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すべての人に安全を。

歩行者にとって本当に安全なクルマとはなんだろう? そんな思いを胸に、Hondaのエンジニアは、現実の世界で効果を発揮する歩行者保護技術の研究開発に力を注いでいます。 文 / 生方 聡 (モータージャーナリスト)

エンジニア・トーク マンガ版

POLAR III

ないものはつくる

——クルマと歩行者の事故を研究するために、HondaではPOLARという歩行者ダミー、つまり、実物大のモデル人形を活用していますね。これはHondaが最初に始めた取り組みということですが、自分たちで歩行者ダミーをつくってしまったというのは本当ですか?

「いま使っているのが3代目のPOLAR IIIです。初代が1998年、2代目が2000年の発表です。そして現在の第3世代は2008年に発表したものです」。

——すでに3代目ですか! そもそも歩行者ダミーをつくろうと思ったきっかけは?

「日本では交通事故での死者の3分の1が歩行者なんです。責任ある自動車メーカーとして何らかの手を打たなければならない…ということで、Hondaは1988年から歩行者保護の研究に着手しました。しかし当時は、まわりを見わたしても、研究のための道具が見つかりません。それなら自分でつくるしかない、とね」。

——なるほど、ないものはつくる。これぞHonda流ですね。

「法規や第三者機関による試験では、"インパクタ"というものを、止まっているクルマに決められた角度や速度でぶつけて傷害の程度を評価しています。頭は半球状、脚は棒みたいなものです」。

——ということは、頭と脚はつながっていないんですか?

「ええ、ばらばらです。でも、実際の事故では、歩行者はクルマに全身でぶつかる。まず脚が当たって、それからクルマに倒れ込むのです。そういう挙動は、インパクタを使った試験では再現されないんです。だから、事故のメカニズムをきちんと把握するには、全身のモデルがどうしても必要でした。試験に合格すればそれでいい…という考え方もありますが、やるからには実際の事故できちんと効果があるものにしたいんです」。

——Hondaにとって、法規で決められた基準は、あくまで必要最低限のレベルということなんですね!

進化する歩行者ダミー

——歩行者ダミーはどう進化してきたのですか?

「歩行者の死亡事故では、頭部の傷害で亡くなる事故が最も多い。そこで、ぶつかったときに歩行者の頭がどういう動きをしているのかを再現できるようにしたのがPOLAR Iです」。

——とにかく事故による死亡者を減らしたかったというわけですね。では、2代目は?

「POLAR Iにより、事故の際の歩行者の動きがほぼ忠実に再現できるようになった。そこで、次のステップとして、重傷にいたることの多いひざやすねの傷害を評価できるPOLAR IIを開発しました。さらに、現在普及が進んでいるSUVやミニバンとの事故では、腰や太ももに傷害が多く発生しているため、これらの部分が高い精度で評価できるダミーをつくりました」。

——それがPOLAR IIIなんですね! ところで、どのようにして歩行者ダミーを人間に近づけていくんですか?

「POLAR Ⅲの開発にあたっては、コンピューター上の人体モデルを使ってシミュレーションを行い、各部の動きを調べて、その特性を歩行者ダミーに反映させていきます。実は、Hondaの人体シミュレーション技術はとても高度で進んでいるんですよ」。

——それなら、シミュレーションだけで済むのでは?

「そういう意見もありますが、私たちとしては、バーチャルの世界だけではなく、現実の世界でも確かめたい。これもHonda流です。シミュレーションで多くの判断ができますが、歩行者ダミーを使った試験で最終的に確認できる、というのはとても心強いことです。そのためにも、歩行者ダミーを"メートル原器"にするんだ、という思いで改良を加えてきました」。

——歩行者再現の基準、ということですか。それは頼もしい! でもそれには、歩行者ダミーをかぎりなく人間に近づけなければなりませんね?

「そもそもダミーと人間とでは材質が違うわけですから、それを人間の特性にあわせていくのは簡単ではありません。その一方で、人間と同じになればいいのかというと、必ずしもそうではない。たとえば、人間の骨はある程度の力がかかると折れますね。じゃあダミーも骨折したほうがいいのか、とか」。

——そりゃ、人間に近づけたいなら折れるべきですよね?

「もしも、法規試験につかうためのものなら、『折れました、じゃあダメ』と判断できるので、そのほうがわかりやすい。しかし、安全なクルマを開発するうえでは折れないほうがいいんですよ」。

——えっ、それはどうして?

「骨が折れてしまうと、それ以上の力が伝わらなくなります。あとどのくらい衝撃を減らしたらよいかを判断するには、折れない骨にどのくらい衝撃が加わるかを知る必要があるわけです」。

——そうか、単に合否を判定するための道具ではなく、いかに傷害を抑えるかというのが、本来の目的ですからね。

開発にかける思い

——皆さんの開発した歩行者ダミーは、どんな役割を果たしましたか?

「歩行者ダミーによる試験やシミュレーションによって、歩行者事故を1000分の1秒単位で追うことができるようになり、人体のどの部分がどう変形するのかがわかってきました」。

——それはすごい! より安全なクルマをつくるためのベースが、ここにあるわけですからね。

「私たちの研究成果は、Hondaだけにとどまりません。たとえば、歩行者ダミーの脚部をベースにつくった単体のインパクタを、日本発の世界基準として現在提案しています。基準が変われば自動車メーカー全体のレベルが上がりますし、基準をグローバル化させることができれば世界全体でレベルアップできるわけですからね」。

——太っ腹! 安全に関する技術は独り占めせず幅広く、ということですか。これからも、クルマが私たちの大切なパートナーであるためにも!

「私自身は、人がどうしてケガをするのかを、人体モデルを使ったシミュレーションにより解明に挑むHondaに魅力を感じ、入社しました。どうしてケガをするかがわからなければ、ケガを減らすことはできません。この研究を通じてケガを減らすのが私の夢です」。

——それはクルマの乗員だけでなく、歩行者も同じですよね?

「クルマの中の人だけでなく、同じ道を通行する人も保護したいというのが私たちの願いです。私たちが掲げる"Safety for Everyone"とはそういうことなんです。そして、このエンジニアトークをご覧の皆さんが、歩行者保護に対するHondaの取り組みをお知りになったのをきっかけに、常に歩行者の存在を意識しながらハンドルを握ってくだされば、うれしいです」。

——長い道のりではありますが、皆さんの研究に期待しています!