季刊うかたま
http://www.ukatama.net/
写真=高木あつ子 文=おおいまちこ

春の陽気を浴びて2人で楽しく野良仕事
今回の耕す女子
- 千葉県南房総市三平裕美さん(みひらゆみさん)
- 1982年生まれ、千葉県館山市出身。県立館山高等学校卒業後、東京の専門学校でフラワーデザインを学ぶ。館山市の花店、飲食店勤務を経て、09年に結婚。現在は農作業の傍ら、週1〜3日アルバイトをしながら、農的暮らしを楽しんでいる。
ミカン農家のお嫁さん
母屋から庭先に、はにかんだ笑顔がとてもかわいい女性が出てきて、ぺこりと頭を下げた。三平裕美さんは、千葉県南房総市三芳地区にあるミカン農家に嫁いで2年になる。目下、ミカンや野菜づくりなどの農業技術や知識、経営のことなどを、農園の一スタッフとして身につけていこうと奮闘中の新米の“耕す女子”だ。
夫・尚登(なおと)さんは、ミカン農家の3代目。尚登さんの父・隆之さんの名がついた「三平隆之農園」は、山間部や平地に点在する計1・8ha(*1)ほどの農園で、温州みかんをメインに、せとか、はるみ、文旦や晩白柚(ばんぺいゆ)などを、農薬や化学肥料は一般的な栽培法の半分以下、除草剤はまったく使わずに草生栽培(*2)で育てている。
ミカンは市場には出荷しておらず、ほとんどを個人客に直接販売している。また、農園の一部は観光農園として開放しており、10〜12月の収穫シーズンは多忙だ。裕美さんはこの時期、おもに接客や発送を担当して、農園を支えている。他の時期は、家族に教わりながら、ミカンの枝のせん定や下草刈り作業をしている。
三平家では、裕美さんが嫁いできた頃から、地元の直売所に出荷する野菜の栽培にも力を入れ始めた。自宅のすぐ脇や車で数分の場所にある計10a弱の畑で、裕美さんは、義母の久美子さんに教わりながら、ズッキーニやかぼちゃ、エンサイ、ツルナなどを、無農薬で栽培している。
よく晴れたこの日は、春・夏野菜の準備のため、尚登さんとともに畑の耕うん作業を行なった。小柄な裕美さんだが、ガスパワー耕うん機「ピアンタ」の操作はなかなか上手。
「使いやすいし、コツをつかめば、Uターンもスムーズにできる。まだ大変な仕事をまかされていないから言えるのかもしれませんが、農作業はすごく楽しいです!」と、裕美さんは笑顔で話す。
*1 1ha=1万平方メートル。10a=1000平方メートル。
*2 果樹園の地表面に草を生やして果樹を育てる栽培法。土壌浸食や肥料の流亡を防ぐなどのメリットがある。



*メーカー指定カセットボンベは東邦金属工業株式会社製。

毎日が驚きと発見の連続
裕美さんは、南房総市に隣接する館山市の出身。地元の高校を卒業後は東京の専門学校でフラワーデザインを学んだが、「東京での生活は、人が多過ぎるし、空があまり見えないし、隣近所の人の名前もわからない。何より、近くに海がないのがダメでした」。
Uターンして館山のお花屋さんに就職。そこを辞めて地元の飲食店で働き始めた頃、店で出会ったのが尚登さんだった。ハンサムな尚登さんに裕美さんはひと目惚れ。ちょうどその頃、尚登さんは就農することを心に決め、当時勤めていた職場に辞表を提出したところだった。そんななか交際が始まり、2年ほど経った裕美さん26歳、尚登さん34歳の時にめでたく結婚した。
畑仕事の経験はほとんどなく、ましてや農家に嫁ぐとは夢にも思ってなかった裕美さん。あらゆることが初めての体験で、いろんな発見があり、今もなお驚きの連続だという。「オクラの実が上を向いてなっているのを初めて見た時は衝撃的でした。サツマイモの苗を植えていたら、近所のおばちゃんが、根が張っていく辺りに糠をまくと芋が甘くなるよって教えてくたり……。そういう知恵を知るのもおもしろいです」
昆虫をはじめ、生き物が大好きなので、畑でカマキリやミミズを見つけると、じっと観察していたい衝動にかられる。だが、尚登さんからは、「“さっさと仕事しろ”って言われます(笑)。でも、今日はやけにテントウムシが多いな〜と思うと、物にアブラムシがついていたりして。もっと害虫や益虫のことを知ったら作業にも役立つと思うんです」。
虫を見て喜ぶ裕美さんに影響されてか、尚登さんも、これまで以上に畑にいる虫が気になりだした。一匹の虫からも、農業と自然環境の深い関わりが見えてくるそうだ。




お腹のところにポケットのついているパーカーは、収穫したミカンをちょっと入れておけたりするので便利。「身長が150cmないため、サイズの合う服がなかなか見つからないのが悩みの種。正直言って、サイズがあえば何でもいいというのが本音です」