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クラリティ FUEL CELL パワートレイン

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5人乗りセダンパッケージに明日への希望をこめて

Part1 キャビンからフロントフード下へ

燃料電池自動車としては世界で初めて5人乗りセダンパッケージを達成したクラリティ FUEL CELL。その実現には、燃料電池パワートレインをフロントフード下に収めることが、どうしても必要でした。

燃料電池スタックをフロントフード下に搭載せよ!

E-Driveの設計を担当した河﨑輝明

燃料電池スタックのテストを担当した小此木泰介

2セル冷却構造

ガス流路幅の縮小化

セルの厚さ比較

2008年にリース販売を開始したFCXクラリティ。そこで得られた数多くの経験を生かして登場したのがクラリティ FUEL CELLです。新しい燃料電池自動車を開発するにあたっては、走行性能を向上させるだけでなく、セダンとしての魅力を高めることが目標になりました。

「このクルマを創るうえで目指したのは、できるだけキャビン空間を大きくして、5人乗りのセダンパッケージを実現することでした。従来モデルのFCXクラリティは、キャビン中央のセンタートンネルに燃料電池スタックが置かれていたため4人乗りになり、乗員に窮屈な思いをさせてしまうことがありました。そこで、燃料電池スタックをフロントフード下に収めようと考えたのです」(E-Drive担当エンジニア 河﨑輝明)

そのため、燃料電池パワートレインはV6エンジンと同等のサイズに小型化する必要がありました。しかし、

「開発の初期段階では、モーターの上に燃料電池スタックとFCVCU(FC昇圧コンバータ)を積み上げようとすると、フロントフードが閉まらないどころか、前が見えないくらいの高さになることが判明しました。そんな絶望的な状況から、私たちエンジニアは、燃料電池スタック、水素/空気供給システム、FCVCUの小型化に突き進んでいったのです」(河﨑)

フロントフード下への搭載を実現するには、その燃料電池スタックをさらに小型化することが必要でした。

「Honda の燃料電池は、セパレータと呼ばれる3 枚の金属板と発電部である2枚のMEA(膜電極接合体) で1 つのユニットを構成しています。つまり、1 ユニットに2 つのセルが含まれていて、セルごとではなく、ユニットごとに冷却構造を持たせることで、小型化を図ってきたのが特徴です」(燃料電池スタック担当エンジニア 小此木泰介)

「とにかく燃料電池スタックを小さくしないとフロントフード下には収まりません。そこで、セル数を削減することはできないか?さらにセル厚みを低減できないか?を考えました」(小此木)

水素と空気中の酸素をMEAと呼ばれる部分で化学反応させて、電気を取り出すのが燃料電池の“セル”です。これを積み上げて、必要な電力を供給するのが“燃料電池スタック”。セルの出力を上げることができれば、少ないセル数で同じ電力が得られるので、燃料電池スタックの小型化を図ることができます。
その鍵を握るのが生成水の処理。燃料電池のセルでは水素と酸素の反応によって、MEAの酸素極側に水が生成されます。この生成水をうまく排出できれば空気が流れやすくなり、発電性能が向上します。

「従来の構造では、空気の流路を形成するセパレータがMEAに面しているあたりに生成水が溜まりやすく発電部にガスが行き渡らなかった。そこで新しいセルではここに水溜まりができないよう、流路を狭めることで生成水を排出しやすくし発電性能を向上させました」(小此木)

こうした工夫により、1セルあたりの発電性能が1.5倍になり、その結果セル数を30%削減することができるようになりました。
さらにフロントフード下に搭載するために、構造を進化させています。

「従来モデルの燃料電池スタックは発電性能を高めるために、加湿量を多くしていました。そのため生成水の一部が凝縮して流路に多く存在することになり重力を使って下に排出できるよう、セルを縦長のレイアウトにし、水素と空気も上から下に平行に流す構造としていました。新型では、MEAの改良に加えて、水素と空気を対向に流す構造をとることで、発電面の湿度分布を均一化し、加湿量の低減を実現しています。あえて重力を使わなくても生成水を凝縮させずに排出できるようになり、燃料電池スタックを従来モデルの縦長レイアウトからフロントフード下に搭載するのに最適な横長レイアウトにすることができました。」(小此木)

凝縮水の低減はセルの小型化にも貢献しています。

「凝縮水を低減したことでガス流路を効率よく使えるようになりました。従来モデルに対してガス流路を浅くすることが可能となり、従来に比べて20%薄い、セル厚み1mmを実現することができました」(小此木)

セル数の削減に加えて、20%セル厚みを減らしたことで、燃料電池スタックを33%小型にすることができたのです。しかし、新たな課題も生じました。

「ガス流路が細く浅くなったために、セルに空気を供給しにくくなったのです。そこで、これまで以上に高い圧力で空気を燃料電池スタックに送り込むエアコンプレッサーが、どうしても必要になりました」(小此木)

Part2 小型化を支えた技術

スタックの小型化だけでは燃料電池パワートレインをフロントフード下に収めることは不可能。エアコンプレッサーや駆動ユニットの小型・高性能化も欠かせませんでした。

燃料電池スタックの小型化を支える電動ターボ型エアコンプレッサー

燃料電池スタックの小型化・高出力化を実現するには、高い圧力で空気を供給するエアコンプレッサーが必要不可欠でした。

燃料電池システムの設計を担当した吉冨亮一

2段過給イメージ

「エアコンプレッサーに関して、開発当初は別のタイプを考えていました。しかし、燃料電池スタックを小さくするには、さらに高い圧力で空気を送り込む必要があります。そのうえ、エアコンプレッサーに加えて、水素や空気、冷却水を供給するデバイスや配管をフロントフード下に収めなければなりません。そこで辿りついたのが、電動ターボ型エアコンプレッサーでした」(燃料電池システム担当エンジニア 吉冨亮一)

クラリティ FUEL CELLに搭載されるのは、小型ながら従来の1.7倍もの高圧力を誇るコンプレッサーです。

「エアコンプレッサーのモータ軸両端に異なる2つの過給器があり、その2つを配管でつなぐことによって2段階で圧力を高めるというものです。ただ、この電動ターボ型エアコンプレッサー自体がそれまで量産車に搭載された実績がなく、コストも高いものでしたが、その可能性を考えると『やるしかない!』ということになりました」(吉冨)

こうして、Hondaは独自の2段階過給方式を採用する電動ターボ型エアコンプレッサーを、世界で初めて市販車に搭載することに決めたのです。そしてそのメリットは、高圧力化だけに留まりませんでした。

「2段過給としたことで、幅広い走行状況に対応できるようになりました。たとえば、クルマが停まっているアイドルの状況から、登坂時といった負荷が高い状況、高速走行までを容易にカバーできます。さらに、静粛性の上でも大きな効果がありました」(吉冨)

従来モデルでは、ふたつの羽根をギアで駆動する “リショルムコンプレッサー”を採用しており、いかにクルマの遮音性を高めてもその音が外に漏れることがありました。

「燃料電池自動車は、もともと普通のクルマに比べて静かなので、エアコンプレッサーの音対策にはいつも手を焼いていました。その点、この電動ターボ型エアコンプレッサーは圧縮空気の排出音が小さいため静粛性が高く、消音装置のレゾネーターの小型化やエアコンプレッサー専用サイレンサ廃止ができたのです。これにより消音装置の大きさは約半分となりました。(吉冨)

つまり、電動ターボ型エアコンプレッサーの採用に踏み切ったことが、燃料電池スタックの小型化を支えただけでなく、燃料電池システム全体の小型化や静粛性の向上など、さまざまなメリットをもたらしたのです。

大電流から高電圧へ

こうして小型化が可能になった燃料電池スタックは、従来に比べて電圧が低いものの、電流を大きくすることで、車両を駆動する必要電力を確保しています。

「複数のバッテリーを直列に接続するとより高い電圧が得られるように、燃料電池も積層するセルの数によって電圧を任意に設定することができます。出力を電圧で高めようとするならセル数を増やせばいいだけの話ですが、そうすると燃料電池スタックが大型化してしまいます。それは燃料電池パワートレインの車両パッケージングの将来を考えると、決して好ましいとはいえない方向です。そこで、私たちは電流を大きくして出力を高める仕様を選びました」(河﨑)

それにともない、燃料電池の電力を通電する回路部品には、小型化と相反する新たな課題が発生しました。

燃料電池パワートレイン

モーター駆動電圧比較

耐衝撃セル保持構造

「大きな電流を流すとなると、通電する配線が太くなりますし、回路を構成する部品には、大電流に対する高い耐久性も確保しなければなりません。また、駆動用モーターも、大電流により高いパワーを実現するとなると、巻線類が太くなるなど、モーターのサイズも大きくなってしまいます。そこで、燃料電池スタックで発電した大電流を低減し、逆に電圧を最大500Vまで高めるFCVCUを採用しました」(河﨑)

燃料電池パワートレインのなかで、このFCVCUは燃料電池スタックの上に重ねられています。

「燃料電池スタックのすぐ上に置くことで、大電流を流す配線の長さを最小限に留め、FCVCUを配置したことによる小型化効果を最大限に引き出しています。このFCVCUによって、モーターへの供給電圧を上げることで、燃料電池スタックの積層セル数を増やした場合と同等の高い電圧供給が可能となり、その結果、モーター最高出力も、従来モデルとほぼ同等のサイズで100kWから130kWにアップすることができました」(河﨑)

当然、このFCVCU本体にも小型化が求められました。

「従来の既存技術だけでは、厚さ100mmというサイズには到底収めることはできません。そこで、シリコンカーバイド(SiC)を用いた高性能のインテリジェントパワーモジュールを量産車として初めて採用することで、高周波駆動による小型化を実現しています」(河﨑)

こうしてフロントフード下に収められた燃料電池パワートレイン。もちろん、安全性の配慮に抜かりはありません。

「水素を扱っているだけに、安全性を気にする人は多い。フロントフード下に搭載することで衝突時に燃料電池スタックへ加わる衝撃は従来モデルより大幅に大きくなります。最大の課題となったのは、わずか1mmしかないセルの強度で衝突時の衝撃から水素安全性を守る構造を作り上げることでした。積み上げたセルが衝撃により強く揺すられることでセルとセルの間にズレが生じてしまうと水素が漏れてしまいます。燃料電池スタックの締結バーとセルに設けたタブ形状を噛み合わせることでセルのズレを防止するという構想ができてからは、燃料電池スタックを数メートルの高所から落下させる試験を行ってはセルを壊す日々が続きました。開発段階では相当な数のスタックを壊しましたが、最終的には考えていた構造で成立させることができ、万一の衝突事故でもセルにキズ1つ付かないくらいの高い安全性を実車の衝突試験で確認しています」(小此木)

そして、燃料電池スタックのコスト低減に向けても、努力の跡が見られます。

「発電を担うMEAにはまだまだ高価な材料が使われているのですが、従来モデルでは発電を行わない複雑な形状部分にまで発電部と同じ材料を使っており、材料の使用効率が悪いことも課題となっていました。そこで今回は効率よくロールから切り出せるように発電部を長方形に、発電しない部分を安価な樹脂にすることでコストを低減しています。さらにセルの数を減らして全体の部品点数を削減したことも、コスト低減につながっています。ちなみに、新型ではMEAに樹脂の枠を組み合わせたことによって、MEAの表裏を流れる水素と空気にそれぞれ独立したガス分配形状を持たせることができました。従来モデルはセパレーターにエンボス形状を入れて、表裏を流れる水素と空気をバランスするように設計していました。MEAの樹脂化により、セル内のガス分配が効率よく設計できるようになったのも進化のひとつでした」(小此木)

燃料電池スタックの小型化が5人乗りセダンパッケージを実現したばかりか、燃料電池自動車のコスト低減にも貢献しました。さらに、燃料電池パワートレインをフロントフード下に収めることができたおかげで、他のバリエーションへの展開も可能になります。

「完成した燃料電池パワートレインを改めて眺めてみても、機能美にあふれた良いデザインだ、と実感できる仕上がりを実現できました。このなかに、次のステップに向けての可能性を凝縮することができたと自負しています」(河﨑)