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風を操るプロフェッショナル

魅力的なデザインと高い性能を両立させるために、日々奮闘する空力エンジニア。 彼らが目標を達成するための方法、そして、そのやりがいに迫ります。 文 / 生方 聡 (モータージャーナリスト)

エンジニア・トーク マンガ版

空力ってなに?

——クルマの開発のなかで空力(くうりき)という性能が大切なのはなんとなくわかるんですが、そもそも、皆さんが担当している空力とは何ですか?

「クルマが走ると空気によって力を受けます。クルマが進む向きと反対に働く"抵抗"、クルマに垂直に働く"揚力(リフトとダウンフォース)"、そして、横から働く"横力"です。この力を最適な状態にするのが、私たち空力エンジニアの仕事です」。

——なにやら難しそうな仕事ですね。空力が良くなると、どんなメリットがあるのでしょうか?

「環境問題がクローズアップされているいまの時代には、空気抵抗を低減するのが私たちの大きな役目です。たとえば、向かい風のなかランニングするのは大変ですよね? クルマも高速で走るときには同じことがいえるんです。なんとか正面から受ける力を減らして、ほんのちょっとの燃料でたくさん走れるようにするのが、空力の役目です」。

——そういわれるとよくわかります! リフトとダウンフォースは?

「ドイツのアウトバーンなどを高い速度で走ると、クルマがふらつくことがあります。その原因のひとつとして、空気の力でクルマが浮いてしまうことが考えられます。これがリフトです。タイヤが路面を捉えるためにはこのリフトを小さくすることが必要です。さらに、空気の力でクルマを路面に押しつけて、タイヤのグリップを高めるのがダウンフォースです。F1ではこのダウンフォースが速さに直結します。F1の性能はほぼ空力で決まってしまうといっても過言ではありません」。

——そんなに重要でしたか! いきなりF1の話題で興奮してしまいましたが……

「私はF1のエンジニアになりたいと思ってHondaに入社しました。そして、念願が叶いF1の空力を担当したんですよ。2009年のブラウンGPのマシーンに採用された"ダブルデッカー ディフューザー"は実は私のアイデアです。日本とイギリスのスタッフと共に形にしました」。

——そうでしたか! あのディフューザーが快進撃の原動力でしたからね。

空力は風洞とコンピューターで磨かれる

——ところで、空気の流れは見えませんが、どうやって空力性能を高めていくんですか?

「コンピューターによるシミュレーションと、施設の中で風を発生させて実際の走行を模擬する風洞テストによって空力を確認します」。

——なるほど、2本の柱があるんですね。シミュレーションと風洞テストの使い分けは?

「空力の開発を風洞テストだけで行うと、準備を含めて時間がかかりますし、そもそも"クレイモデル"などができていない段階では風洞テストはできません。その点、シミュレーションなら、初期のスケッチをもとにコンピューター上にモデルをつくった段階から、空気の流れを把握することができるんです」。

——まずはバーチャルの世界で捉えようということですね!

「しかも、私たちのシステムは、速さと使い勝手の良さが自慢です。シミュレーションというと専任のシミュレーション担当者がいて、エンジニアからデータを受け取り、データを入力して計算が始まります。それから何日か後に結果が出て、それをさらに処理してエンジニアに戻す、というのが一般的です。しかし、Hondaのシステムは、ボタンを押せば数時間で結果が出ます。そのうえ、専任の担当者が不要で、一般のエンジニアでも、あるいはデザイナーでも、手軽に使えるようプログラムされています。見たいときにすぐに見ることができるという点ではHondaのシステムには大きなアドバンテージがありますし、また、専門のエンジニアを含め、空力に対する理解が深まるという意味でも重要な役割を果たしているんですよ」。

——開発時間の短縮にも貢献しているんでしょうね。そうなると、風洞テストはそれほど重要ではない?

「いいえ、いまでも風洞テストが重要なことに変わりはありません。風洞のほうがより正確に空力性能を把握できるんです。シミュレーションは現物がないときにおおまかな方向性を判断するのに生きてくる手段ですから」。

——確かに、風洞テストの意味が薄れるのであれば、こんな立派な風洞をつくる必要はないわけで……。直径8mのファンには圧倒されました。ここでは時速何キロのテストができるんですか?

「時速200キロです。壁や天井を移動させれば時速288キロまでテストが可能です」。

——レーシングカーでも大丈夫ですね! ところで、自動車メーカーの資料などで、煙を流してテストする模様をよく見かけますが、やはり、そうやって空気の流れを見るんですか?

「煙はあまり使いませんね(笑) 車体表面に流れが見えるようなものを塗ってみたり、タフト(毛糸、気流糸)をつけたり、また圧力計測などをすることで捉えるんです。なによりも重要なのが、クルマに働く力の計測です。ここの風洞は空気の流れにあわせて床のベルトが動くタイプですが、そのベルトの下に天秤が仕込んであって、空気を流したときにクルマにどれだけの力を及ぼすのかが計測できます」。

——そのために、これだけ大がかりな施設が必要というわけですね。計測するモデルの大きさは?

「ここは実車が計測できる風洞です。Hondaはこのほかにも実車風洞を持っていますが、デザインを決めるためには通常4分の1のモデルを使います。ある程度デザインが決まったところで、1分の1のモデルをつくることもあります」。

——そしてこれがその4分の1のモデルですね。何ですか、このエンジンルームは!

「高い精度で風洞テストを行いたいときには、このようにエンジンルームの中まで細かくつくり込むんですよ。空力は形に依存するものですから、ラジエターグリルなどの開口部が埋まっていては、正確な空気の流れが模擬できません。さらに精度を高めたいときには、1分の1のモデルでエンジンルーム内を忠実に再現することもありますね。空力はクルマ全体に対する空気の流れで決まるもの。実際のクルマには、フロントなどにたくさんの開口部がありますし、そこからエンジンルームに風が入ります。床下にはエキゾーストパイプや凹凸のあるフロアあります。なので、たとえば、エンジンルームになにもないモデルで最適なルーフの角度を決めたとしても、それが意味を持つとは限らないのです」。

——1+1が2にはならない……。なんとも難しい世界なんですね。