耕す女子たち vol.12

家族とつながり 地域とつながり 自然とつながり 
心豊かに生きるそんな暮らしに憧れ農家になった。
今や、「農」なくしては生きられない。

季刊うかたま
http://www.ukatama.net/  
写真=高木あつ子 文=おおいまちこ

ガスパワー耕うん機「ピアンタ」は、「軽いので、フカフカの土の上でも扱いやすい」と、智子さん。
ぽかぽか陽気のこの日、夫の尚史さん、息子の寛司くん、義父母の裕光さん、タミさんと畑で

今回の耕す女子

栃木県真岡市丸山智子さん(まるやまともこさん)
1977年生まれ。千葉県出身。畑歴6年。短大卒業後、フリーター生活を経て、NPO法人ヒマラヤ保全協会の職員に。2005年に半年間、有機農園「林農園」(千葉県佐倉市)で農業研修。同年に結婚。06年、夫の尚史さんと「まんまる農園」を開く。家族は夫、一男一女。

体や地球、味も“まんまる”に

栃木県真岡(もおか)市郊外の静かな田園地帯にたたずむ一軒の農家。広い敷地には、母屋の脇に新旧2棟の小屋が建っている。軒先にきれいに干してある稲とタマネギ。農機具や資材もきちんと整頓され、この農家の几帳面で丁寧な仕事ぶりがうかがえる。

ここは、今回の耕す女子、丸山智子さんが夫・尚史さんと営む「まんまる農園」。2人とも実家は農家ではないが、2006年1月、尚史さんの地元・真岡で畑を借り、農業を始めた。農園名は、真岡の「真」と丸山の「丸」から、また、体によくて地球にやさしい、味もおいしい“まんまる(=Good)”な野菜づくりをしたいとの思いを込めた。

2年前には、1反4畝*の畑付きの今の家を購入した。現在は借地と合わせ、5カ所に点在する計1町の畑と2反の田んぼで、農薬や化学肥料を使わずに野菜と米を栽培している。

「子どもたちが小さいので、田畑は主に夫が、私は出荷作業や事務がメイン。でも、春や秋には毎日畑に出ています」と、智子さん。

この日は、ハクサイの植わっている畑で、雑草を抑えるための畝間(うねま)を耕す作業をした。鶏糞と米糠でつくったぼかし肥(ごえ)をまき、ガスパワー耕うん機「ピアンタ」で耕していく。

「小さな管理機があるんですが、重くて畑の上だと不安定になり一人で支えられない。でも、ピアンタなら軽いので大丈夫」

尚史さんのご両親、裕光さんとタミさんも、4歳の紗和ちゃんと1歳の寛司くんの面倒をみたり、雑草をとったりしてバックアップする。

*1畝=約100平方メートル、1反=約1000平方メートル、1町=約1万平方メートル。

ニンジンの間引きをする智子さん。尚史さんが抜く間隔を厳しくチェック。「せまいとニンジンがぶつかっちゃうからね」
「周囲に土のある環境で子どもたちを育てたい」と、智子さん。娘の紗和ちゃんも、畑仕事のお手伝い
ある秋の日に、農園で収穫した野菜の数々。丸山家では野菜の自給率100%。「野菜は意地でも買わない」そうだ
木の香りが漂う新しい小屋で、タマネギの根切り作業。義母のタミさんは、農園の大切な助っ人。出荷作業は、忙しいときは義父の裕光さんにもお願いし、一家総出で行なう
「ピアンタ」は持ち運びに便利な移動用車輪一体型のキャリースタンドと、収納時の土汚れが防げるキャリーボックス付き

地域に根づいた
自給的な暮らしへ

智子さんが農業に関心を持つようになったのは、短大卒業後、軽い気持ちで参加したインドネシアでの植林キャンプがきっかけだ。国際協力に目覚め、その後、ネパール山岳部での植林や生活支援を行なうNPOのスタッフとなり、現地の人々と触れ合うなかで、地域に根づいた自給的な暮らしの豊かさを知ったという。

かたや、植林キャンプが縁で交際が始まった尚史さんは、東京農業大学卒業後、青年海外協力隊として南米エクアドルへ農業指導に赴く。2年間の活動で、先進国の大量消費のために途上国の環境が破壊され、貧富の差が拡大していることを実感。地域で循環する小さな農業が大切だと考え、農業を志すことを決めた。

帰国後、尚史さんは栃木県内の有機農家に住み込みで2年間研修。尚史さんの思いに共感した智子さんも、NPOを辞め、半年ほど千葉県松戸市の実家から佐倉市の有機農園まで週に3日通い、農作業を学んだ。

長い遠距離恋愛の末、結婚したのは27歳の時。尚史さんの研修が終わると、地元の農業委員会を通じて畑を借り、農家として出発した。

当初は就農の挨拶も兼ね、知り合いに野菜を送りまくったとか。口コミやブログなどで紹介され、次第にお客さんが増えていった。今は真岡市内を中心に、毎週30軒余りの個人客や飲食店などに野菜を届けている。

畑仕事が一段落したところでお昼ごはんをいただく。おいしい笑顔、幸せな家族の風景
自然素材を活かしたおしゃれな作業小屋。勉強会や自主上映会など地域の仲間との交流の場にも使いたいとか

カジュアルな服装が好みだという智子さん。特別に野良着を買うことはなく、「普段着を着倒すと、それを作業着にします」。真夏でも、麦わら帽などのつばの広い帽子は、車の運転の邪魔になるのでかぶらない。「日の当たる首元は、タオルを巻いてカバーしています。今のところ、周囲からは色白といわれています(笑)」

大震災・原発事故に見舞われて

築45年ほどのこの家は、地域の人々とのつながりで紹介してもらった。もともと古い納屋があったが、「仕事するなら、心地いい空間でしたいよね」と、夫婦で意見が一致。田園風景になじむおしゃれな作業小屋を たに一棟建てた。

完成したのは今年3月。あとは塗装を残すのみ、という時に、東日本大震災に見舞われた。真岡市は震度6強。幸い、家屋に大きな被害はなく、家族も無事だった。しかし、ほっとしたのも束の間、福島第一原子力発電所の事故が発生する。真岡市は、福島原発から約140kmの地点。ラジオで宇都宮市の放射線量が通常の約30倍と聞き、智子さんは、子どものことを最優先に考え、畑から離れることを渋っていた尚史さんを説得。東京にいる義兄の元に避難した。

だが、すぐにいてもたってもいられなくなった。「土がない生活はさみしいし、落ち着かなかった。やっぱり私は田舎じゃないと暮らせない。仕事も、農業以外には考えられないと思った」

ひと足先に尚史さんが、智子さんと子どもたちも10日ほどで戻り、先の見えないまま、むなしい気持ちで小屋の壁を塗り、畑に種をまいた。悲観的になり、移住することも頭をよぎったが、「農業は家と土地があればいいわけじゃない。時間をかけて土をつくり、地域の人たちとつながり、成り立つの。誰だってその土地を離れたくないんです」と、智子さん。よほどのことがない限り、この地に留まろうと心に決めた。

約1カ月半、野菜の出荷は休み、県内の農家に話を聞いたり、検査機関に土壌や作物への放射能の影響を調べてもらい、現状を把握した。検査の結果は基準値以下。出荷しても問題ないとされる数値だ。ゼロではない現実は決して手放しで喜べるものではないが、とにかくお客さんに結果を正直に伝え、判断を委ねた。

「小さな子どものいる方や妊婦さんなど、これまで野菜を届けていた会員さんが3軒、この春から予定していた新規の方数軒がキャンセルになりましたが、それは仕方のないこと。気持ちは理解できます」

引き続き野菜を宅配しているお客さんには、野菜と一緒に届ける便りの中で、勉強会などで得た放射能に関する情報をまめに伝えている。

当たり前に享受していた自然の恵み。それが本当に尊いものであるということが身にしみる今、自分たちに何ができるだろうかと、智子さんはしみじみ考える。有機農家として発信できることは、きっと多々あるはずだ。智子さんは、地域とつながり、農家として未来を見つめている。

子育ての合間に手づくりした品々。中央上から時計回りにおんぶ紐、おむつカバー、じゅず玉のブレスレットとお手玉。亀の子(左)は近所の方からのいただきもの
丸ノコを「エネポ」につなげてコンポストボックスづくり。台所の生ゴミを土に返せるよう、智子さんが尚史さんにリクエスト。畑作業の合間に製作中
カセットガス*が燃料のガスパワー発電機「エネポ」。2本で最大約2.2時間発電可能で、充填・交換も簡単

* メーカー指定カセットボンベは東邦金属工業株式会社製。
 注)エネポは、使用時に濃度の高い一酸化炭素が発生するため、屋内では絶対に使用禁止です。

畑のレシピ
  1. 1.間引きにんじん(細長く切ったにんじんでもよい)を蒸す。
  2. 2.水で溶いた小麦粉(溶き卵くらいのゆるさ)に1のにんじんをくぐらせ、パン粉をつける。
  3. 3.2を180℃の油で揚げる。外側がカリッとすればOK。
  4. 4.トマトピューレに中濃ソースを少し加えて火にかけ、煮詰める。フライにかけていただく。

*トマトピューレと中濃ソースの割合はお好みで。

  1. 1.かぼちゃは幅5mm程度にスライスする。水気をよく拭き取り、素揚げする。
  2. 2.砂糖3:水2:醤油1の割合で混ぜたものを火にかけ、煮立たせる。
  3. 3.仕上げに白ごまをかける。