「電動車両にはクルマ自体にたくさんの電気を貯める能力、あるいは発電する能力があります。一方、クルマというのは実は停まっている時間が長い。そこで止まっているときに、クルマから電力を取り出して電気機器が使えるようになれば、クルマを“走る電源”として活用できる。クルマの新しい価値が生み出せると考えて開発を始めたのが外部給電器でした」(開発責任者 江口博之)
「Hondaは、1965年からガソリンエンジンを動力源とした小型発電機を手掛けてきました。今では世界中のお客様に仕事や生活のさまざまなシーンでお使い頂いています。これまで培ってきたノウハウを活かし、高品質な電気を、使い勝手のよいかたちで供給したい、という想いをもって外部給電器の開発を進めてきました。」(江口)
「日本の法規制では、車両からの出力が10kVA以上の場合それを扱うには資格が必要です。9kVAというのは、一般の人が容易に使える最大の出力ということになります」(江口)
「当然のことですが、クルマに積む必要があります。クラリティ FUEL CELLのトランクに入るサイズに収めることが絶対条件でした。さらに、運びやすさを考えると軽くなければなりません」(江口)
「当初の図面上の見積もりでは、幅も大きさもオーバーしていて、トランクを閉めようとすると干渉してしまうほどでした。また当初は65㎏ありましたが、労働基準法の指標を参考にすると、大人2人で持ち上げるには最低でも60㎏まで軽量化するべきと考えました」(研究担当エンジニア 小松貴如)
「今回、コンバーターの基板を折り畳むように2枚に重ねることで小型化しました。また、この基板の隙間をモールド材で埋めずに済んだことから、そのぶん軽くなったのです」(電装担当エンジニア 船木美帆)
「コンバーターを小型化したおかげで2階建ての配置が可能になり、全長が短くできたのです。コンバーターのアルミケースを小さくできたのも小型化に寄与しています」(小松)
「Power Exporter 9000では、コンバーターとインバーターを合わせた重量が全体の約半分を占めています。今回はコンバーターを3個使っているので、1個あたり数100g軽くなれば、大幅な軽量化ができます。実際、コンバーターだけで約1.5㎏の軽量化を達成しています」(電装担当エンジニア 津野康一)
「とにかく冷却ファンを使って冷やさないといけないのですが、ファン1個で400gくらいありますし、消費電力や静寂性のことも考えるとファンの数は少ないほうがいいです。どうやったら効率的に冷やせるのか、その方法を見つけ出すのに苦労しました。一番発熱するのがインバーターで、とにかくここを積極的に冷やしたい。またインバーターに比べると発熱量が少ないけれど、発熱部が両面にあるコンバーターもまんべんなく冷やしたい。そこで、インバーター側から2個のファンで空気を吸い込み、コンバーター側の2個のファンで空気を押し出すという方法を採りました。ファンの位置を互い違いにすることで効率的な風の流れになると気づいたときは「あっ、これだ!」と思いました。ファンを4個で済ませることが出来たおかげで、音響パワーレベルLWA57dBという低騒音を実現できたのも成果の1つです。クラリティ FUEL CELLとPower Exporter 9000の組み合わせは、発電機とまったく違った、静かでクリーンな電力を供給できます」(小松)
「軽量化のために、持ち運びのためのハンドルや車輪を廃止しようという意見がありましたが、軽量化につながっても、運びにくいのでは意味がない。そこは絶対譲れないところなので、ハンドルや車輪を外すことは断固反対しました」(小松)
「軽い素材を使うことは、すでにエンジン発電機で実績があります。ハンドルにはアルミ材を使いました。ハンドルは動くようにできていて、途中で止まるのですが、部品が増えないよう、フリクションで止まるような機構とすることで軽量化に配慮しました。また、樹脂製の車輪を選ぶことで重量増を抑えました」
(設計担当エンジニア 進正則)
「設置するときは車輪ではなく、4つのマウントで支えています。車輪2個とマウント2個の組み合わせでは、マウントが浮いてしまった場合に本体が動いてしまいます。また、車輪4個で支えると、ロック機構が必要になり、さらに大きく重いものになってしまうのです。車輪の取り付け位置にも工夫があって、車輪の中心を接地するラインよりも上にすることで全高を下げ、相対的に低重心を実現しました。これにより運ぶときにも安定性が高まるのです」(進)
「この規格に適合すればHondaだけではなく、規格に従って外部給電機能を備えた他メーカーの電動車両からも電気を取り出して使えるようになります。Power Exporter 9000はこの規格を取得した世界初の外部給電器です」(江口)
「そのため、Power Exporter 9000の開発は、事実上ガイドラインを解釈するという作業と並行しておこなわなければなりませんでした。ガイドライン自体も最初のものは記載内容があいまいで、適合性を確認しながら設計を進めても、途中でガイドラインが変更になることがありました。また外部給電器の検定基準がない状況下での開発でしたが、最初に検定を受ける私たちが検定基準の運用第一号となったため苦労は大きかったです。」(津野)
「実はクルマ側にはガイドラインがあっても、基準や検定はありません。つまり、クルマがガイドラインに適合しているかを第三者機関が確認するわけではないのです。そのため、我々のPower Exporter 9000とクルマをつないで確認することが必要になります。実際につないで動いたときには、それが自信になりました」(津野)
「交流電源の波形の乱れは、蛍光灯のちらつきや電子機器が動かないといったトラブルにも影響します。Hondaは1996年に正弦波を出力するインバーター発電機を発売して以降、お客様の声やご要望に応えながら、よりきれいな電気をご提供できるよう技術を重ねてきました。」(江口)
「ノイズの影響でラジオを聴くことができないとなると、いざ緊急時に使うような場面で重要な情報が得られない恐れがあります」(船木)
「LLC電流共振では2つのコイルと1つのコンデンサをつかって直流の電圧を変換します。電気自動車用充放電システムガイドラインV2L DC版では、クルマからの電圧は150Vから450Vと幅広く、これに対応できる手段の1つが「LLC電流共振」という方式でした。」(船木)
「コンバーターというのはスイッチングノイズが出やすいのですが、LLC電流共振では電圧がゼロになったところでスイッチングを行うのでノイズが抑えられます。おかげで、ノイズを除去するためにフィルターやフェライトコアが少なくて済み、軽量化にも寄与しています」(津野)
「まだ実証実験の段階ですが、鳥取大学医学部付属病院協力のもと、緊急時の携行用医療機器とのマッチング試験を行いました。それに先立ち、担当医師には商用電力とPower Exporter 9000の電気をオシロスコープで見比べてもらい、Power Exporter 9000の正弦波が商用電力同等にキレイであることを確認し、携行用のX線透過装置除細動器やエコーといった医療機器をつないでチェックしたところ、すべて問題なく動いたのです。こうした医療機器は、現在の法規制のもとにおいて、医療機器用のJIS規格を満たした電源をつかうことになっています。私たちはいざ災害が起きたときに人の命を救うことに役立てたらという想いからの実証実験を行いました。」(津野)
「以前被災地を訪れたとき、何が一番必要かと尋ねたら、灯りという答えが返ってきました。屋内の避難所の中で火を焚くわけにはいきませんから、灯りをともすためには電気が必要です。この灯りが安心につながるというのです。Power Exporter 9000が灯す照明が、安心につながればいいなと考えました」(小松)
「今回このPower Exporter 9000をうみだしたことで、今後もHondaとして、世の中の役に立つ製品を創造していきたいと思います」
(船木)