耕す女子たち vol.26

景気に左右されずに女性が一生続けられる仕事ってなんだろう?
その答えを探して祖父から受け継いだ畑で自ら仕事をつくろうと奮闘する耕す女子。夢は、ハーブ中心の観光農園と加工施設をつくること。

季刊うかたま
http://www.ukatama.net/  
写真=高木あつ子 文=おおいまちこ

夏に向けてハーブや野菜を育てる畑をガスパワー耕うん機「ピアンタ」で耕す香菜さん(右)。今日は幼なじみの小原裕美さんがお手伝い

今回の耕す女子

埼玉県幸手市添田香菜さん(そえだかなさん)
1985年、埼玉県春日部市出身。畑歴8年。大東文化大学卒業後、不動産会社に1年7カ月勤務。その後、人材派遣やアルバイトで試食販売、大学の事務などの職を経て、2014年2月、香菜田農園オープン。15年4月から埼玉県農業大学校で有機農業を勉強中。

“趣味”から“一生の仕事”に

「この辺に植わっているのがオレガノで、こっちがレモングラス、それはチャービルっていう、アニスに似た香りのするハーブで……あ、その葉っぱですか? それは、ハーブじゃなくて、結球しなかったハクサイです(笑)」

春を迎え、枯れ葉の間から新芽が顔を出し始めた畑を歩きながら、添田香菜さんは、自分が育てているハーブを一つひとつ紹介してくれた。剪定ばさみを片手に、時折、しゃがみこんでは枯れ葉を刈り込み、株元に日が当たるように手を入れている。

香菜さんは2年ほど前、母方の祖父が亡くなったのを機に、畑の一部を受け継ぎ、それまで趣味としていた農業を「一生の仕事にしよう」と、その第一歩を踏み出した。

8畝*ほどの畑でハーブと少しの野菜を無農薬で育て、いずれはハーブを中心とした観光農園と加工施設を開設することを目標に、ドライハーブなどの加工、販売もスタート。が、思うところあって仕切り直し。この春から、熊谷市にある埼玉県農業大学校で有機農業を学んでいる。

平日は大学校の寮で暮らし、週末、家に戻ってきて、車で25分の畑へ通う。ときには母親や友達が手伝いに来てくれることもあるそうで、この日は幼稚園からの幼なじみである小原裕美さんが助っ人にやって来た。裕美さんにハーブの刈り込みをまかせ、香菜さんは、卓上コンロ用のカセットガス**で動くミニ耕うん機「ピアンタ」のエンジンをかける。

「『ピアンタ』は軽くて小回りが利くから、小さな畑があちこちにある私にはぴったり。でも畑が広くても、このサイズの耕うん機があったら便利なんじゃないかな」

野菜やハーブの植わった小さな畑をすいすいと耕していく。

*1畝=約100平方メートル、30坪。

**カセットガスはメーカー指定の東邦金属工業㈱製。

「ハーブ(香)を中心に、野菜を育て(菜)、いつか稲作(田)にも挑戦したい」という思いから香菜田(かなた)農園と名づけた。まさに自分の名前そのもの
いま栽培しているハーブは20種類ほど。野菜も加工品に使いやすい玉ねぎやニンニクなどを主に栽培
作業の合間にキンカン摘み。畑には祖父が植えたユズやモモ、ビワや月桂樹も。タケノコや山菜まで採れる
「サ・ラ・ダ CG」は初めての人でもレバーを握るだけで真っ直ぐ耕せる自走式のガスパワー耕うん機。フロント車輪を上下させるだけで耕深の調節が可能

春から秋にかけてのお気に入りの野良着は、レギンス+ハーフパンツ。「動きやすいし、長靴の着脱もラク。汚れたら、レギンスだけ取り替えればいいし、そのままの格好で街中に買い物に行けるので便利ですよ」。夏場に室内で加工の仕事をする時は、レギンスを脱いで、ハーフパンツ姿で作業するそう

女性が一生続けられる仕事って?

小さな頃から、農家だった祖父の元を訪れては、田んぼや畑で野良仕事を楽しんでいたという香菜さん。高校で野菜づくりの授業を1年履修したこともあるが、農業を“仕事”として考えたことはなく、2007年に大学を卒業し、東京の不動産会社に就職。ごく普通のOLとして働いた。

だが、リーマン・ショックの影響で、わずか1年7カ月で退職を余儀なくされてしまう。この体験から香菜さんは、「景気に大きく左右されない仕事って何だろう」「女性が一生涯続けられる仕事はあるだろうか」と、これからの人生や仕事について深く考えるようになったという。

退職後、試食販売のアルバイトや事務の仕事のかたわら、祖父の畑に通う日々。いつしか食べることに関わる仕事がしたいと思うようになていた香菜さんの頭に浮かんだのが、「農業を生業とする」ことだった。

「女性一人では難しいと周囲には言われますが、本当にそうなのかなって。ハーブなら軽いから年を重ねても続けられるんじゃないかとか、あれこれ考え、まずはハーブを育て、知ることから始めました」

2011年の東日本大震災を機に「自分のやりたいことをやろうという思いがますます深まった」と、香菜さん。それまでは、親に反対されると、すぐにくじけてしまうようなところがあったが、そんな自分を払拭する気持ちもあったそうだ。

その後は、新規就農や農業に関わる仕事をしたい人向けのイベントに足を運んで情報を集めるなど、積極的に動き出した。あるイベントで講演していた若い農家を訪ね、自分の描いた構想を聞いてもらうと、「“それじゃ失敗するよ”と、ズバリ言われてしまいました。私のやりたいことがあまりに散漫だったんです。もう一度計画を練り直すようアドバイスを受け、ハーブをやるならドライに加工しては? との提案もいただいた。考えを固めるために、事業計画書なども書いてみました」。

ハーブ類の乾燥は家庭用の機械2台で。8〜24時間かけて乾燥した後、ミルサーにかける
試食販売の仕事の経験が、イベントなどに出店するようになった今、生かされているとのこと

心を新たに再出発

ところが、農家へ研修に行こうと考えていた矢先の13年1月、祖父が他界。続いて3月には祖父と同居していた伯父さんも亡くなり、突如、畑を継ぐ人がいなくなってしまった。焦った香菜さんは、親や親戚がいる場で「私が畑をやる!」と宣言。「農業は厳しいぞ」と、皆に反対されたが、「自分なりにやり方を工夫すればなんとかなる」と気持ちで押し通した。

家庭用の食品乾燥機を購入してドライハーブに加工し、「ハーブソルト」や「ハーブティー」などの試作品を次々とつくり始めた。HPも立ち上げ、14年2月に香菜田農園をオープン。加工したハーブ関連の商品をインターネットで売り始め、不定期だがイベントにも参加。畑で栽培したポップコーンなども販売した。

「1年やってみて……そんなに簡単には売れないことがよくわかりました(笑)。でもイベントは、直接反応が聞けてためになるし、“こんな食べ方があるよ”ってお客さんが教えてくれたり、人との出会いもあった。好評だったハーブティーのお客さんは出産期の方が多く、効能などもっと勉強しなくちゃいけないなって思いました」

いっぽう畑に関しては、育てた野菜が立て続けに病気になるなど、自分の力不足を痛感した。栽培方法や病害虫対策、資材の使い方など、知識や技術がまだまだ足りない。

「本を読んで知っていても、実際にその土地でつくらないとわからないことがいっぱいある。このまま仕事として続けるのは難しいと判断し、農業大学校で1年、有機農業を学ぶことに決めました。卒業後は農家の元で研修するつもりです」

長い目で将来を見据え、一から出直すことを決めた香菜さん。女性が一生続けられる農業をいつか実現するために、今、心新たに再スタートを切ったばかりだ。

ハーブソルトは、ハーブと乾燥させた玉ねぎ、ニンニク、ユズなどを加えたオリジナル。ほんのひと振りで、肉や魚が驚くほどおいしくなる人気商品
ハ香菜田農園の商品。今後は肉向け、魚向けのハーブソルト2種と、ハーブティー2種のみ期間限定でネットやイベントで販売予定
ハーブや野菜栽培の書籍の数々。「でも、その土地で実際つくってみないとわからないことがいっぱいです」
畑のレシピ
  1. 1.チャック付き保存袋に鶏胸肉2枚とハーブソルト*大さじ1を入れ、もんで塩をすり込む。
  2. 2.鶏肉を平たくならし、空気を抜きながら袋を閉じる。水をたっぷり入れた鍋に入れ、袋が鍋に付かないように注意し、中〜強火で加熱する。
  3. 3.沸騰後、弱火で5分ほど熱し、火を止めて蓋をして冷ます。好みの厚さに切っていただく。
  4. *塩分が気になる人は、切る前にさっと水で表面を流すとよい。

  1. 1.卵2個と砂糖(または黒糖)100gを混ぜる。
  2. 2.強力粉200g、ベーキングパウダー(または重曹)小さじ1/2、バジルやオレガノなどドライハーブ1gをよく合わせ、1とサラダ油大さじ2を加えて、粉っぽさがなくなるまでよく混ぜる。
  3. 3.手に油をつけて、ひと口大に生地を丸める。
  4. 4.170℃の油で揚げる。全体に色づいたら火を強め、1〜2分揚げるとカラッと仕上がる。
  5. ◎2でチーズやベーコンを加えてもおいしい。