二輪車用電子制御式油圧ステアリングダンパーの開発

車速・加速度に応じてダンパー特性を自動的に制御する世界初の電子制御によるステアリングダンパー「HESD」

HESD:Honda Electronic Steering Damper
※Honda調べ

概要

より感動的なライディングを、より高いパフォーマンスを、より快適に。Hondaは、世界初の電子制御による油圧ステアリングダンパー「HESD(ホンダ・エレクトロニック・ステアリング・ダンパー)」を開発した。
つねに、最適な減衰特性を得るために、HondaはMotoGPマシンRC211Vに採用され、サーキットで培われたロータリータイプ油圧ダンパーをベースに、世界初の電子制御方式を採用。通常の機械式では達成出来なかった、高速時の安心感を高め、低速時のハンドリングの軽快感を損なわないステアリングダンパーを開発した。

HESDは車速と加速度に応じて、電子制御によりダンパーの減衰特性を最適に制御する。車速と加速度をセンサーが感知してECUで制御することで、低速時にはハンドリングの軽快感を損なわない取りまわしを可能にし、高速時では路面からの外乱や振動を抑えて安心感のあるハンドリングを実現。しかもその働きはきわめて自然なフィールで、ステアリングダンパーの存在をライダーに意識させないレベルに達している。スポーツ走行だけでなく、多様な走行条件に適したハンドリングが実現可能となり、長距離の高速走行などでライダーの疲労度の軽減にも貢献する。 Hondaは、このHESDをRC211VのDNAを受け継ぐスーパースポーツバイクCBR1000RRに搭載した。

CBR1000RR

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常に最適な減衰特性を持つステアリングダンパーを

高速走行時には路面からの外乱や振動を抑えた安定したハンドリング操作を、低速走行時には軽快な取り回しを。朝霞研究所の開発チームは、この相反する要求を満たすために、二輪車のハンドリング特性と路面反力による操舵角変化を徹底的に解析。その結果として目指したのは、走行状況に応じて減衰特性を変化させる、これまでにないステアリングダンパーの開発だった。

開発のポイント

HESDの開発にあたっては、とくに高速走行時の振動現象(車体挙動)のひとつである路面反力による操舵角変化についての解析を行ない、大型スーパースポーツモデルによる実走行テストを重ねてきた。その中で、軽快なハンドリングを得るための最小減衰特性と、路面反力による操舵角変化を低減するための最大減衰特性の目標を設定。常に最適な減衰力を得るためには、速度・加速度に対して減衰特性を変化させる必要があった。
そこで、理想とする減衰特性を備えたステアリングダンパーの実現に向けて、MotoGPマシンRC211Vに採用されたロータリータイプステアリングダンパーの技術を継承し、走行状況に応じて油圧ダンパー内の流動抵抗を電子制御によって変化させる世界初の減衰力可変式ロータリーステアリングダンパー「HESD」を開発したのである。

HESD

CBR1000RRに搭載

路面の凹凸を通過する際に発生する操舵角の変化をライダーは不快に感じるとともに疲労の原因にもなっている。世界初のを最初に搭載するマシンとして、MotoGPマシンRC211VのDNAを受け継ぐスーパースポーツバイク、CBR1000RRが選ばれた。HESDの搭載によって、CBR1000RRは、サーキット走行までも視野に入れた高速走行時の安心感の向上と、低速時の軽快なハンドリング特性を両立し、ライダーの快適性の向上を実現している。

CBR1000RR

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RC211Vから生まれたロータリータイプダンパー

2002年に誕生した、ロードレース世界選手権MotoGPクラス。Hondaはこの最高峰の舞台に、4ストロークV型5気筒990ccのRC211Vで挑戦。このマシンは、デビューイヤーに全16戦14勝、翌年に15勝という圧倒的な強さでチャンピオンを獲得した。「乗りやすく、コントロールしやすい」最強のGPマシン、RC211Vで培った技術は、市販車にフィードバックされていく。

MotoGPマシンが求めた操縦安定性

240PS以上、145kg、330km/hオーバー。驚異的なパフォーマンスでグランプリの最高峰を戦うRC211Vのコンセプトのひとつは、誰が乗っても乗りやすく、コントロールしやすいことである。つまり、ライダーが欲しいと思う性能はすべてある。ライダーが欲しくないモノはすべて排除するという考え方。たとえば、過去のGPマシンは、強大なパワーに打ち勝ってタイヤをグリップさせるために、路面から容赦なく伝わってくる外乱を全身で抑え込みバイクを路面に押しつけていた。RC211Vでは、そんな苦労はまったく必要ない。圧倒的なパワーを持ちながら、そのパワーを効率良く路面に伝える。疲れない、開けやすい、バトルが負担にならない。最終ラップまでライダーの力を存分に発揮出来るマシン。RC211Vが求めた操縦安定性はそこにある。

RC211V

最適な形、ロータリーダンパーを研究

2003年型RC211V

2002年型RC211V

2003年シーズン以降、RC211Vには新しい方式の油圧ステアリングダンパーが搭載された。新形状のフェアリングのなかには、それまでの一般的な筒型のステアリングダンパーのように伸縮式ではなく、回転式のロータリーダンパーがセットされている。小型、軽量コンパクトで減衰機構がケース内部で完結しているので外部衝撃に強く、オイルチッピングや、熱ダレも少ない。回転軸を中心に制御用の部品などを取り付けやすい。新開発のロータリータイプステアリングダンパーには、安全性、機能性、将来性と、多くの可能性が秘められていた。

市販車へのフィードバックを見据えるRC211V

グランプリの最高峰MotoGPのチャンピオンマシンであるRC211Vが、一般市販車にもたらす無限の影響と技術的フィードバック。どんな人でも乗りやすいというコンセプトは、RC211Vで培った技術を市販車にどんどん投入していきたいとの意向にも基づいている。乗りやすくて高性能であることは、一般向けの製品にとっての理想でもあるからだ。そして現在、量産スーパースポーツマシンCBR1000RRには、ロータリーステアリングダンパーをさらに進化させた「HESD」が採用され、そのほかにもユニット・プロリンク・リアサスペンション、PGM-DSFIなどが採用されている。

量産車用 電子制御式ステアリングダンパーの開発

開発チームがまず取り組んだのは、ハンドリング特性および路面反力による操舵角変化の特徴を解析することで両者に要求されるステアリングダンパーの減衰力特性を見出すことであった。そして量産車に適用を前提として、二つの狙いが定められた。第一に、低速走行時の軽快なハンドリングを損なうことなく路面反力による外乱を低減すること。第二に、軽量・コンパクトであること。開発チームは、RC211Vで開発がすすめられたステアリングダンパー技術をベースに市販車に適応するための進化を図った。

実走行テストの評価と解析

開発チームは、まず軽快なハンドリング(操舵の重さ)や、路面反力による操舵角変化を数値化することから挑戦を始めた。低速時のハンドリング特性、高速時の路面反力による操舵角変化の解析を進めた開発チームは、次に目標とするべき減衰特性を求めた。軽快なハンドリングのための減衰力はどうあるべきか。路面反力による操舵角変化を低減する減衰力はどうあるべきか。そこから導き出されたのは、走行状況に応じて電子制御で減衰力を可変する、これまでにないステアリングダンパーを開発することであった。

制御機構の必要性

さまざまなテストを繰り返した結果、ステアリングダンパーの減衰力は、求める性能に応じて変化させなければならないことがわかった。従来のステアリングダンパーにも、手動操作を行なうことで減衰特性を変更することが可能なものはあるが、開発チームが目指したものは、各走行状態に応じて最適な減衰特性を発生させることであった。そのために、電子制御による自動制御機構を持った、世界初のシステムへの挑戦が新たに始まった。

目標最小減衰特性

軽快なハンドリングは、油圧ステアリングダンパーの発生減衰力を小さくすることで得られる。開発チームはステアリングダンパーの減衰力を段階的に高めながら、テストと解析を行ない減衰特性を設定していった。

目標最大減衰特性

高速時の路面反力による操舵角変化を低減するためには、大きな減衰力を発生させるステアリングダンパーが必要である。開発チームはステアリングダンパーの減衰力を段階的に高めながらテストと解析を行ない、路面反力による操舵角変化をより効果的に低減するための減衰特性を設定した。減衰力を増加させると、操舵角変化は低減する。また、操舵角と操舵角速度が小さい領域から大きな減衰力を発生させた方が、より効果的であることがわかった。

リリーフバルブ機構

目標最大減衰特性のまま、操舵角速度の上昇に合わせて減衰力を上げていくことは、ダンパー内圧を高め過ぎ、装置の大型化につながる。しかし、低い操舵角速度領域から適正な減衰力を与えることができれば、小さい減衰力であっても十分に路面反力による操舵角変化を低減できることが判明した。そこで、解放圧力を調整可能なリリーフバルブを設け、一定以上の圧力を逃がすことでダンパー本体のサイズ・仕様を最適化した。

制御パラメータ

ステアリングダンパーにより操舵が重くなるという現象は、低速走行においてより顕著である。これは走行速度が低くなるほど、ライダーが自発的に操舵角を大きく変化させて操縦するためである。その結果、操舵角速度は大きくなっていく。一方、路面反力による操舵角変化は、高速走行時および加速時に発生しやすい。これは、高速になるほど操舵系に入力される車体進行方向の荷重が大きいことと、加速時にはフロントタイヤの接地荷重が減少することによって発生する。 そこで開発チームは、「低速走行時には、軽快なハンドリングとするため減衰特性を低くする」・「高速走行時および加速時には、路面反力による操舵角変化を低減するために減衰特性を高める」という考え方を制御マップに取り入れ、減衰特性の制御パラメータとして車体速度・加速度を採用した。

HESDのシステムと制御

HESDの開発チームは、HRCがmotoGPマシンRC211Vで培った技術を継承し、発展させていった。HESDのシステムは、ステアリング軸上に設置されたコンパクトなロータリータイプ油圧ステアリングダンパーユニットと、ECU、センサーによって構成されている。

ロータリータイプ油圧ステアリングダンパー

ステアリングダンパーの減衰方式は、フリクション式・油圧式・電磁式がある。HESDには、各方式の特徴・特性を検討した結果、油圧式が採用された。油圧式ステアリングダンパーは、作動油の流動抵抗による減衰機構を持ち、速度に応じた減衰力を得ることができる。

システムとダンパー構成

制御部のECUは、車速センサーからの情報を基に、ダンパーに内蔵されるリニアソレノイドへの制御電流値を決定する。リニアソレノイドはメインバルブに取り付けられており、ECUにて決定された制御電流値に応じて押し付け力を変化させている。リニアソレノイドの採用理由は、車両の急加速や急減速時の作動応答性と、電流値変化に対してリニアな減衰特性変化を実現させるためである。

HESDの内部構造

構造

ダンパーボディは、ベーンで左右に仕切られる油室と制御油路から構成され、内部に作動油を充填。ダンパーボディは車体フレーム上に固定され、油室に配置されるベーンはリンクを介して操舵系に結合されている。

作動

操舵系とベーンは同一の回転軸を持ち、1:1で回転。ベーンが回転すると、左右の油室間を移動する作動油の流れが生じ、その際の流動抵抗が回転軸回りの減衰トルクとして操舵系に伝達される。

油路

制御油路は軽量化・コンパクト化を狙い、スペース効率の良い立体配管を採用。制御油路にはメインバルブ・チェックバルブ・リリーフバルブ・アキュムレータが配置されている。

  • メインバルブ:バルブ開口状態に応じて流動抵抗の大きさを変化させる。
  • チェックバルブ:メインバルブへの作動油流入を一方向に規制する。
  • リリーフバルブ:メインバルブと平行の油路に配置され、発生最大減衰力を制限する。
  • アキュムレータ:温度による作動油の体積変化が生じても、ダンパーの内圧を安定させるためのものである。

減衰特性の制御

流動抵抗の大きさは、ベーンの角速度とメインバルブの開口面積によって変化する。メインバルブの開口面積は、リニアソレノイドからの押し力とメインバルブでの発生圧力による戻し力の釣り合いによって決定する。

無通電減衰特性(バルブ全開放状態)

無通電時は、バルブ内のスプリングによりメインバルブを全開放状態にすることで目標最小減衰特性を実現。作動油の流動抵抗は主にメインバルブ部で生じ、操舵角速度に応じて増大する。

HESDダンパー作動図(メインバルブ開状態)

通電時減衰特性(バルブ閉鎖状態)

低い操舵角速度域では、リニアソレノイドの押し付け力に対して発生圧力による戻し力が小さいので、メインバルブは閉鎖状態を維持する。

HESDダンパー作動図(メインバルブ閉状態)

電子制御システム

きめ細やかでかつ作動応答性に優れたダンパーの制御性能を構築するために、電子制御システムを採用。ECUは車速センサー信号から車体速度と車体加速度を演算し、3次元制御マップによりリニアソレノイド制御電流値を決定する。制御電流値の増加に応じてダンパー特性は無段階に変化していく。

制御マップ

低車速時にはリニアソレノイド制御電流値を下げ、車速の上昇に応じて制御電流値を上げる。加速時には、その加速度に応じて制御電流値を上げ、減速時には等速時と同じ制御電流値とした。
HESDの開発によって確立できたことは、大きく3つあった。
  1. 速度・加速度に対する最適なステアリングダンパーの減衰力特性の把握
  2. 低速走行時のハンドリングを損なうことなく、高速走行時や加速時における安心感の向上
  3. 軽量・コンパクトな二輪車用電子制御式ステアリングダンパーを実現

テクノロジーHonda 電子制御式ステアリングダンパー HESD