耕す女子たち vol.29

20代半ばで祖父の養子に入り人生は思わぬ展開に。
農業という未知の世界の住人となり手をかけ、目をかけ野菜を育てる耕す女子を訪ねました。

季刊うかたま
http://www.ukatama.net/  
写真=高木あつ子 文=おおいまちこ

春野菜の植え付けをする畑を、家庭用カセットボンベ**が燃料の耕うん機「サ・ラ・ダ CG」で耕す育美さん

今回の耕す女子

埼玉県久喜市圡橋育美さん(どばしいくみさん)
1979年、埼玉県飯能市生まれ。畑歴3年。大学卒業後、会社員や派遣社員、アルバイトとして働いた。2013年に埼玉県農業大学校に入学。2014年4月に就農。目下、イヌのクロ(13歳)、ネコのおかず(5カ月)と同居中。

祖父の跡を継いで農家に

広々としたビニールハウスの中に、冬の優しい陽光が降り注いでいる。ハウスの奥までまっすぐ伸びた何列もの畝(うね)。保温のために被せてある不織布をめくったら、レタスがびっしりと植わっていた。葉が生き生きとしていて、とってもおいしそうだ。

このレタスを栽培しているのは、今年4月で就農丸2年になる圡橋育美さんだ。祖父の跡を継ぎ、会社勤めから一転、農業大学校で野菜づくりを学び農家になった。今は一人で露地、ハウス合計3.5反*の畑で、冬場はレタスやタマネギ、夏はトマトをメインに栽培。大手スーパーの直売コーナーなどに出荷している。

農閑期の冬場は、畑の見回りから一日の仕事が始まるという。自宅周辺に点在する畑に出向き、野菜の様子に目を配りながら畝間(うねま)を歩く。

「野菜って、日々、少しずつ成長してる。だから毎日、様子が違うんです。そんなちょっとした変化に気づけた時がうれしい」と、育美さん。目をかけ、手をかければ、「本当によく育ってくれる」と、少し照れたような笑顔で話す。

出荷は、基本的にはほぼ毎日。午後一番でスーパーに持っていくために、午前のうちに収穫、袋詰めなどをすませてしまう。出荷から戻ると、たいていお昼ごはんは食べずに、そのまま畑仕事に突入するのだとか。

好天が続いて耕うん日和のこの日は、春野菜の植え付け準備のために、自宅近くの畑の一部を耕すことに。ガスパワー耕うん機「サ・ラ・ダ CG」にカセットボンベをカチャリとセットし、エンジンをかけた。

「“サ・ラ・ダ”は軽量だけど安定感があるし、よく耕せる。ガスボンベも簡単にセットできるから、機械が苦手な人も気軽に使えていい」

新米農家とは思えないほど手際のいい仕事ぶりだ。

*1反=約1000㎡、300坪。

**ガスボンベはメーカー指定の東邦金属工業㈱製。

夏場の主力「甘姫」という中玉トマト。一部を家庭菜園用に残しておいたら、もさもさになってしまった!

作業着は、動きやすいニッカボッカがお気に入り。黒、紺、グレーの3色を毎日、着回している。帽子は「自分にはしっくりこないし、跡がつくのがイヤなので」かぶらない主義。日焼け対策にクリームを塗っているが、「仕事柄、焼けてしまうのは覚悟の上です」とか

就農を目指して農業大学校へ

育美さんが稲作農家だった母方の祖父の養子に入ったのは、今から10年ほど前のこと。育美さんは3人姉妹の長女。祖父には跡取りがなく、戸惑いもあったが、家族会議の末「私が適任だろう」と圡橋家に入った。

とはいえ、「農家になるなんて思ってもいなかった」と育美さんは言う。通勤の便宜上、そのまま埼玉県飯能市の実家で暮らし、5年ほど前に久喜市の祖父宅に移り同居を始めてからも、短期の派遣社員として会社勤めを続けていた。

転機は、祖父が亡くなった、育美さん33歳の時。残された農地を草だらけにしたくない。どう活用したらいいかと市役所の農政課へ相談に通う中、ふと、ブルーベリーの観光農園にしたらどうかと思いついた。

「果樹ならそんなに手がかからないかもという安易な考えです(笑)。もともとおいしいものをつくって人に食べてもらうのが好きなので、カフェも併設しよう!……なんて」

市役所からは、まずは農業大学校で学ぶことを勧められた。仲間もできるし、つても広がる。会社勤めに区切りをつけ、2013年の春から1年間、埼玉県農業大学校に通うことにした。果樹の専攻がなかったので野菜全般を学び、夏の間は県内のブルーベリー農園で研修した。

そのかたわら、卒業後すぐに就農するつもりで、個人的に野菜づくりも始めた。タマネギの種をまいて苗を育てるも、ひょろひょろにしか育たない。そんなよもやま話をブログに書き綴ると、いろんな人が書き込みをしてくれた。「余っている苗をあげるよ」なんて人もあらわれ、その時に植えたタマネギが、就農して初めて出荷した作物になった。

学校でも、毎日野菜が育っていく姿を見るのが楽しくなった。志を同じくする仲間もでき、次第に農業がおもしろくなっていったという。

900㎡あるビニールハウスでは、冬はレタス、春菊を栽培。田んぼだった農地に里芋を植えてみたり、適した野菜を目下、模索中
「サ・ラ・ダ CG」は、デフロックレバーを「直進」から「旋回」に切り替えれば、方向転換もスムーズ
スーパーでは、顔写真入りで野菜が並ぶ。納得のいかない出来の野菜は絶対に出荷しない

出会いの輪が広がって

在学中、地元の農業委員会*から声がかかった。そこで出会ったのが、今、レタスやトマトを栽培しているビニールハウスの地主さんだ。事情があってわずか2年しか使っていないハウスを「使わないか」と持ちかけてくれたのだ。

一方、肝心のブルーベリーは、祖父の田んぼの水はけ等を1年かけて見ていた結果、ブルーベリー畑への転換は難しいと判断し、断念。田んぼは近所の農家に作業をお願いすることに決め、育美さんは卒業後、近くの種苗店でアルバイトをしながら、ビニールハウスと借りた畑で野菜づくりをする半農生活を始めた。

そのバイト先の種苗店で、塩崎恵治さんと知りあった。塩崎さんは、店の母体である種苗会社の営業部長。育美さんが一人で農業を始めたと知り、よき相談相手になってくれた。

「ハウスにも足を運んでくれて、“ここならトマトをやるといい”と背中を押してくれた。今も何かあると、すぐに電話をして聞いています」

出荷先に困っていた育美さんに、大手スーパーのバイヤーを紹介してくれたのも塩崎さんだ。出荷している農家同士のつながりから輪が広がり、新たな出荷先も見つかった。

もともと負けず嫌いな性格だという育美さん。野菜がうまく育たないと、何が原因なのか、次はもっと上手につくりたいと、俄然、やる気が湧いてくるという。真冬の屋外の作業も、仕事だと思えばなんのその。運命の流れに乗って始めた農業だけれど、なかなかどうして、性分には合っているようだ。

何より心の支えになっているのは「農業を通じて知り合ったたくさんの仲間」だ。知識や技術を深めるために畑を見せてもらいに行ったり、逆に作業の手伝いに来てくれることもあるそうだ。今後はもっと栽培の腕を磨き、アイデアを練り、「売り上げアップにつなげたい」と、育美さん。大地を踏みしめ、こうして生きている「今」に、幸せを感じている。

*農業委員会=法律に基づき市町村に設置されている行政委員会。農地の権利移動(売買・貸借等)の許認可、農地転用の業 務、農地に関する資金や税制、農業者年金などにかかわる業務等を行なう。

接客は大好き。商売とはまったく関係ない話で盛り上がることも
農業大学校で知り合った先輩農家の飯野夫妻のお手伝いで、月に1度、埼玉県庁そばで開かれる「県庁朝市」へ
種子の開発などを手がける野原種苗㈱の塩崎さんは、実践的な技術を惜しみなく教えてくれるよき相談相手
「爪ぐらいはきれいにしておきたい」と、育美さん。3週間に1度のネイルサロン通いは欠かさない
いかにしてお客さんに自分の野菜を手にとってもらうかを考えながら、ポップなどをつくる作業も好き
畑のレシピ
  1. 1.春菊は洗ってしっかり水を切り、食べやすい大きさにカットする。
  2. 2.春菊1把に対してゴマ油大さじ1を回しかけ、塩・こしょうを適量ふって混ぜる。
  3. 3.刻んだクルミ(他のナッツでも可)をトッピングして出来上がり。
  4. ◎生食向きのサラダ春菊がおすすめ。普通の春菊ならやわらかい部分を使う

  1. 1.タマネギは皮をむき、上下を切り落とす。下は芯を残し、平らにする。
  2. 2.縦6等分になるよう包丁で切れ目を入れる。芯のほうは1㎝ほど切らずに残しておく。
  3. 3.麺つゆを適量回しかけ、ふんわりとラップをし、電子レンジ(600W)に5〜6分かける。
  4. 4.とろけるチーズをのせ、レンジに1分かける。
  5. ◎好みで黒コショウやタバスコ、かつお節をふる。