耕す女子たち vol.18

14歳で農家になろうと思い立ち、26歳で農家になった。惹かれていたのは“農業のある暮らし”。自然に寄り添い生きる魅力を多くの人に伝えたい。

季刊うかたま
http://www.ukatama.net/  
写真=高木あつ子 文=おおいまちこ

ガスパワー耕うん機「サ・ラ・ダ CG」でナスを植え付ける畑を耕すひろみさん。夫の智己さんは「ピアンタ」でうね間を除草

今回の耕す女子

千葉県茂原市鈴木ひろみさん(すずきひろみさん)
1982年生まれ。静岡県藤枝市出身。実家は兼業農家。京都精華大学卒業後、“緑のふるさと協力隊”12期生として福島県鮫川村で1年暮らす。出版社に2年勤務した後、08年、同僚だった智己さんと結婚。同年、約半年間の農業研修を経て就農。

畑も出荷も、子どもと一緒に

ひんやりとした風の吹く春の日、鈴木ひろみさんは、自宅から車で5分ほどの露地畑にやって来た。畑の脇に車を停めると、1歳3カ月になる娘の成実ちゃんをひょいっと降ろし、鎌を握りしめて、夫の智己さんとキャベツ畑に向かって行く。

そのあとを、成実ちゃんがおぼつかない足取りでついていく。二人が雑草を取り始めると、真似をして草をむしり、コンテナにぽいっ。そして、とーっても自慢気な顔をして、パチパチと手を叩いた。

「農作業する時も、出荷に行くのも、いつも子どもと一緒です。最近は、よく動くようになってきたから大変で……」

そう言いながら、我が子に優しいまなざしを向ける。

ひろみさんが智己さんとともに、「農家になる」という夢に向かって歩み始めて5年になる。今はここ、千葉県茂原市で4反(*)3畝の畑と350坪の鉄骨ハウスを借り、トマトをメインに少量多品目で野菜を栽培。近隣の農産物直売所や地元スーパーなど3カ所に出荷している

年間を通して出荷できるよう、夫婦二人三脚で日々、農作業をこなす。この日、キャベツ畑でひと仕事終えたひろみさんは、ナスの苗を植え付けるため、ガスパワー耕うん機「サ・ラ・ダCG」で畑を耕した。

 「普通は畑が固いと前にダッシングしてしまうけど、サラダは内側と外側の耕うん爪が、それぞれ別方向に回転しているから安定していて、負荷がかからず、しっかり耕せる」と、ひろみさん。ハンドルを握る腕もたくましく、農家への道を着実に歩んでいる様子だ。

*1反=約1000平方メートル、300坪。1畝=約100平方メートル、30坪。1反=10畝。

家族でキャベツ畑の草取り。就農前に研修も受けたが、「何より近くの先輩農家の助言がいちばん」と智己さん
サニーレタスを植える畑に苦土石灰を散布。農業をしながら、自然の 変化を肌で感じ、生活していることに幸せを感じる
トマトの芽かきをするひろみさん。「いつか100のものがつくれる“百姓”になりたい。まだ“十姓”にも満たないですけど(笑)」

“農業のある暮らし”に惹かれ

ひろみさんは兼業農家の出身だ。母方の実家もレタスや茶を栽培する専業農家で、小さな頃はよく田畑で遊んでいたという。

「農家になろう!」と心に決めたのは、中学2年の時。「長野のレタス農家の嫁になる」と思い込み、文集の『10年後の私』に夢を記した。

いっぽう、国が進める諫早湾干拓事業に伴うニュースをきっかけに、環境問題に関心を持つようになったのもこの頃のこと。農業への熱い思いはそのままに、大学へ進学。環境社会学を学びながら、「自分がなぜ農業をしたいのか」を模索した。

地(*)元学のフィールドワークでは、棚田で知られる地区で地域にある資源を調査。田んぼや生活で使う水が、どこから来てどこに流れていくのか調べていくと、水が山からのいただきものだということ、人の暮らしと自然との関わりが見えてきた。「自分が、農業だけがしたいのではなく、“農業のある暮らし”そのものに惹かれていることに気づきました」と話す。

*地元学:地域の住民が地元の自然や生活・生産文化を見つめ直す「あるもの探し」を通して、地元の豊かさに気づくための手法。熊本県水俣市・吉本哲郎氏や民俗研究家・結城登美雄氏らが提唱。

「サ・ラ・ダ CG」「ピアンタ」の燃料はカセットガス(**)で、交換・充填も簡単。ボンベ1本で最大約50分耕うん可能

**メーカー指定カセットボンベは東邦金属工業株式会社製。

「サ・ラ・ダ CG」は固い土にもよくくい込むフロント正逆転ロータリー式。耕深もフロント車輪の高さを変えて軽々調整

パンツと腕カバーは、おしゃれ野良着などの衣類を手がける「ア・リュ」の藤井優子さんがデザインしてくれたもの。「市販の腕カバーは短いので、“長めのものをつくって〜”とリクエストしたら、こんなおしゃれなのをつくってくれて…。パンツは股上がゆったりしているのではき心地がよく、作業中、お尻を蚊に刺されなくなりました(笑)」

大学卒業後は、NPO地球緑化センターの事業のひとつである“緑のふるさと協力隊”に参加。福島県鮫川村で農林課や直売所の仕事をしながら1年間暮らしたが、村には、「想像していた以上に、自然に寄り添う暮らしが生きていた」。稲わらは、牛の餌や縄や正月飾りなどにも無駄なく使い、軒先に大根や柿が干してある風景が当たり前だった。淡々と自分たちの暮らしを続ける村の人たちと触れあい、言葉では言い尽くせないほどの経験を積むことができたという。

その後出版社に就職し、営業の仕事で2年間、全国の農村を回った。職場で、同じく「農業がしたい」という智己さんと出会い、2人は08年3月、同時期に退職し、結婚。夢を実現するために、その第一歩を踏み出した。偶然、智己さんの出身地である千葉県の公共職業訓練で農業研修があることがわかり、さっそく応募した。同年秋から、ひろみさんは千葉大学で、智己さんは千葉県立農業大学校で、それぞれ約半年間の研修を受け、基礎を学んだ

 その智己さんの研修先で、講師の方から、自身も生産者として参加している直売所「旬の里ねぎぼうず」(以下、「ねぎぼうず」)の組合員にならないかと誘ってもらった。「性格的にもいろんな野菜をつくる方が向いている」と、直売所への参加を決意。「ねぎぼうず」の組合長の口利きで畑を借りることもでき、農家としての生活が始まった。

「ねぎぼうず」で先輩農家の高山幸子さんとおしゃべり。成実ちゃんにはあちこちから「なるちゃん、おはよう!」と声がかかる
毎日9時半のオープンに向けて野菜を棚に並べる。売れ行きがいい時は午後に追加で出荷することも

買う人、食べる人の気持ちに歩み寄る

「出荷して最初の年はボロボロでした。初めて自分たちのトマトが売れて、すごく感動したのもつかの間、ある時、出荷できる野菜がぴたっとなくなっちゃったんです。周りの農家の方は、忙しくても次の季節に備えて種をまいていた。私たちは目の前のことに精一杯で先のことを考えていなかった。栽培計画を立てることの大切さを痛感しました」

農業を始めてから、自分に課したテーマの一つが「消費者の心理に歩み寄ること」。というのも、たまにイベントなどで都心部に出かけ、お客さんと直に接する機会があるのだが、「生産する側と消費する側の間に距離を感じる」からだ。世の中には、お金さえあれば食べ物が手に入る、と思っている人たちが本当にいる。その事実を思うと野菜をつくり届けるだけでなく、農家になった自分だから伝えていけることが何かあるんじゃないかと、ひろみさんは強く思う。

人は自然に生かされている。次代につなぎたい文化がある。祖父母や鮫川村の人たちのもとで、自分が見て、聞いて、肌で感じてきたことをしっかり受けとめ、日々の生活で子どもに、そして「農業を通じ、人と関わる中で、多くの人に伝えていたい」と、ひろみさん。

 農への一途な思い。その根っこの部分は、14歳のあの頃から少しも変わらない。

「売るだけじゃなく食べ方も提案していきたい」と、はねもの野菜などで料理を研究中
年間を通じて約20品目を出荷。夏はトマトがメインになる 
畑のレシピ
  1. 1. レタス1玉を食べやすく手でちぎり、電子レンジに1分かけて水気を飛ばす。
  2. 2. フライパンに油をひき、レタスを炒める。
  3. 3. サバの水煮缶(ツナ缶でもOK)を半分加えてザッと混ぜ合わせ、火を止める。
  4. 4. こしょう少々とポン酢をさっとかけてできあがり。
  1. 1. 葉玉ねぎを丸ごとゆでる。
  2. 2. 玉ねぎの芯まで火が通ったら、ザルに上げ、3 ~ 4㎝幅に切る。
  3. 3. すり鉢に、味噌と砂糖を各大さじ2、酢大さじ1を入れ、すりこぎですりあわせ、2にかける。