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目指すは世界一のブレーキ

モーターでブレーキを動かせないか? 10年以上の月日を費やし、ようやく実用化に 漕ぎ着けた電動サーボブレーキ。エンジニアの前には数々の苦難が立ちはだかりました。 文 / 生方 聡 (モータージャーナリスト)

エンジニア・トーク マンガ版

モーターでブレーキを動かす意味

——ブレーキの仕組みをご存じですか? かいつまんで説明すると、ブレーキペダルを踏むと、その力が"マスターシリンダー"という装置で油圧に変わります。この圧力をパイプで各ブレーキに伝えて、ブレーキを動かすのです。ところが、Hondaのエンジニアは、まったく別のやり方でブレーキを動かそうと考えました。それはどんな方法?

「ブレーキを直接モーターで動かします」。

——ブレーキペダルを踏む力を電気信号に変え、それを基にブレーキに取り付けたモーターを直接動かしてクルマを止める。つまり、"電動ブレーキ"ということですね。

「そう、ブレーキキャリパーにモーターを直接つけてしまうんです。実際、S2000で試したら、ブレーキの動きがとてもダイレクトで素早くなりました。感激しましたよ」。

——そんなに違うものですか。そもそも、その発想はどこから生まれたんですか?

「ブレーキを意のままに操りたい、という思いからです。ブレーキペダルとブレーキが独立していれば、いろいろなブレーキ制御が可能になります。たとえば、ABSやVSAが動作してもドライバーに余計な心配をさせずにすむ、とかね。しかも、電動ブレーキなら素早くスムーズに制御できるのではないかと考えました」。

——なるほど、ペダル操作部とブレーキ動作部が独立していれば、いろいろなメリットがあるんですね。でも、ペダルとブレーキが油圧でつながっていないと、なんとなく不安じゃありませんか?

「当時の上司から、『電気がなければ止まれないじゃないか! バッテリーがあがったらどうするんだ? 電気がないと止まれないようでは開発は継続できない』といわれましたよ。バッテリーを3個載せるから大丈夫だと言い張りましたが、ダメでしたね(笑)」。

——私が上司でも、たぶん認めないと思いますよ(笑)。初期の段階から一緒に開発を続けてきたというエンジニアも、

「リーダーはもともと電気のエンジニアでしたから、"アブラは使いたくない"という気持ちがあったのかもしれません。油圧を使わなければ、油が漏れたり空気が入って効かなくなる、ということがありませんからね。でも、電気がなくなったらどうするんだ、という心配は私にもありました。S2000のときは、いざとなったらサイドブレーキを引くしかありませんでしたしね(笑)」。

——それがバレたら、バッテリーをいくら増やしても上司のゴーサインは出ませんね。

油圧は使ってもモーターは残したい

——では、プロジェクト存続の危機をどう乗り越えたんですか?

「じゃあ、つながっていればいいんだろうってことで、電気がなくなったときにバックアップする油圧システムを併設しました。実は、チームのエンジニア全員がブレーキのオール電化に肯定的ではなかったんです。しかし、あいだに油圧を入れることにより、彼らの否定的な意見も肯定的に変わりました。これはうれしい副産物でした」。

——もちろん、上司の承認も得られたわけですよね!

「『これならやろう!』という話になりました」。

——めでたし、めでたし。でも、ブレーキを直接モーターで動かすというアイディアは、この時点で諦めざるをえなかった?

「ええ。ただし、油圧を使うにしても、モーターによって意のままにブレーキを操る、というコンセプトは変えたくなかった。そこで考えたのが、この構造です。ブレーキ動作部にモーターとギアとボールねじを入れ、その先に普通のブレーキ用のシリンダーを設けて油を吐き出すようにすると、モーターで自在にブレーキがコントロールできるんです。しかも、いざというときにはペダル操作部の油圧をブレーキ動作部に伝えられるので、電気がなくても止まれるんです」。

——これならコンセプトは生かせますね! ペダル操作部には、ペダルを踏む力を電気信号に変えるセンサーに加えて、マスターシリンダーを搭載。ふだんは、ブレーキ動作部に油圧を伝えず、代わりに、コンピューターがモーターをコントロールしてブレーキへの油圧をつくり出します。これなら、制御の自由度は大きく向上しますね。そして、いざというときには、マスターシリンダーの油圧がブレーキ動作部に伝わるのでクルマが止まるというわけですか。意外にシンプルなんですね。Hondaらしい、ユニークなシステムだと思います。

「電動の良さがあるうえに、安心感もある。しかも、他社がやっていない。Hondaの独自のスタイルが手に入るので、これでいこうってね。でも、この発想が生まれてからも、苦労の連続でした。はじめての技術でしたから、つくってみないとわからないことばかり。試行錯誤の連続でしたね」。

——そんな皆さんの苦労が実って、実用化への道を歩み始めますが……。