耕す女子たち vol.20

自給自足的な暮らしをしたかったわけじゃない。
求めていたのは、自然と季節を感じながら、働くことのできる農業という仕事。憧れの土地で夢を実現した耕す女子を紹介します。

季刊うかたま
http://www.ukatama.net/  
写真=高木あつ子 文=おおいまちこ

ガスパワー耕うん機「サ・ラ・ダ CG」で自家用の秋冬野菜を作付けする畑を耕す涼子さん。夫の英二さんは「ピアンタ」で耕うん

今回の耕す女子

埼玉県本庄市牧野涼子さん(まきのりょうこさん)
1975年生まれ、埼玉県伊奈町出身。日本獣医畜産大学卒。畑歴3年。2000年に英二さんと結婚。埼玉県内各地の牧場で5年間酪農の仕事をしたのち2児を出産。子育て中は動物病院に動物看護師として勤務。10年から本格的に農業の実習や研修を受け、11年4月に就農。家畜人工授精師、ジュニア野菜ソムリエなどの資格を持つ。

コンテナを軽ワゴンに載せて

日曜日の午前10時、牧野涼子さんは、ナスがいっぱいのコンテナを軽ワゴン車に載せ、自宅から10分ほどの「埼玉ひびきの農業協同組合」(以下、農協)の選果場に向かった。

 「6月から10月いっぱい、ナスの出荷は“休みなし”なんです」

この日は、15㎏入りのコンテナ5箱と、加工に使われるナスを入れたコンテナ1箱を出荷。早朝に収穫した野菜を、こうして農協の集出荷施設に運び込むのが、農家となった涼子さんの日々の仕事の一つだ。

農業を始めるため、涼子さんが夫 の英二さんと2人の娘とともに、埼 玉県さいたま市から、ここ本庄市児 玉町に移り住んだのは2011年4 月のこと。住まいは緑豊かな風景が 見渡せる山間にあり、周辺に計2町(*)の畑を借りて、ナス、ブロッコリー、 レタス、タマネギなどを栽培、その 多くを農協に出荷している。

*1町=約10000平方メートル。 1反=約1000平方メートル。1畝=約100平方メートル。 1町=10反=100畝

ブロッコリーの病気の出方を2人に説明 する“師匠”の田端さん(左端)。「知ってい ることは何でも教えるよ」
鍬の扱いも慣れてきた。今年の5月には野菜ソムリエ仲間を招き、タマネギの収穫や出荷の作業を体験してもらった
大根の種まき。基本的に専業主婦でいるのはイヤ。おばあちゃんになってもできるところが、農業を始めた一つの理由

自宅のすぐ前には1反5畝ほどの 畑があり、主に自家用や直売所など に出す野菜を栽培している。涼子さ んは選果場から戻ると、自宅前の畑 で秋冬野菜の準備のためガスパワー 耕うん機「サ・ラ・ダ CG」で耕う ん作業を始めた。

「『サ・ラ・ダCG』は自走式なの で安定感がある。力を入れて前に押 し出さなくても、ちゃんとまっすぐ 耕せるところがいいですね」

「近所のおじいちゃん、おばあちゃ んが、“そろそろ○○を植えないん かい?”って、その季節にやるべき ことを教えてくれるんです。食卓の 野菜が全部うちの畑でとれたもので、 家族でおいしいねっていいながら食 べられることが、とても幸せです」

カセットガス(**)が燃料の「サ・ラ・ダ CG」。燃料の交換・充填も簡単で、ボンベ1本で最大約50分耕せる

**メーカー指定カセットボンベは東邦金属工業株式会社製

自走式&大径タイヤ採用で、移動も作業もラクラク。速度は3段階(作業は2段階)から選べる
ナスのシーズン中は、選果場に毎日運ぶ。とれたては生で食べると甘く、リンゴっぽい風味だという。「児玉ナスのおいしさを知ってもらいたいです」

「1年を通して作業着を着ているので、“汚くてもいいやっ”と思っているとどんどん汚くなる。だから、できるだけかわいい格好をするように心がけています」。カジュアルな普段着を作業用におろしている。この日、被っていた日除け帽は、生協で購入したもの。

農業をするなら“この町”で

動物が大好きという涼子さん。小さい頃の夢は「ムツゴロウさんのところで動物たちと暮らすこと」だったとか。中高生のときには獣医に憧れたこともあるという。どうしても動物と暮らす夢を叶えたくて、高校卒業後は北海道興部(おこっぺ)町の牧場で1年間、住み込みで働いた。

牧場での生活を機に、「牛がかわ いくて仕方がなくなった」涼子さん は、埼玉の実家に戻って1年後、改 めて日本獣医畜産大学(現・日本獣 医生命科学大学)畜産学科に入学。 大学時代に知り合った英二さんと卒 業後まもなく結婚するが、長女の久 瑠実ちゃんが生まれるまでの5年間 は、埼玉県内の牧場でパートや従業 員、酪農ヘルパー(*)として酪農の仕事 をしていた。酪農ヘルパー時代には 児玉地域の担当だったこともあると いう。

 「児玉は人があたたかく、赤城山を望む景色もすばらしい。いつかこんなところに住んでみたいな〜ってずっと思っていたんです」

*酪農家が休みをとる際、酪農家に代わって作業する人。

酪農ヘルパー時代によく通って いた牧場が自宅の裏手にある。 今はヨウム(オウムの仲間)の ヨウタくん、猫のハーちゃんと 暮らすが「いつか牛も飼ってみ たい」(!?)

酪農家を夢見て情報収集に励んだ。だが、ゼロから酪農を始めるとなると、かなりの資金が必要なことがわかった。また当時、国の農業系研究機関に勤めていた英二さんが、就農には前向きだったものの、酪農の経験がまったくなかったこともあり、涼子さんは次第に「現実的には難しいのかな」と、感じるようになった。けれど、「どうしても農業がやりたい!」。そこで、大きく方向転換し、野菜農家として就農を目指すことにした。子育て中、市民農園で農家の指導を受けながら野菜を育て、畑仕事に魅力を感じるようになっていたことも、気持ちを切り替えるきっかけになったという。

「農業をするなら児玉地域で」と、 心に決めていた涼子さん。県の関係 機関に相談すると、現在、“師匠” と呼び慕っている田端講一さんを紹 介された。県認定の“地域指導農家” である田端さんのもとで、英二さん は2010年4月から1年間、収入 がストップしないよう、週末を利用 して研修することに。いっぽう涼子 さんは、埼玉県農業大学校にその年 開設された公共職業訓練「農業実践」 に4カ月、平日通いながら、修了後 は「児玉地域明日(**)の農業担い手育成 塾」の制度も活用して、月に2、3 日、田端さんのもとで野菜づくりを 学んだ。2人の娘を早朝、保育園に 送り、片道1時間少々かけて通学す る毎日だったが、「30歳過ぎて生徒 になり、新しいことを吸収できるの がとても楽しかった」と、涼子さん。 平均年齢 60 代の同級生たちと大の仲 良しになり、今もおつきあいが続い ているそうだ。

**県・市町村・農協等、地域の関係機関が連携して、技術習得や農地確保も含めて希望地域での就農を支援する制度。「サ・ラ・ダ CG」「ピアンタ」に関するお問い合わせは、本田技研工業お客様相談センター(フリーダイヤル0120-112010)まで。http://www.honda.co.jp/tiller/

研修中から、作業が忙しい時は、師匠の家に子どもたち の面倒を見ていただいた。お嫁さんの明美さん(右端) には感謝だ
ブランコは英二さんの手づくり。近くに公園が ないのでつくってあげたのだとか
ハーブティー用のミントも庭で摘む。クワの実を とって食べたり、タケノコを掘ったりと、子どもたち も身近な自然を満喫
久瑠実ちゃん(中央左)も次女の菜摘ちゃんも よく食べる。今は「野菜が食べ放題なのがうれしい!」

地域の農業を盛り上げたい

新居も、田端さんの口利きで借りられることになった。10年間、空き家だった平屋の一軒家は改築が必要だったが、師匠の「自分たちでやってみ〜」のひと言で、床の張り替えなど、できる限り自分たちでやった。折しも工事を始めたのが、東日本大震災の前日。ちょうど床下に潜っている時に地震に見舞われ、東京電力福島第一原発事故も起きた。だが、涼子さんは「ここで農業を始める気持ちが揺らぐことはなかった」と話す。そしてその年の春、晴れて農家として出発した。以来、畑に出て汗を流す毎日だ。

“田舎暮らし”というと、よく自給自足的な暮らしをしている人たちが紹介される。だが、涼子さん夫婦が求めていたのは、そこに限ったものではないという。

「季節を感じ、自然を相手にする “農業という仕事”がしたかったんで す。そして、とにかく児玉が大好き。 だから直接お客さんとつながって自 分たちの野菜を直売する経営よりも、 地域に入って児玉の農業を盛り上げ ていく一員になりたいという気持ち が強かった。地域の一農家として、 これから児玉の野菜をもっとPRし ていきたいです」 そう、声を弾ませて語る涼子さん。 ずっと憧れていた農家としての暮ら しは、今、始まったばかりだ。

畑のレシピ
  1. 1.なす2本(1人分)はひと口大の乱切りにする。
  2. 2.フライパンになすを入れ、水大さじ1、塩少々、サラダ油小さじ1を回し入れ、全体を混ぜる。
  3. 3.蓋をして弱めの中火に3〜5分かける。
  4. 4.ご飯に3とおろししょうが1/2かけ分をのせ、だし醤油をかけていただく。
  1. 1.ゴーヤー約500gを厚さ2㎜くらいにスライスして、さっとゆで、水気を切る。
  2. 2.醤油50㎖、砂糖100g、酢40㎖を煮立て、1を入れ、中火で汁気がなくなるまで煮る。
  3. 3.2にかつお削り節10gとごま適量を混ぜる。

*日持ちは冷蔵庫で2〜3週間、冷凍で半年ほどが目安。