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Super Cub Story Vol.4 — 国内製品編

Super Cub Anniversary

Super Cub Story
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Super Cub Story
スーパーカブシリーズは、2017年中に世界生産累計台数が1億台達成の予定です。そして、2018年には、誕生60周年を迎えます。1958年の誕生から、世界中で長く愛用されているスーパーカブの歴史と魅力を紹介します。
誕生、そしてさらなる躍進へ
Super Cub Story
Super Cub Story

スーパーカブシリーズは、2017年中に世界生産累計台数が1億台達成の予定です。そして、2018年には、誕生60周年を迎えます。1958年の誕生から、世界中で長く愛用されているスーパーカブの歴史と魅力を紹介します。

Vol.4 — Super Cub 国内製品編
新OHCエンジンが切り開いた第二章

1958年の初代誕生から今日まで、一時も途絶えることなく脈々と続くスーパーカブの歴史。数多く作られた歴代モデルの中から、エポックメイキングなスーパーカブをセレクト、ホンダコレクションホールの動態保存車でご紹介させていただく。第1回は1958年の初代モデルから1971年までの5台。

「常識破りの新しい乗り物」
1958年 スーパーカブC100
スーパーカブ

 自転車に小型エンジンを取り付けたカブF型に代わる次世代のコミューターとして、スーパーカブC100は本田技研工業の創設者であり社長でもある本田宗一郎が中心となり開発された。キーワードは「手の内に入るもの」。コンパクトで誰にでも扱いやすい、という狙いがこめられていた。

 安価が求められる原付バイクながら敢えてコスト高の4ストロークエンジンを搭載、当時の2ストロークエンジンに対しクリーンで低燃費、加えて125クラス並のパワーを発揮した。さらに、自動遠心クラッチを備えることで初心者でもすぐ乗りこなすことができ、フルカバードされたスマートなスタイルは泥はねから足下を守る実用性も兼ね備えるなど、あらゆる面で当時の常識を覆す仕上がりに。

 ホンダの販売面を支えた藤澤武夫専務の強気とも思える月産目標3万台という生産販売計画は「高くなったコストは量産で取り返す」という面もあったが、それよりも「スーパーカブC100は売れる!」という確信があったからに他ならない。実際、発売当日だけで1,000台以上が売れ、当初の2倍となる月産6万台体勢に変更しなければ需要に応えられない大ヒットとなり、ホンダを世界に躍進させる原動力となった。

スーパーカブ
ハンドルと顔翼の形をイメージしたハンドル、ブレーキレバーの形状など、どの部分をとっても造形美に溢れている。ブルーがかった樹脂パーツも埼玉製作所で生産された初期型モデルの特徴。

ハンドルと顔
翼の形をイメージしたハンドル、ブレーキレバーの形状など、どの部分をとっても造形美に溢れている。ブルーがかった樹脂パーツも埼玉製作所で生産された初期型モデルの特徴。

メータースケールが80km/hまで刻まれ、25km/hの部分に赤いラインが入るスピードメーターは初期モデルの特徴。C100には100km/hスケールのスピードメーターもある

メーター
スケールが80km/hまで刻まれ、25km/hの部分に赤いラインが入るスピードメーターは初期モデルの特徴。C100には100km/hスケールのスピードメーターもある。
 

ウインカー&テールランプ当時の原付モデルとしては異例とも言えるフラッシャーを標準装備。必要最小限の大きさだが、このようなパーツの造形にも拘った跡が伺える

ウインカー&テールランプ
当時の原付モデルとしては異例とも言えるフラッシャーを標準装備。必要最小限の大きさだが、このようなパーツの造形にも拘った跡が伺える。
 

「成長に合わせ90モデルも誕生」
1964年 カブCM90
スーパーカブ

 戦後の混乱を脱し、日本経済は高度経済成長期に突入。スーパーカブ人気の勢いは止まるどころか、1963年には生産累計300万台を突破するほど需要は伸び続けた。ただ、普及してきたとは言えまだマイカーは高嶺の花だった時代、気軽なレジャーや商用向けに二人乗りが可能で、法定速度も45km/hとなる原付二種の人気が高まり、二輪各社のラインアップが充実していった。

 スーパーカブもボアを2mm拡大して排気量を54ccにアップしたC105を1962年に投入していたが、さらなるパワーが求められていた。そんな“モアパワー”に対する回答が、スーパーカブシリーズの上級モデルカブCM90の投入であった。OHV単気筒87cc、6.5馬力、マニュアル4段のスポーツモデル・ベンリイ90(C200)のエンジンをベースに、自動遠心式クラッチの3段ミッションを組み合わせ、スーパーカブスタイルのボディに搭載、1964年の全日本自動車ショーでデビューを果たした。

 その後シリーズの進化と共にスーパーカブ90も成長し、1980年にスーパーカブ70用をベースとするエンジンに変更されるまで専用設計を貫き、スーパーカブシリーズの上級車として君臨した。

スーパーカブ
フロントマスクC100などに対しやや大きめのヘッドランプを装備。レッグシールドも専用パーツで、リフレクターが備わる。当初の車名は“スーパー”が付かない「カブ」だった。

フロントマスク
C100などに対しやや大きめのヘッドランプを装備。レッグシールドも専用パーツで、リフレクターが備わる。当初の車名は“スーパー”が付かない「カブ」だった。

メーターC100などと似た形状のスピードメーターは110km/hまでスケールが刻まれる。また、オドメーターも100m単位まで刻まれる5桁表示に

メーター
C100などと似た形状のスピードメーターは110km/hまでスケールが刻まれる。また、オドメーターも100m単位まで刻まれる5桁表示に。

テールランプリアキャリアはC100などと同形状だが、やや面が平たい大型タイプ。テールランプはスーパーカブ・シリーズでは珍しい丸型となる

テールランプ
リアキャリアはC100などと同形状だが、やや面が平たい大型タイプ。テールランプはスーパーカブ・シリーズでは珍しい丸型となる。

「新OHCエンジンでさらに躍進」
1966年 スーパーカブC50
スーパーカブ

 各部の改良は行われたが、大幅なモデルチェンジを受けることなく生産累計は500万台に迫るほど、スーパーカブは空前の大ヒット作となった。だが、トップブランドとして奢ることなく、さらなる耐久性、動力性能の向上、メンテナンスフリーを追求し、OHCの新型エンジンを開発する。

 まずは1964年にスーパーカブC65に搭載され、世界に類を見ない全車2年間5万キロという、当時としては異例ともいえる長期保証制度も導入される。フラッシャーやテールランプといった灯火類が大型化されるなど安全性の向上が図られた他、C100時代のテイストは継承しながらボディデザインは一新された1966年には、50と90も新型OHCエンジンを採用、スーパーカブ全モデルが第二世代へと生まれ変わる。

 新エンジンは生産ラインを変更することがないよう、旧OHVエンジンとクランクケースなどの寸法が揃えられ、自動カムチェーンテンショナー、オイルポンプなどを新たに採用したことによって「オイルがほとんどなくても走り続ける」とさえ言われるほど耐久性、信頼性はさらに向上した。合わせて動力性能や燃費も向上し、スーパーカブは不動の人気を勝ち得ていく。

スーパーカブ
ウインカーホンダの四輪スポーツカー・S600に採用されていたものと同デザインのフラッシャーレンズを採用。テールランプも大型化されるなど、安全性も高められた

ウインカー
ホンダの四輪スポーツカー・S600に採用されていたものと同デザインのフラッシャーレンズを採用。テールランプも大型化されるなど、安全性も高められた。

メーターニュートラルランプが新設されたスピードメーターは大型となり、その後も長く同形状が受け継がれていく。ヘッドライトのスイッチもハンドルに移設された

メーター
ニュートラルランプが新設されたスピードメーターは大型となり、その後も長く同形状が受け継がれていく。ヘッドライトのスイッチもハンドルに移設された。

エンジン新設計となるOHCエンジンを搭載。耐久性、信頼性を向上させ、カブのブランドイメージを確固たるものとした

エンジン
新設計となるOHCエンジンを搭載。耐久性、信頼性を向上させ、カブのブランドイメージを確固たるものとした。