さん(左)。
今日は親戚の栄森文枝さんと一緒に野良仕事

今回の耕す女子

千葉県東庄町中野幸子さん(なかのさちこさん)
1975年生まれ、神奈川県育ち。畑歴は10年。環境問題への関心から、明治大学農学部卒業後、できるだけ地球環境に負荷をかけないですむ有機農業の道に進む。2年間有機農家で研修したのち、単身就農。農園の名は「地遊(じゆう)農園」。

農薬はいっさい使わない

畑の脇に止まった軽トラから、笑顔のすてきな野良着姿の女性があらわれた。

「昨日が出荷日だったんで、今日はちょうど野菜がなくて……」

そう言いながら、農作業用の日よけ帽のヒモを首元できゅっとしばり、さっそうと畑へと繰り出していく。

中野幸子さんは、ここ「地遊農園」の園主だ。農業とは縁のないサラリーマンの家庭に育ったが、大学卒業後、有機農家に2年間住み込みで研修したのち就農。以来、ひとりで畑を切り盛りしながら、野菜のセット販売などを行なっている。

今や農業機械の扱いも手馴れたもので、この日も、ガスパワーミニ耕うん機「ピアンタ」を自在に操り、ナスの畝間(うねま)などをスイスイと耕した。

「小さいけれど働きがいい。軽くて使いやすいし、エンジンも丈夫ですね」

目の前に広がる畑には、ナスの他にも、トウモロコシ、カボチャ、ズッキーニなどの野菜が太陽の光を浴びてすくすくと育っている。幸子さんは、これらの野菜を、農薬をいっさい使わずに栽培しているという。

「この時期の雑草の勢いはすごい」と、まじめな顔で話すいっぽう、「夜ふかしで、朝早く起きられない」と、ちっとも農家らしくない発言も
畑を一部返却したため、養鶏は今、お休み中。大部分は知り合いに譲ったが、残った鶏を世話している
野菜は少量多品目で栽培。毎回7〜10種類の旬の野菜をセットにしてお客さんの元に届けている

病害虫は、木酢液をかけたり、コンパニオンプランツ(**)を植えて防いでいる。ナスの株間に植えてあるバジルも、虫を寄せ付けないためのコンパニオンプランツだそうだ。

「それでも虫が出る時は出る。手で取りきれないほど出てしまったら、あきらめます。虫食いの野菜は自分でも食べるけど、ひどいものは鶏にあげちゃう。これで農業だけで食べているなら格好いいんですけどねぇ」と、幸子さんは明るく笑う。

**一緒に植えると互いによい影響を与え合う植物の組み合わせのこと。生育を助ける、病気や害虫を寄せ付けないなどの効果があるとされる。

燃料が家庭用カセットガス(*)なので、保管や取り扱いがとてもラク。装着・交換も簡単
 

*指定カセットボンベは東邦金属工業株式会社製。

キャリーボックスと、移動用車輪一体型のキャリースタンドが標準装備。移動がスムーズで、保管場所も汚れない

「男性っぽい格好が好き」と、幸子さん。ユニクロの男性用ワークパンツのSサイズを愛用しており、セールのたびに購入。地下足袋も女性はあまり履かない丈の長いものがお気に入り。日よけ帽は、「花柄の布がまったく趣味じゃない」が、畑ではかかせないアイテムだとか

食べることは生きること

「人は食べなきゃ生きていけない」

幸子さんは、中高生の頃からこんなふうに考えていたそうだ。

「もちろん食べることは好きですよ。でも、たとえ好きでも嫌いでも、食べなければ死んでしまう。どういう状況下でも人は食べる。それが生きることじゃないですか。根本的にいるかいらないかっていったら、絶対に必要。その食べものを確保するために作物を育てるのが農家の仕事です。この、絶対的でシンプルなところがいいんです」

高校2年になって具体的に進路を選ぶ際、「将来は畑をやろう」と心に決めた。ただ、本人いわく「元来なまけもので、体を動かすのが大嫌い」。仕事としてやっていけるか自信がなかった。だから、「つぶしがきくよう大学には行った」という。

大学卒業後は、雑誌で知った千葉県佐倉市の林農園に研修に行った。

「不安はあったけど、実際やってみるとすごく楽しかった。それまで風景でしかなかったところに身をおいて、仕事の合間に果樹を摘んで食べたり、野菜の花を見たり……。配達すると、こっちが買ってもらう立場なのに、お客さんが“ありがとう”って言ってくれる。大変だけどやりがいのある仕事だと思いました」

町内で有機農業をしている仲間と家でワイワイやることも。正面奥に座っているのが研修でお世話になった鎌形農園の園主・鎌形正樹さん
「自分の城を持つと、やっぱり安心感がある」と、幸子さん。右奥は倉庫になっている

人とのつながりが宝物に

林農園で有機無農薬による野菜の栽培と平飼い養鶏を1年学び、さらにもう1年、稲作も学ぶために、東庄町の有機農家・鎌形農園の鎌形正樹さんの元で研修した。その鎌形さんとのご縁で、研修後は、同町で就農することになった。

鎌形さんに、畑の地主さんや野菜のお客さんを紹介してもらったり、飛び込みで個人宅を訪問、レストラン、結婚式場などにも電話し、「欲しい野菜はありませんか?」などと営業して販路を開拓した。

昨年まで、畑を6反と鶏を100羽ほど飼っていたが、地主さんの都合で畑を一部返却。今は3反の畑で野菜を育て、週に20軒ほど、おもに隣接する銚子市のお客さんの元にセット野菜を届けている。昼間は農作業、夕方以降は週に2日は配達、他にも家庭教師のアルバイトをしており、生活はハードだ。

2年ほど前、車の事故でケガをしたことをきっかけに、親に借金をして小さな家を買った。

「その日暮らしの生活で、これでもっと大きなケガをして働けなくなったら私はどうなるんだろうと不安になったんです。とにかく寝るところを確保したかった。母は、これでますます嫁にいけなくなると泣いていましたけど(笑)。もちろん、結婚する気はあります! 目下、ブームに乗って婚活中で、農業コンパ、略して“農コン”をよく企画して開いているんですよ」

いざとなったら売ってしまえばいい。家を構える時はそんな気持ちもあったが、この町で就農して丸9年。ともに有機農業を志す仲間、野菜のお客さん、地元の人達……この町で築いてきた人とのつながりは、今や大切な宝物であり、地域にしっかり根づき始めた自分を感じている。

以前は神奈川県に住んでいた親も、今は佐倉市におり、近くの香取市には、いとこの奥さんで、陶芸家の栄森文枝さんが引っ越してきた。同い年で、作品づくりの合間に畑仕事を手伝いに来てくれることもあり、心強いという。

「食べることは生きること」

10代の頃からのこの思いは、今もまったく変わらない。命の源を育む農業という仕事に誇りを持って、幸子さんは明日も畑に向かう。

愛犬の雪(左)と花(右)。吠えていたのに幸子さんの軽トラの音を聞いたら静かになった。軽トラは野菜の配達、おしゃれなレストランに行くにも使う
玄関チャイムにちょうどいいと思ってつけたが、「お寺の鐘みたいな音がして大失敗」
「料理は苦手」と、何度も言っていたが、味つけのセンスはなかなかのもの
畑のレシピ
  1. 1.白身魚のすり身を用意する。
  2. 2.さやいんげん、にんじんを細かく刻む。葉しょうが(他の野菜よりも少なめに)はみじん切りにする。根しょうがを使う場合はすりおろす。
  3. 3.すり身に2の野菜を混ぜ合わせ、適当な大きさにまとめる。
  4. 4.低温のナタネ油で、じっくり揚げる。
  1. 1.水ナスは包丁でヘタを落とし、手で縦に等分にさいて、すぐに塩水につける。
  2. 2.玉ねぎ、にんじんを薄くスライスして塩もみする。青じそはせん切りにする。
  3. 3.ナタネ油と黒酢を、味をみながら好みで合わせ(ここでは同量程度)、塩、こしょうを加える。
  4. 4.3に水をきった1と2を加えて混ぜ、冷蔵庫で味がなじむまで数時間冷やす。