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あえて困難な道を選んだからこそ納得のいく結果が生まれました。

アイドリングストップ中でもハンドルを軽く動かせたらいいなぁ……。 たとえカタログには載らなくても「運転をもっと快適にしたい」と願うエンジニアたち。彼らが辿ったのは、異例ずくめのルートでした。 文 / 生方 聡 (モータージャーナリスト)


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そのとき、皆の顔から血の気が引いた!

想定外の事実が明らかになったのは、N BOXの発売まで1年を切ったある日。N BOXの開発担当エンジニアたちが開発責任者(LPL)とともに、発売まもない他社の軽自動車を確認していたときのことでした。

「アイドリングストップ中にもかかわらず、パワーステアリングが利いたんです。そのときはじめて気づいた私たちは顔面蒼白。LPLからは『話が違うじゃないか。すぐに調べてください』と指示が飛びました」。

「あの瞬間のことは、いまでも忘れられません」というくらいですから、エンジニアたちが受けたショックはよほど大きかったのでしょう。それはそうと、たいてい電動パワーステアリング(EPS)を採用しているわけですから、エンジンが停止していても、その気になればパワーステアリングを利かせることなど簡単なのでは?

「理屈としては可能ですが、EPSでパワーアシストをしているときにエンジンを再始動するのは、状況によっては難しい。そこで、アイドリングストップ中はEPSによるアシストは行わず、ステアリングが操作されたら即座にエンジンを再始動させ、アシストする方法にしていました。ただ、このやりかたでは、ステアリングを切りはじめたときに操舵力が重く、途中でエンジンがかかると急に軽くなります。女性でも扱いやすいクルマを目指したN BOXとしては、正直この仕様では納得できなかったんですが、総合的にはやむなしと判断しました」。

それだけに、ライバルがつねにパワーステアリングを利くようにしてきたのは衝撃的だったというわけですね。さぞや悔しかったことでしょう。

「LPLの『すぐに調べてください』という言葉には、“Hondaが負けるわけにはいかない。N BOXでもやってやろうじゃないか!”という気持ちが込められていました。 そこで、私たちはEPSシステムの改良にとりかかるのですが……」。

転んでもただでは起きない

そうはいっても、発売まで1年を切っているわけですから、主要な部品を変更するといった、大幅な設計変更は難しいはずです。さてどうしようか……とエンジニアが悩んでいたときに、東日本大震災が発生します。栃木にある本田技術研究所四輪R&Dセンターは大きな被害に遭い、開発は一時停止。「すごろくにたとえれば、発売日という“あがり”が見えていたのに10コマ戻されたようなものでした」とエンジニアは語ります。そのうえ、オフィスも、会議室も、テストコースも、満足に使える状況ではなかったと聞きます。しかし、再スタートに向けて集まったとき、「気持ちは強く持っていこう!と皆で再出発を誓いました。外の桜が綺麗に咲いていたのを覚えています」。

時間は確実に過ぎ、発売日がどんどん迫ってく。そんななかでの解決策として、エンジニアのみなさんが選んだのは?

「時間的な制約もあり、アイドリングストップ中はEPSのアシストはしないまま、代わりにEPSのセッティングを調整することで、できるだけステアリング操作時の違和感を抑えるという方向です」。

上手くいきましたか?

「エンジニア3人がかりの渾身のセッティングでした。私たちとしては納得の仕上がりでしたが、試乗したLPLからは『これじゃない!』と一言。すこし間があって、『70点。これでは、すべてのお客さまを満足させることはできない」という判断でした」。

かといって、アイドリングストップ中にEPSでアシストするよう変更するのは、もはや時間的に困難な状況でした。やり直しを食らったエンジニアたちは、さらに検討を重ねましたが、不本意ながらLPLに“ギブアップ報告”をしたそうです。そのときのLPLの反応は?

「やはり時間の制約が大きく、変更はできませんと説明すると、『後から出すN BOXが、先行するライバルに負けるのは許されない』と返されました。そこでギブアップの理由を説明したんです。たとえばEPSの制御回路を変更するとしたら、設計変更やテストに時間がかかりますとね。するとLPLは『回路を変えて済むなら、変えればいいじゃないか。時間のリスクは私が背負うから、やるだけやってみろ』と。正直、大胆な判断をしてくれたLPLには驚きました」。

なんとも懐の深いLPLですね。こんな上司の下で働きたい! その期待に応える自信はあったのですか?

「まったく自信がなかったら、EPSの回路変更という解決策や、それにともなうリスクには触れなかったでしょうね。触れれば必ず突っ込まれますからね(笑)」。

ギブアップ報告といいながら、心のどこかに挑戦したいという思いがあったのかもしれませんね。転んでもただは起きないのがHondaのエンジニア!この報告を機にエンジニア達は、心機一転システムの改良に向けて新しい局面を迎えていきます。