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CBR1000RR エンジニアトーク 初代「Fireblade」から貫かれるHondaフラッグシップスポーツの哲学
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「操る喜び」を目指し続けた
CBR1000RRと「電子制御」の出会い

あらゆるスポーツバイクが「エンジンパワー至上主義」に傾倒していた1990年代初頭。「誰もが『操る喜び』を堪能できる」という、まったく新しいコンセプトを掲げて誕生した一台のスポーツバイクがあった。それが初代「CBR900RR」、欧州名「Fireblade」。
そのコンセプトは走りを愛する多くのライダーに受け入れられるとともに、世界のスポーツバイクのあり方も変え、現代に連なる「スーパースポーツ」というジャンルの先駆けともなった。
「初代」の誕生から25年となる2017年にデビューした「CBR1000RR」。いまという時代に、何を提案しようとしたのだろうか。

走りを愛するライダーの
夢を叶える一台に

元Hondaワークスライダー 宮城 光(みやぎ ひかる) 以下・宮城

私自身、「CBR-RR」というバイクには何らかのかたちでずっと関わってきて、非常に深い思い入れがあります。エンジンパワー、ナンバーワン。排気量、ナンバーワン。最高速、ナンバーワン。ライダーが扱えるか、そうでないかは別として、そういったスペックにこそ価値があるという時代に終止符を打った、実にエポックメイキングな一台として記憶に残っていますし、排気量が1,000ccとなった最初のモデルは自分で所有しながらツーリングに行ったり、カスタマイズをしたりと存分に楽しませてもらいました。
そんな「CBR-RR」が誕生して四半世紀──25周年という節目の年にフルモデルチェンジして誕生した、新しいCBR1000RRですが、開発陣としてどういうバイクを作りたいと考えたのでしょうか。

CBR1000RR 開発責任者 佐藤 方哉(さとう まさとし) 以下・佐藤

ひとことで言うなら、「私が乗って楽しいと思えるスーパースポーツ」です。

宮城

なるほど。というと?

元Hondaワークスライダー 宮城 光

CBR1000RR 開発責任者 佐藤 方哉

佐藤

私は、「バイクという乗り物を自由自在に操りたい」という気持ちは人一倍強いつもりでいますが、背はあまり高くはありませんし、どんなバイクでも自由自在に操ることができるようなテクニックがあるわけでもありません。
そんな私にとって、やはりフラッグシップの「スーパースポーツ」というのは、いつかはたどり着きたいけれど、なかなか手が届かない、乗りこなせないのではないか……というイメージでした。私だけではなく、世界中にたくさんいるであろう、そんなライダーが初めて乗ったとき、安心して、スーパースポーツならではの圧倒的な運動性能を楽しめる。それも、自由自在に楽しめる。走りを愛するライダーの夢を叶えられるような一台にしたかったんです。

宮城

自由自在という言葉、いいですね。よくわかります。MotoGPライダーのマルク・マルケスだってそう思っていると思います。操りたい。操ることを楽しみたい。世界一のライダーでも、初めてスーパースポーツに乗るライダーでも、気持ちは一緒ですよね。そのマインドを持つあらゆる人と、真摯に向き合いたいと。

CBR1000RR 開発責任者代行 細川 冬樹(ほそかわ ふゆき) 以下・細川

佐藤をサポートし、開発ライダーとしてバイクの運動性能を作りあげていく立場として、開発に取りかかる前にそういった「根底の部分」について色々と話をしました。どういう人に、どういう喜びを味わっていただきたいのか。
結果として見いだしたのは、一人でも多くの、スーパースポーツを乗りこなしたいと願うライダーに乗っていただきたいということ。そして、そうしたライダーに、より多くのシチュエーションでバイクを操る喜びを堪能していただきたいということでした。
年々性能が向上するスーパースポーツのパフォーマンスを最大限に引き出して楽しめるのは、本当に一握りのライダーだけ。彼らが求める極限のパフォーマンスだけを見て開発を進めたら、どんどん一般のライダーから縁遠いものになっていってしまいます。そうではなく、スーパースポーツとしての運動性能は磨き上げつつも、できるだけ多くのライダーに乗って楽しんでいただける性能を持たせたいと考えました。

佐藤

人間誰しもミスをする可能性がありますが、そんなとき、冷たく突き放すのではなく、リカバリーのチャンスを与えてくれる。正しい乗り方へと導いてくれる。スーパースポーツとは言え、どこかでそんな「温かみ」を感じさせられればいいな、と。

CBR1000RR 開発責任者代行 細川 冬樹

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