耕す女子たち vol.19

転職を繰り返した末にたどり着いたのは食べるものをつくる“農業”という仕事。
私たちの命を育む大切な日本の農業を守りたい。

季刊うかたま
http://www.ukatama.net/  
写真=高木あつ子 文=おおいまちこ

ガスパワー耕うん機「サ・ラ・ダ CG」で秋野菜の植え付けに備えて畑を耕す今日子さん。「ピアンタ」で耕す夫の大介さんと

今回の耕す女子

茨城県城里町小林今日子さん(こばやしきょうこさん)
1970年、愛知県名古屋市生まれ。愛知教育大学卒。畑歴7年。小学校の講師など、さまざまな職業を転々とした後、05年、北海道新篠津村で2年間農業研修を受ける。研修先で出会った大介さんと07年に結婚し、同時に茨城県城里町で就農。

農作業はラジオを聞きながら

初夏の日差しを浴びてトウモロコシやピーマン、インゲンなどの夏野菜がすくすくと育っている。前日に久しぶりに降った雨のおかげか、野菜の肌はどれもつやつや、葉もぴんぴん。見るからにおいしそうだ。

「畑の作付け計画を立てるのは夫、出荷作業は私の担当と、大まかに夫婦で仕事の役割分担を決めていますが、苗の植えつけなどの栽培管理や草取りは、基本的に2人で一緒にやっています。いつも録音しておいたお気に入りの深夜ラジオ番組を聞きながら。世間の風が感じられるし、情報も得られるし。夫婦の会話のいい肴にもなるので(笑)」

笑顔でそう話すのは、今回の耕す女子、小林今日子さん。

今日子さんは、夫の大介さんと茨城県城里町で「サンキュウ農園」を営んでいる。6年前、結婚したのを機に、兼業農家である大介さんの祖父から畑5反(*)を借り受け夫婦で就農。毎年、少しずつ近隣農家から農地を借りて面積を増やし、現在は11カ所に点在する2町の畑で野菜や小麦を、2反の田んぼで米を、農薬や化学肥料を使わずに育てている。

出荷場や倉庫、ハウスがあるのは、大介さんの実家の敷地内。通りを挟んだ向こうにジャガイモなどを育てている畑があり、その一角を、今日子さんがガスパワー耕うん機「サ・ラ・ダCG」で耕している。

『サラダCG』は自走式なので力を入れなくてもまっすぐ耕せる。カセットガスというのも便利ですね」農機が大好きという大介さんも加わり、秋に向けて畑を整えた。

 

*1町=約10000平方メートル。 1反=約1000平方メートル。1畝=約100平方メートル。 1町=10反=100畝

キュウリの整枝作業。「無理のない栽培計画を立て、防虫ネットなどを利用すれば無農薬は難しくない」と大介さん
トマトを収穫。「暑さ寒さを肌で感じながら働けるのが農業のいいところ。ラジオも聞き放題ですし(笑)」

堆肥への興味から農の世界へ

今日子さんは名古屋の出身だ。JR名古屋駅から歩いて10分ほどのビルの谷間に家があり、「土に触れるのは学校のグラウンドだけ」という、農業とは縁のない環境で育った。

小さい頃から小学校の先生になることが夢で、高校卒業後は愛知教育大学に進学。だが採用試験に受からず、小学校の事務職についたのを皮切りに、OL、空港で飛行機を誘導する“マーシャラー”、保育士、ホームヘルパーなど、その時々の関心から職を転々とした。

小学校の常勤講師になったのは32歳の時。担任教師のサポートで参加した総合的な学習の時間の授業で生ゴミ堆肥を扱い、これをきっかけに、農業に興味を持った。

「腐っていくはずのものが、発酵して土の栄養分になる。農業の循環的な部分に惹かれたんだと思う」

担任教師に堆肥について詳しくたずねると、三重県にある「全国愛農会」が主催する9泊10日の大学講座を紹介してくれた。今日子さんはさっそく休暇を利用して受講。有機農業や農産加工を学んだ。

「そこで完全にはまりまして…。いつか自給的な暮らしがしたいと思うようになりました」

3年間の講師生活を終え、05年、今日子さんは、農業の技術を身につけるため、農業体験研修生として北海道新篠津(しんしのつ)村へ向かった。

「とにかくやってみようと…。村が募集していた研修制度では、半年間、宿泊施設に寝泊まりしながらいろんな農場を回って、農作業から作業場の掃除、ペンキ塗りまで、何でもやりました」

その研修先の一つ、「大塚オーガニックファーム」で、大学卒業後、研修生として働いていたのが大介さんだった。自給的な暮らしがしたいこと、将来の農業の経営ビジョンなどを語り合うなか意気投合した2人は翌年から一緒に暮らし、大介さんが2年間の研修を終えた07年2月に結婚。農家としての生活が始まった

味が濃く甘みが強い自慢のトマト。米ぬかと緑肥をメインに土づくりしている畑はどこもふかふか
この夏から週2日、手伝ってもらっている須藤美佐子さんと出荷の準備。すぐに調理できるよう、野菜は土などを落として袋詰め
「サ・ラ・ダ CG」の燃料はカセットガス**。簡単に交換・充填でき、手も汚れない。ボンベ1本で最大約50分耕せる

**メーカー指定カセットボンベは東邦金属工業株式会社製。

ループハンドルは折り畳み式なので、収納もコンパクト。自家用車でも運べる

パンツと腕カバーは、おしゃれ野良着などの衣類を手がける「ア・リュ」の藤井優子さんがデザインしてくれたもの。「市販の腕カバーは短いので、“長めのものをつくって〜”とリクエストしたら、こんなおしゃれなのをつくってくれて…。パンツは股上がゆったりしているのではき心地がよく、作業中、お尻を蚊に刺されなくなりました(笑)」

日本の農業を守りたい

「売り先もないままのスタートで不安はありましたが、食べものを育てている安心感から、漠然となんとかなるかなって思ってました。今は慌ただしくて悩む間もないですけど(笑)…」

 レストランやスーパーなど、少しずつ販路が広がってきた3年目、東京・日比谷公園で行なわれた「土と平和の祭典」に出店した。お客さんと直に接して、消費者が求めているものがわかったり、逆に食べ方を教えてもらえたりするのが「とても刺激的で新鮮な体験」で、以来、農園の外へ出て行く機会が増えたという。

NPO法人「農家のこせがれネットワーク(*)」とのつながりから、東京・六本木で毎週土曜日に開催されている「ヒルズマルシェinアークヒルズ」に出店するようになったのもこの頃。TVや雑誌の取材を受けたことも手伝い、次第に個人客も増えていった。

ただ、面積を拡大する中、今日子さんはジレンマを感じていたという。「本当は、パンを焼いたり、味噌や豆腐を手づくりするような、ゆったりした生活を求めていたんです。でも面積が広くなると、小麦や大豆を栽培しても加工する時間がない!もちろん、農業を続けていく上でしっかり収入を得ることは大事。米や野菜を自給する夢はかなっているので、今はそれでよしとしています」

「ヒルズマルシェ」には毎月第1土曜日に出店。今日子さんのこだわりで、野菜はビニール袋の口を麻ヒモで結んでかわいく
宅配の野菜に同封する「サンキュウ便り」の制作は今日子さんが担当

また、始めたばかりの頃は「農業は有機でなくちゃ」と、化学肥料や農薬を使う慣行栽培に否定的な考えをもっていた今日子さんだったが、東日本大震災で被災したことをきっかけに「農業をしている人は皆、仲間。有機栽培とか慣行栽培とか関係なく、“日本の農業”自体を守っていかなくてはいけないと思うようになりました。ゆくゆくは研修生を受け入れたり、この地域で就農を希望する人に、土地や販売先を紹介できるようになりたいです」。

30代半ばまでいろんな仕事をしてきたけれど、「今は農業しかないと思っています。もう転職はないです」と、言い切った笑顔からも、農業にかける情熱が伝わってきた。

*農家のこせがれネットワーク:実家が農家の“こせがれ”を後継者にすべく、就農に向けて応援する活動をしているNPO団体。

住まいは大介さんの実家から車で3分の県営住宅。お手伝いの須藤さん、野菜のお客さんでご近所さんの「ア・リュ」の藤井さん(右)と一緒に昼食
帽子が大好き。作業中の帽子も季節や気分にあわせて選ぶ
ずらりと並ぶ料理本。「『愛農会』で講習を受けて以来、玄米食派です」
出荷場でくつろぐ愛猫・かなえ。もともと野良猫だったが、今では農園のマスコット的存在
畑のレシピ
  1. 1. ズッキーニは厚さ1㎝ほどにスライスして塩をふる。しばらくして水気を出したあと、ペーパータオルでふく。
  2. 2. 同量の粉チーズとパン粉を混ぜ、1のズッキーニに押し付けるようにしてまぶす。
  3. 3. フライパンにオリーブオイルを熱して2を並べ、弱火で焼き色がつくまで焼く。
  1. 1. 菜種油200㎖、塩小さじ1/4、こしょう適量、マスタードと黒酢各小さじ2、有精卵1個を泡立て器でよくかき混ぜ、マヨネーズをつくる。
  2. 2.1と麺つゆ(3倍濃縮)を1:1で合わせてよくかき混ぜ、細かく刻んだ青じそを少々加える。
  3. 3.きゅうりは5㎜幅のせん切り、玉ねぎは5㎜幅にスライスして水にさらす。
  4. 4.2に3を入れ、サッと和えたらできあがり。

*好みでかつお節をかけてもおいしい