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スマート水素ステーション(SHS)

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Power Creatorが実現した小型水素ステーション

Part1 新発想の高圧水電解システム

コンプレッサーを使わずに高圧水素をつくる「Power Creator」。Hondaの技術力を結集し実現した差圧式高圧水電解システムの開発は、350気圧(以降35MPa)という未知の領域への挑戦でした。

夢は水だけで走るクルマ

第1次スマート水素ステーション(SHS)
アメリカ・ロサンゼルス

スマート水素ステーションの構造

主任研究員の中沢孝治

差圧式高圧水電解スタック

差圧式高圧水電解の仕組み

水素で走る燃料電池自動車が普及するには、クルマに水素を充填する水素ステーションが必要です。Hondaは大型の商用ステーションがない場所でも燃料電池自動車が利用できるようにと、1998年頃から比較的小型の水素ステーションの研究開発に取り組んできました。

「事の始まりは“フルクローズドサイクルビークル”という発想です。太陽光発電の電力で水から水素をつくり、その水素で走る燃料電池自動車。水を補給すれば走り続けることができる夢のクルマです。しかし、実際に計算してみると、限られた面積のソーラーパネルでは発電量が少なすぎて、ほとんど水素ができないことがわかりました。それなら、水素をつくる部分をクルマから独立させて研究を進めようということになり、小型水素ステーションの研究が始まりました」(主任研究員 中沢孝治)

Hondaは、2002年、アメリカ・ロサンゼルスで小型水素ステーションの実証実験をスタートしました。太陽光発電の電力で水を電気分解し、得られた水素を必要な圧力まで高め、タンクに蓄えるというものです。

「水を電気分解する部分を“スタック”と呼びますが、その設計に着手し、2003年にはHonda製のスタックで実証実験を開始しました。Hondaは、水素と酸素を化学反応させて電気を取り出す燃料電池を自社で開発していますが、水電解は燃料電池とちょうど逆の反応なので、技術はとても近く、電解質膜といった構成パーツもほとんど同じです。そこで、燃料電池技術を水電解スタックの開発に応用しました」(中沢)

しかし、実証実験では効率という課題が浮き彫りになりました。

効率よく水素をつくるために

「太陽光発電の電力を使って水素を製造・貯蔵する過程で、約半分がロスとして失われていました。最も大きかったのが機械式コンプレッサーによる損失です。当時は常圧水電解スタックと呼ばれるものを使っていたため、得られた水素を小型のコンプレッサーを使って昇圧する必要がありました。約2割のエネルギーがこの昇圧のために消えていたのです」(中沢)

そこで注目したのが、高圧水電解という方法です。

「水の電気分解では、電解質膜に電気を加えると片側から水素が、もう一方から酸素が発生します。ここで、水素の出口に高圧のタンクを設けておくと、電気をかけ続けているあいだ、発生した水素によってタンクの圧力が徐々に上がり、コンプレッサーを使わなくても高圧になる……というのが高圧水電解です。原理はとてもシンプルで、考え方は昔からありましたが、誰も実用化できずにいました」(中沢)

これまで実用化の壁になっていたのは、電解質膜に生じる圧力差が大きいことでした。水素側が35MPa、もう一方が大気圧の1気圧とすると350倍の圧力差が生じます。

「電解質膜の厚さは約200ミクロン。髪の毛と同じくらい薄い樹脂です。このラップフィルムみたいな樹脂が果たして350倍の圧力差に持ちこたえられるだろうか、という心配はありました。その一方で、水分解スタックとコンプレッサーを高圧水電解技術でひとつにできたら面白いなと思ったのです」(中沢)

高圧に耐える保持構造を求めて

電解質膜の片側が高圧に、もう一方が常圧になることから“差圧式高圧水電解”と呼ばれるこの方法。その実現可能かどうかを見きわめるために、まずは電気をかけない状態で、水分解セルの耐圧試験を行いました。

「とにかく試してみようというのがHondaのやり方ですから。常圧水電解セルで用いていた電解質膜と給電体を使用し、周囲の構造部品のみ耐圧設計したセルで耐圧試験を行ったところ、意外に持ってしまったのです(笑)。目標は35MPaの3〜4倍でしたが、試してみると25MPaくらいまで上がったところで電解質膜が破れました。もう少し頑張れば、あと10MPaくらい上げられるのではないか。そんな期待を抱きました。もし、これが1MPaくらいで破れていたら、話は違っていたでしょうね」(中沢)

高圧水電解スタックの設計を担当した針生栄次

高圧水電解スタック内部構成

電解質で生じる圧力差を保持する電極構造

差圧式高圧水電解スタックにおけるピストンの働き

こうしてスタートした差圧式高圧水電解スタックの開発。前例がない技術だけに、エンジニアはどんな不安を抱いていたのでしょうか?

「薄い電解質膜で大きな圧力差を支えるのは、常識で考えると難しいということになるでしょうが、大学では化学工学を専攻していた私には、材料力学などの機械設計の知識が無かったため、その難しさが当初認識できずにおりましたので、とにかく設計するんだという気持ちで開発を始めました」(高圧水電解スタック担当エンジニア 針生栄次)

しかし、実際に開発が始まると、最初のうちは失敗の連続でした。

「Honda独自の構造ですから、どこにも手本がありません。設計のやり方や必要な要件も一から自分たちで考えなければなりませんでした。しかし、試行錯誤を重ねるうちに、多孔質体である給電体の表面に存在する微細な穴形状と電解質膜の厚みや機械的物性に大きな関連があることがわかってきました」(針生)

そこで針生が取り組んだのが、耐圧構造の数値化。構造部には水を供給するための穴があけられていますが、この穴の大きさや深さと耐圧性能に何らかの関係があると睨んだのです。

「多孔質体の穴形状と電解質膜の変形・伸びをモデル化し、それを確認するための試験を行ったところ、保持されると想定した形状では破れず、逆に破れると想定した形状では破れたのです。これにより、電解質膜の物性と穴形状の関係が明らかにになり、電解質膜を守る差圧保持構造が数値で管理できるようになりました。この設計に加えて、セル全体およびスタック構造部品に耐圧容器設計をすることで、安定した耐圧構造を有する高圧水電解スタック設計が可能になりました。 」(針生)

高い圧力差に耐えられる構造が見えたとはいえ、実際に電気をかけてみると次々と課題が表面化します。

「たとえば、200ミクロンほどの薄い電解質膜でも、圧力が加わると微妙に潰れるのです。そこに隙間ができてしまうと電気が供給されにくくなるので性能が落ちます。そこでバネを使って電極を電解質膜に押しつけるようにしました。最初は皿バネを複数使っていましたが、現在は酸やアルカリに強い特殊なチタンで専用のバネをつくり、それ1枚でセル面内全体に均等な荷重を付与する構造とすることでコストの低減と薄型化が達成され、厚さ6mmというHonda独自のセル構造が実現できたのです」(中沢)

こうした工夫により、耐圧性の高い高圧水電解セルができあがりました。これを複数積み重ねることで目標となる35MPaを達成するのが差圧式高圧水電解スタックです。

「スタックの内部に高圧の水素が発生すると、その膨張力によって内部の部品を引き離そうとする力が加わります。その荷重を押さえつけるために、発生した水素を使って駆動するピストンをスタックの端部に配置しました。この構造によりスタック内部の圧力によらず、複数の部品によって構成されているセルが常に一体化されるのです」(針生)

Part2 圧力や水、水素との戦い

Power Creatorの中核技術である「差圧式高圧水電解スタック」。その完成が、SHSを創るうえで、さまざまなメリットをもたらすことがわかってきました。

水電解スタックに徹底的に向き合う

「差圧式高圧水電解スタック」が完成したことで、機械式コンプレッサーを使用せずに高圧の水素をつくることができるようになりました。これによって、コンプレッサーによる電力ロスがなくなるとともに、小型化をもたらしました。

「コンプレッサーがなくなったことでシステムを簡素化することができました。さらに、化学的に水素をつくるぶんには音がありませんから、高い静粛性が実現できるのです。高圧水電解は水素の除湿という点でもメリットがあります。燃料電池自動車に供給する水素は、ISOの基準でその水分量を5ppmまで減らさなくてはなりません。常圧水電解の場合、その水分量は1万ppmくらいあって、これを除去するには多くの熱エネルギーが必要でした。ところが、35MPaの高圧にすると、その量は100ppmくらいになり、そこから5ppmまで下げるための昇圧コンプレッサの削除と除湿機エネルギーの低減の両方で消費電力を1/4まで削減できたのです」(中沢)

とはいうものの、高圧の水素から水を除去するには、独自の技術が必要とされました。

システム設計を担当した吉田哲也

製造水素乾燥工程

「高圧の状態で気体の水素と液体の水が共存する状況というのが、このPower Creator特有の状態で、なかなか他では例がありません。そこで、水を回収するのに高圧気液分離器を用いました。発生した水素をこの容器に通すことで、重力により気体と液体が分離して水が溜まります」(システム設計担当エンジニア 吉田哲也)

問題はこの水をどのようにして容器から抜くか、ということでした。

「単純にバルブを開けてしまうと、容器内部は35MPaという高圧ですので水だけでなく高圧の水素まで流出し、一気に圧力が下がってしまいます。高圧水素の圧力を維持しながら、水をゆっくり排水しないといけないのです。そこで当初は、複数の減圧弁を使用し、段階的に圧力を下げながら排水することを試みました。すると、圧力が低下する過程で水に溶け込んでいた水素が発泡して、減圧弁内の非常に狭い流路隙間を通過するときにその表面を傷つけてしまい、最終的には減圧弁が機能しなくなりました。」(吉田)

そうなると、何か別の方法を考えなくてはなりません。

「狭い隙間を通すからそういうことが起きてしまう。それなら、広いところを通せばいい。ただ、広いところを通すと、圧力が一気に低下してしまう。なんとか圧力を維持したまま、少しずつ排水する方法はないかと考えました。最終的には小口径の長い金属の管を通過させることでゆっくりと圧力を下げ、金属の内壁を傷つけないようにしました」(吉田)

ただし、材料の選択に悩ませられることも。

「Power Creatorでは、圧力が1MPa以上の高圧水素を扱うため、高圧ガス保安法によって高圧水素が流通する部分に使用可能な材料が規制されています。世の中には小口径の微細管はありますが、発泡する水素水を排水する目的に使うためには規定の材料で製作する必要がありました。」(吉田)

制御を担当した武内 淳

空冷の冷却装置の見取り図

ところで、Power Creatorで水素をつくるには水が必要です。

「水を電気分解して水素をつくるだけに、高圧水電解スタックが効率よく働くよう、水のコンディションを整える必要があります。そのため、供給された水道水を濾過して純水にしますが、初めのうちは純水を製造する過程で3分の2くらいの水道水を捨てていました。そこで、効率よく純水をつくる装置に替えたり、排水を再利用するなどして、純水を製造するための水の使用量は以前の6分の1程度となっています」(制御担当エンジニア 武内 淳)

さらに、高圧水電解スタックの冷却方法を変えることで水を節約したといいます。

「スタックは自己発熱しますので、一度きれいにした純水を冷却も兼ねて循環させています。スタックで温められた水をそのままにしておくと、どんどん温度が上がってスタックにダメージを与えかねません。以前は水道水を使って冷却していましたが、いまは空冷の冷却装置を使うことで、水を節約するとともに、純水を適切な温度に保っています。結果、トータルとしての水の使用量を以前の10分の1以下に減らしています」(武内)

あらゆる場所での水素供給を可能に

Power Creatorとともに、水素タンクや燃料電池自動車に水素を充填するディスペンサーなどを、幅3280mm、奥行2140mm、高さ2100mmの10フィートコンテナのサイズにパッケージ化したのが最新のスマート水素ステーション(SHS)です。このサイズの実現は、Power Creatorの小型化だけではなし得ませんでした。

「たとえば、SHSのような小型水素ステーションを、大型ステーションを手がける会社が創ると、制御盤だけで冷蔵庫の倍くらいのスペースを取るのですが、HondaにはクルマのECU技術があるので、制御盤の小型化が可能でした。HondaのSHSがコンテナサイズに収まるのは、そういった理由もあるのです」(武内)

さらに、規制緩和に向けた働きかけも行いました。

システムテストを担当した長岡久史

「Hondaが2010年、Power Creatorを用いたSHSを日本に設置したときは、設置に広大な面積が必要で、蓄圧器との間に壁を設けるといったことも必要でした。当時は小型水素ステーションという概念がなく、大型の商用ステーションと同じ基準でSHSを設置しなければならなかったからです。そこで、まずは大型ステーションの法規に合わせるところから始め、関係する省庁や団体に対して規制緩和を働きかけました。これにより、高圧水電解や小型水素ステーションの基準づくりが動きはじめ、現在では多くの場所に簡便に設置できるようになりました。もし、従来のままの規制なら、SHSの設置にはガソリンスタンドほどの広大な敷地が必要だったでしょうね」(システムテスト担当エンジニア 長岡久史)

もちろん、安全性の確保には万全を期している。

「高圧の水素というと、どうしても危険というイメージがあるので、万が一ある部品が壊れてもそれをバックアップする対策を用意して、絶対に水素漏れが起きないようにしています」(長岡)

このような努力により、大型の商用ステーションを補完する役割を担うことが可能になったHondaのスマート水素ステーション(SHS)。

設置に必要な敷地イメージ

「開発の苦労話は尽きませんが、実証実験から商品という段階に移行できたのはうれしいですね。SHSによってまずは水素社会を点で広げて、最終的には面にすることが次の目標です」(中沢)

水素エネルギー社会の実現はHonda、そして、Hondaエンジニアの夢といえます。

「私はHondaに入社する前から、化石燃料に依存した社会に疑問を抱いていました。入社時の配属希望は燃料電池自動車の開発でしたが、縁あって水素エネルギー社会に直接的に関わるプロジェクトに携わることができました。最終的には化石燃料から脱却したCO2フリーの社会を実現するのが長年の夢ですから、それを目指してこれからも頑張りたいと想います」(長岡)