耕す女子たち vol.25

子だくさんのシングルマザーじゃ農業は無理?いえいえ、そんなことありません。
子どもの喘息(ぜんそく)をきっかけに農の世界に飛び込んだ飛び切りパワフルな耕す女子を紹介します。

季刊うかたま
http://www.ukatama.net/  
写真=高木あつ子 文=おおいまちこ

景子さんが春に向けて葉物野菜をまく畑をガスパワー耕うん機「サ・ラ・ダ CG」で耕うん中。市村美奈子さんはガソリンタイプの「サ・ラ・ダ FF300」で

今回の耕す女子

茨城県石岡市直井景子さん(なおいけいこさん)
1969年生まれ、東京都出身。畑歴10年。高校卒業後、商品企画、雑貨や家具の輸入業などを営む。25歳で結婚。茅ヶ崎市でアクセサリー店を経営。35歳で離婚後、本格的に農業を始める。2男2女の母。株式会社女農業道・代表取締役。

富士山を望む畑で農業

4人の子どもを抱えつつ、女性ひとりで農業を始めて丸10年。「株式会社女農業道」という農産物販売会社の代表取締役でもある直井景子さんの畑は、なんとも見晴らしのいい高台にあった。

ここは神奈川県茅ヶ崎市、真正面には雪化粧をした富士山を望み、眼下には湘南地区の街並みが見渡せる。この絶景の場所を拠点に、景子さんは目下、3人の作業スタッフとともに、畑を切り盛りしている。

農薬や肥料を一切使わず、作物本来の力を生かした自然栽培で野菜を育て、種は固定種*をできるだけ自家採取。年間通して毎週20〜50種類の野菜や烏骨鶏(うこっけい)の卵を個人宅やレストランなどに届けるほか、市内の小学校へ給食用の野菜を納めている。

畑の一角には、250坪もある大型ビニールハウスが建っている。中では、昨年11月からスタッフとして働く市村美奈子さんが、レタスの種をまいていた。畑の土をふるっては、炭にしたもみ殻を混ぜて床土をつくり、そのたびに育苗トレイに入れて種をまいている。

その仕事ぶりを見て、景子さんがすかさずアドバイス。

「そういう作業は、一気にやったほうがいいの。一気に土を用意して、トレイを100枚くらいずらーっと並べて、土をぶわーっと入れて……」

ていねいなのはいいけれど、そのペースだと、種をまくだけで「2週間かかっちゃう」と、経営者らしく手際よく効率のいいやり方を自らやってみせる。

春野菜に向けて畑を耕すため、ハウスを出た2人は、フロントロータリー式耕うん機「サ・ラ・ダ」を使い、てきぱきと畑を耕した。

「サ・ラ・ダは軽くて使いやすい。畝間(うねま)の除草、アタッチメントを付ければ畝立てなど、一台でいろんな作業ができるところもいいですね」

時折、富士山を眺め、深く息を吸いながら、ぐんぐんと耕していく。

昨年から畑担当3人、事務方2人をスタッフとして採用。その他、たくさんのボランティアが景子さんを支えている
農作業初心者の市村さんに、効率よく種まきする方法をアドバイス
「サ・ラ・ダ」は作業も移動もラクな自走式。レバーを握るだけなので初めてでも簡単 
害虫や病気を防ぐため、オクラの間にまいたダイコン。自然栽培を教わった農家に学んだ
こぼれ種から自然に育った聖護院カブなども出荷

農作業にかかせないアイテムは手ぬぐい。「汗を拭いてもすぐ乾くし何かと便利。今日はお気に入りの京野菜柄です」と、友紀さん。むれるのがイヤで帽子はかぶらないが、日焼けでひどい目にあった経験から、「日焼け止めクリームはしっかり塗っています」とのこと

子どもの喘息をきっかけに

生まれも育ちも東京で、実家は自営業。農とは縁のなかった景子さんが、農業を始めることになったのは、子どもの病気がきっかけだ。

25歳で結婚したのを機に茅ヶ崎で暮らし始め、同時にアクセサリーショップを経営。すぐに子どもにも恵まれ、2男2女の母となったが、4人ともアレルギー体質でひどい喘息持ち。病院を駆け回っても一向に改善しなかった。「医者任せでなく、自分でなんとかしよう」と、ある時、覚悟を決めたという。

「体温が低いから免疫力が弱く、喘息もでやすい。それなら、体温を上げて免疫力をつければいい。頭に浮かんだのが“ニンニク”。もう一つが卵だったんです」

中でも滋養強壮に効果があると評判の鳥骨鶏の卵を子どもに食べさせたいと、10羽ほどを飼い、同時に鶏に食べさせるミミズを調達する目的で、ミミズコンポストを始めた。

食生活を見直すと、次第に子どもたちは元気になり、「今では風邪すらひかなくなった」と、景子さん。こうした体験を通し、食事が身体にとっていかに大切かを学んだそうだ。

子どもの喘息はよくなったものの、次は景子さんが体調を崩してしまう。過度のストレスから、ついには声を発することもできなくなり、結局、35歳で離婚。店を閉め、4人の子どもを連れて家を出た。

アパートで暮らしながら、友達の紹介で借りた300坪の畑で、農業書片手に野菜を育て、鶏を飼う日々。身を立てるためにパンの専門学校にも通い、技術を習得するや、徹夜で天然酵母のパンを焼き、口コミでパンと野菜をセットにして販売した。もっとも、そんなハードな生活は体力的に続かなかった。3年が経った頃、「安全でおいしい野菜をもっとたくさんの人に届けよう」と、農業一本でやっていくことを心に決めた。

出荷は基本的に毎週木曜日。荷造りを手伝っているのは、ボランティアのママさんたち
小学校に給食の野菜を納品。「安心して食べられるものを子どもたちに届けたい」。それが景子さんの原点
野菜は泥つきのまま新聞紙に包み、栄養や調理法を書いた手づくりシールを貼って出荷

自然栽培の野菜を学校給食で

どうせやるなら、胸を張って、“専業農家”と名乗りたい。景子さんは新規就農するための第一歩として「かながわ農業サポーター制度」に申請。2010年に認定され、県を通して約3反*の農地を借り、本格的に農家として動き出した。

畑を始めた頃は、養鶏の副産物である鶏糞などを使い有機栽培をしていたが、ある時、肥料は使わず、作物や土壌の自然本来の力を引き出す自然栽培を知り、心惹かれた。

「牛糞堆肥なども、牛の餌まで考えると、輸入飼料はポストハーベストや遺伝子組み換えなどの問題が気になる。無肥料でも育てられることが納得できたので、それ以降、新しい畑には肥料を入れていません」

2012年11月、農産物販売会社「女農業道」を設立。高校卒業以来、ずっと自営でバリバリ働いてきた景子さんだ。持ち前のビジネスセンスで、インターネット販売を充実させ、提携農家の農産物も取り扱い始めた。

農業を始めた景子さんの一つの夢は、「学校給食に野菜を供給すること」。それまで何度となく市役所に掛け合っても相手にしてもらえずにいたが、昨年7月、認定農業者**となった頃から、風向きが変わってきた。

「一番下の子が通う小学校で野菜を使ってもらえることになったんです! 先日、自分の野菜が給食でどんなふうに使われているのか見てみたいな〜って息子に話したら、栄養士さんが写真を撮って持たせてくれました。ダイコンやネギは豚汁に。ダイコン葉は、ご飯に入れて……」頬をゆるませ、実にうれしそうだ。

昨春、さらに畑が7反増え、スタッフも雇い始めた。今後は、自然栽培でもしっかり利益を上げられるような技術を見出し、その方法を広め、「日本の農業を元気にしたい」と、景子さん。農家、経営者、そして母として、全力で走り続けている。

*1反=約1000平方メートル、300坪。

**農業経営基盤強化促進法に基づき、自らが作成した農業経営改善計画を市町村が認定した農業者。

末っ子で小6の辰海くんと。学校では給食委員をがんばっているそうだ
こぼれ種から育った野菜は生命力があるので、その種を採る。自宅裏には種採り用の畑もある
土室貯蔵。ハウスの隅っこに「室(むろ)」を掘ってサツマイモの種芋を貯蔵するなど、自然力を活かしている
畑のレシピ
  1. 1.キャベツの外葉、ブロッコリーの茎、ネギの青い部分など、余り野菜をみじん切りにする。
  2. 2.米粉1:水1の割合で混ぜ、つなぎをつくる。
  3. 3.1を2に入れて混ぜる。フライパンに菜種油を入れて、食べやすい大きさで両面を焼く。
  4. 4.好みで塩をつけていただく。
  5. *野菜は多めがおすすめ。できるだけ細かく切ったほうが野菜の味を楽しめる。

  1. 1.一晩水に浸しておいた大豆を鍋で煮て、煮大豆をつくる。
  2. 2.1の煮汁を切ってつぶし、つなぎに同量のご飯(冷やご飯がカリッと焼けるのでよい)を入れて、さらにつぶす。
  3. 3.2を好みの大きさに平たく丸め、菜種油で両面をこんがりと焼く。焼き色がつけばOK。醤油や塩などでいただく