経営 2023.04.26

逆風の時代こそ、尽きることなき「夢」がある。Honda三部敏宏社長が語る夢のチカラ

逆風の時代こそ、尽きることなき「夢」がある。Honda三部敏宏社長が語る夢のチカラ

あなたは「夢」という言葉にどんな印象を持ちますか?年を重ね、時代は変わり、いつしか夢をもてない毎日を過ごしている人も少なくないかもしれません。この春就任3年目を迎えたHonda社長・三部敏宏。“変革”を合言葉に、「夢」を追い続けています。三部社長の本音と素顔を通して、これからの時代における“夢のチカラ”について考えます。

三部敏宏

凧は、逆風のときこそ高く舞い上がる

───三部さんはなぜHondaに入社されたのですか?

学生時代、最初は他社のクルマに乗っていたのですが、その後に乗ったのが、バラードスポーツCR-Xの新車。2人乗りで、約800kgしかないライトウェイトスポーツカー。走りはもちろんよいわけですが、感心したのがクルマとしての進化で、見たことのない珍しいものがいろいろと搭載されていました。ルーフにダクトがあって、そこからエアを吸って運転席から出す仕組みや、へこんでも元に戻る樹脂バンパーとか。開発者の名前がついた「ミヨシ・サスペンション」というのもありました。それで、Hondaという会社が面白い会社に見えてきたわけです。当時、自動車会社に就職しようと考えていたわけではありませんが、こんな面白いクルマをつくる会社は面白いに違いないと、勝手に想像して入社しました。

───想像していた「面白い」仕事には携われたのでしょうか?

Hondaでしたいことを具体的に考えていたわけではありませんが、当時はF1の絶頂期で、大学でエンジンの研究室にいたこともあって、和光の研究所に配属になったときは、やはりF1をやりたいと思いました。人事の担当者からも「F1の研究ができますね」と言われていました。ところが、迎えてくれた研究所のマネージャーは、「Hondaはレースで食っているわけではない。これからは環境の時代だ」と言い、排ガス浄化システムの研究に回されてしまいました。環境技術は今では当たり前のものになっていますが、当時のエンジンはパワーを出すことが最優先の時代でしたから、環境技術に携わるということを、当時の自分はなかなか消化できず、違和感を覚えていたのが本当のところでした。

───初めから思い通りには行かなかった、と。そうしたなかで三部さんが心の支えにしてこられたのが、ウィンストン・チャーチル※1の言葉だと聞きました。

逆境にあっても的確な判断を下し、成功に持っていくところにあこがれや尊敬を覚えます。チャーチルは戦争に勝った英雄でありながら、戦争が終わった年の選挙で負けてしまいます。そうした劇的な人生を含めて好きな人物です。

Kites rise highest against the wind -not with it.

はチャーチルが残した言葉のひとつで、「凧は逆風の時に高く上がるのであって、流されている時ではない」という意味。逆境への向き合い方、前向きな姿勢を示しているところが気に入り、好きな言葉にあげています。特に今の時代にはピッタリくる言葉かなと思います。

※1 ウィンストン・チャーチル(1874~1965)
イギリス第61・63代首相。第2次世界大戦中の1940年に首相に就任し、ナチスドイツとの戦いを指導。アメリカ、ソ連と共に連合国側の勝利に貢献し、戦後構想を構築したが、1945年の選挙で労働党に敗れ退陣。戦後1951年に首相に返り咲き、同国の再建にあたった。

就任からの2年間で「打つべき手は打った」。結果や評価はこれから

───社長就任からの2年を振り返って、いま何をお感じになられますか?

電動化に大きく舵を切ったわけですが、2年間でできることは限られています。順調にきているとは思います。2年間で打つべき手は打ったので、それなりの結果は出ると思います。
評価は、商品やサービスが世の中に出たときに下されるので、それまではあまり反省せずにどんどんやるだけです。そもそも何が正解かわからないし、うまくいかなければ、次の手を打つまでのことです。

───社長就任以来「変革」をキーワードに推進していますが、2年が過ぎて会社や社員が変わってきたなと感じることはありますか?

エンジンから、EVや燃料電池車などのゼロエミッション・ビークルに変えると宣言したわけですが、エンジンを得意としてきた会社にとって、インパクトは大きかったと思います。得意だったエンジンを捨てろと言われても、なかなか消化しきれないし、理解することも難しいと私自身も思います。それでも変革に向けて動き出していることを、数カ月前に訪ねたアメリカの現場で実感しました。この動きを加速させることができれば、次代の我々の「勝ち技」となる新しいモビリティなどの商品やサービスを生み出すことができ、再び世界をリードできると考えています。

三部敏宏

時代は変われど、次の世代にも繋ぎたい「世界をリードする」という気概

───エンジニア出身の三部さんが「自分だからこそ」発揮できている武器、ノウハウは、どんな点だとお考えでしょうか?

エンジニア出身だからどうこうということは、特に感じていません。ただ、技術的な判断には自信はあります。たとえば、カーボンニュートラルの技術には、燃料電池やEVをはじめ多くのものがあり、いろいろな可能性を秘めています。しかし、ひとつひとつの技術は本命になるもの、その間を埋めるものといったように重みや役割が異なり、長所も短所もあります。技術屋なので、そうした違いを理解できるし、さまざまな技術の組み合わせや選択肢を整理して、新しい時代への対応を進めることができるとの自負もあります。

───いま、現場で研究開発に携わる方々に対して込める想いは?

研究所生活が30年以上になるので、研究開発の力も知っているし、時代が変わっても戦っていけるという自信があるので、研究開発を目指す姿にすることができると思っています。若いころのHondaには、世界一でないと認めてもらえないという雰囲気がありました。世界一を目指すことは今も変わらないので、Hondaのエンジニアたちには、世界をリードするという気概を持って研究開発に従事してほしいです。

既にHondaには「素晴らしい言葉」があった、という気づき

グローバルブランドスローガン「The Power of Dreams」

───このほど、Hondaは グローバルブランドスローガン「The Power of Dreams」を“再定義”しました。なぜ、このタイミングでの再定義になったのでしょうか?

本来は、社長就任時に、我々は何者で、何を目指すのかということを明確にしたいと考えていたのですが、スローガンやパーパスをつくっている間、実務が動かないのはまずいので、電動化やソフトウェアを含めたデジタル化などを優先して進めたわけです。1年あまりで実務については一通りの手を打てたし、「第二の創業期」と宣言もしたので、順番は逆になってしまいましたが、我々が目指すものや提供価値を改めて明確にしようと思いました。環境や安全、デジタルやソフトウェアなどはあくまで手段なので、その上位概念になるグローバルブランドスローガンについて経営陣で議論し、若手の意見なども聞いた上で再定義しました。

───グローバルブランドスローガンの再定義にあたって、従業員の方々からはどんな声が挙がったのでしょうか?

面白いと思ったのは、若手だけでなく、ベテランからも「The Power of Dreams」がもっとも腹落ちするという声が多かったことです。新しい言葉をつくるよりも「The Power of Dreams」がよい、「我々は夢を追いかけ、夢を力に商品をつくり、最終的にお客様に夢を与える」というスローガンがよいという意見が少なくありませんでした。このスローガンは社外の人にも浸透していて、「Hondaには素晴らしい言葉があるじゃないですか」と、いろいろな人から言われました。うれしかったです。そこで「The Power of Dreams」はそのままにして、つくった当時の2000年代とは、時代も取り巻く環境も変わっているので、解釈も含めて定義を新しくしました。

───「定義を新しく」というのは具体的にどのようなことでしょうか?

自分たちが目指したい夢や、目指したい姿を形にすることで、最終的にお客様に伝わり、お客様の夢の実現につながるわけです。そこで「How we move you.」という新しい言葉を「The Power of Dreams」の後につけました。提供価値ももう少し明確にしたほうがよいということで、「create(創造)」「transcend(解放)」「augment(拡張)」の3つキーワードを新しく提供する価値と定義しました。具体的に何を提供するかについては、これから従業員全員で考えていくことになります。目指す方向が明確になったので、グローバルで共有し、解釈して腹落ちさせ、前へ進んでいくつもりです。

───従業員や周囲がスローガンの再定義を受け止め、それぞれが解釈していくことで、変革が加速するということですね。

多くの会社のパーパスは、顧客にどのような価値を提供するかということを語っていますが、今回のHondaのスローガンは、何よりも先に自分たちがちゃんと夢を持ち、それがお客様に伝わることが大切だということを表しています。従業員一人一人の夢が組み合わさってHondaの価値になれば、すばらしい商品サービスを提供できると考えています。

三部敏宏

「叶わない夢」を叶えようとすることに価値がある

───三部さんご自身の「夢」、今後への意気込みをお聞かせください。

存在が期待される企業を、もう一度つくりたいと考えています。次なる成長の軌道に会社を乗せるということも含めて、第二の創業期の土台を築いて、次の世代にバトンタッチしたいです。そして最終的には、お客様から「Hondaがあってよかった」とか「さすがはHondaだね」と言ってもらえる会社にすることが、社長としてのゴール。そこを目指します。
ただ、当たり前のことをやっていては実現できないので、今回はあえて「夢」をキーワードにしました。「夢って何だ」という疑問もあるかもしれませんが、そういう新しい価値を生み出す源泉は、一人一人の頭に浮かぶ「こんなものがあったら、こんなことができたら、すごいぞ」という夢なのです。事業性や投資効率などを考えることは企業にとって必要ですが、それだけでは新しい価値は生まれません。従業員全員が今一度頭を整理して自分の夢を考え、そこをスタート地点にして、お客様の価値に結びつけたいと思っています。

───最後に改めてお尋ねしますが、三部さんにとって「夢」とは何ですか?

夢は叶わないから夢なのです。簡単に叶うような小さな夢は持っていません。夢は大きいほどよく、実現不可能な大きな夢を叶えることに最大の価値があると思っています。私のHonda人生の中でも、夢にチャレンジして実現したものもあります。しかし、ひとつ夢が実現すると、次の夢が現われるので、夢は尽きないといったほうがよいかもしれません。夢が実現した達成感を味わうのは、同僚とうれしい酒を酌み交わしたときだけです。そして、うれしい時間が終われば、次の夢に突き進む。そういう人生をこれからも送っていきたいですね。

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