イノベーション 2023.02.09

航空領域でのカーボンニュートラルへの挑戦~「SAF」と「次世代パワーユニット」研究開発の最前線~

航空領域でのカーボンニュートラルへの挑戦~「SAF」と「次世代パワーユニット」研究開発の最前線~

CO2の削減が課題となっている航空業界。地上のモビリティと比べ電動化が難しい航空機でのカーボンニュートラル実現には、機体やパワーユニット(PU)の技術革新に加え、燃料や運用の更なる進化が不可欠だと言われています。HondaJetやHonda eVTOLなどの空のモビリティに取り組むHondaも、さまざまな新技術を研究しているところです。

その一つとして期待されているのが「SAF」と呼ばれる持続可能な航空燃料。今回は、空のカーボンニュートラルを目指して研究開発を行う4人のエンジニアに話を聞きました。

※electrical Vertical Take Off and Landing:電動垂直離着陸機
※Sustainable Aviation Fuel:持続可能な航空燃料

安田 大志

本田技術研究所
先進パワーユニット・エネルギー研究所 先進エネルギー研究
チーフエンジニア
安田 大志

2004年Honda入社。四輪のディーゼルエンジンの開発に長年従事し、先進パワーユニット・エネルギー研究所の立ち上げと同時に燃料の研究の道へ。航空領域の燃料のあり方について議論する社内有志ワーキンググループを設立。

石丸 大祐

本田技術研究所
先進パワーユニット・エネルギー研究所 ガスタービン開発室
アシスタントチーフエンジニア
石丸 大祐

2019年Honda入社。航空用のガスタービンエンジンの製造や整備に関する研究開発に従事。その傍ら、ワーキンググループに参加し、SAFに関わる活動を始める。前職では国内重工メーカーで機体の組立技術などを開発。

山本 修身

本田技術研究所
先進パワーユニット・エネルギー研究所 先進エネルギー研究
アシスタントチーフエンジニア
山本 修身

2004年Honda入社。四輪事業本部の研究所(現:四輪事業本部ものづくりセンター)にて、ディーゼルエンジンやガソリンエンジン向けの排ガス浄化触媒の研究開発を担当。二酸化炭素と水素を用いてSAFに変換させる触媒材料技術の研究開発を行う。

中野 美央子

本田技術研究所
先進パワーユニット・エネルギー研究所 ガスタービン開発室
アシスタントチーフエンジニア
中野 美央子

2006年Honda入社。航空エンジン「HF120」の開発における空力要素開発やソフトウェアの検証等のガスタービンエンジンの開発に従事。現在は次世代パワーユニット「ガスタービン・ハイブリッドシステム」の初期検討と性能確認を行う。

3つの観点から取り組む、HondaのSAF研究

――HondaのSAF研究について教えてください。なぜ、研究に取り組んでいるのでしょうか。

安田

航空機での移動は環境への負担が大きいとされており、カーボンニュートラル実現に向けた取り組みに注目が集まっています。エアラインに対する規制強化の動きに合わせ、小型ビジネスジェットなどの領域でも脱炭素に向けての取り組みを加速し、業界全体でCO2削減に向けて取り組む必要があると考えています。

Hondaは、バイクやクルマなど地上のモビリティでは電動化や水素活用で脱炭素を推し進める一方、電動化の難しい航空領域では別の手法でカーボンニュートラルを目指しています。航空領域では、「PUの効率化」と「SAFの研究開発」の2つが重要なミッションだと考えています。

HondaにおいてSAFの研究をまとめる安田 HondaにおいてSAFの研究をまとめる安田
安田

私たちは、航空機を開発・製造する立場なので、基本的に取り組むべきは機体とPUの技術進化で、どちらも燃費向上に向けた技術開発を進めています。ただ、それだけではCO2はゼロにはならないので、SAFなどの環境技術も重要になってきます

SAFは、既存ジェット燃料との混合や置き換えによってCO2排出量を化石燃料に対して大幅に減らすことが期待されている次世代燃料です。社内でSAFがより活発に議論されるようになったのは、2020年に先進パワーユニット・エネルギー研究所(HGPU)が設立され、航空用ガスタービン(GT)開発部門とエネルギー研究部門が同じ組織になったとき。

その際、航空領域の燃料のあり方について議論する部門横断の社内有志ワーキンググループを立ち上げ、そこからは「ルール化する」「使う」「作る」の3つの観点からSAFに関する活動を行ってきました。

「ルール化する」「使う」「作る」の3つの観点でSAFの研究を進める 「ルール化する」「使う」「作る」の3つの観点でSAFの研究を進める

――「ルール化する」「使う」「作る」の3つについてそれぞれ教えてください。

石丸

まず「ルール化する」です。航空機は世界中の空港で給油するので、航空燃料には規格、つまりルールが存在します。新たに開発されたSAFも同じで、航空燃料として使われるには規格化されなければいけません。米国材料試験協会(ASTM)では、連邦航空局(FAA)と機体・エンジンメーカー(OEM)で構成される「FAA/OEM Review Panel」のレビューでお墨付きをもらった上で、規格として制定されます。

HondaもSAFの安全性と普及に貢献すべく、2022年6月から「FAA/OEM Review Panel」に加入し、新しい燃料のルール化をサポートしています。

石丸はルール化の中心を担う 石丸はルール化の中心を担う

——どういった経緯で加入されたのでしょうか。

石丸

最初は、私の個人的なアタックです。評価団体について知ったときに絶対にHondaも入るべきだと思いました。

機体とエンジンの両方を手掛けているHondaなら横断的かつスムーズに新しいSAFの試験を行い評価することができますし、Hondaとしても、そこでの経験をSAFの研究やエンジンの開発に生かすこともできます。加入は早いほど良いと考え、私の独断で関連団体にコンタクトをとり、FAAのリーダーを紹介してもらいました。直接やりとりをするとすぐに快諾いただき、無事加入できました。

また、先日はフロリダで開催された会議に初めて出席しました。参加者の知識の深さはさることながら、自社の利益のために動くのではなく、業界全体としてどのようにサステナビリティに貢献できるルールを作っていくか、真剣に考えている姿勢に感銘を受けました。Hondaとしての成果はこれからですが、この活動に参加していることを誇りに感じています。

「先にFAAに参加を認めてもらっていたので、社内の承認もスムーズにいきました」と石丸(左) 「先にFAAに参加を認めてもらっていたので、社内の承認もスムーズにいきました」と石丸(左)

——続いて「使う」について教えてください。

安田

SAFを使う側の立場として、機体とエンジンが新しいSAFに対応し、問題なく使用できるかを確認する必要があります。

石丸

最近のエンジンは、認定を受けているSAFのうち、いくつかはそのまま入れても問題ないことがわかってきています。先日、Hondaもゼネラル・エレトリック社(GE)と合同で行ったHF120ターボファンエンジンの試験で、100%のSAFでも通常のジェット燃料と同等の性能を発揮できることが確認できました。

100% SAFを使用した航空エンジン「HF120」の試験に成功 100% SAFを使用した航空エンジン「HF120」の試験に成功

——HondaといえばPU。その技術がさらに生かされていくのですね。

中野

Honda eVTOLへの搭載を目指しているガスタービン発電機とバッテリーのハイブリッドPU「ガスタービン・ハイブリッドシステム(GT-Hybrid)」でも、SAFの利用を見据えた試験を開始しています。高効率なガスタービンエンジンに発電機やバッテリーを組み合わせて燃料消費量を減らし、そこへSAFを加えてCO2排出をさらに削減していくことを目指しています。

中野はGT-Hybridの開発に初期から携わってきた 中野はGT-Hybridの開発に初期から携わってきた
Honda eVTOLは、従来の空のモビリティに対して安全性や利便性、静粛性に優れ、空の移動を身近にする電動垂直離着陸機 Honda eVTOLは、従来の空のモビリティに対して安全性や利便性、
静粛性に優れ、空の移動を身近にする電動垂直離着陸機
中野

空のカーボンニュートラルを実現するためには、PUそのものの環境性能を向上することでCO2排出量を削減し、その上で、SAFを利用することが大切です

石丸

また、HF120の研究開発を行う和光の研究所の設備を、既存のジェット燃料からSAFへ簡単に切り替えられるように改修を進めています。今後、研究用に使用する燃料の一部をSAFにできれば、研究開発の現場でもCO2排出低減に寄与できることになりますし、研究を加速させることもできます。

Hondaが自社で開発し、進化させてきた歴代の航空エンジン。右手前が現行の「HF120」 Hondaが自社で開発し、進化させてきた歴代の航空エンジン。
右手前が現行の「HF120」
「GT-Hybridのガスタービン発電機」のモックアップ。左図:左側がガスタービン、右側が発電機 「GT-Hybridのガスタービン発電機」のモックアップ。
左図:左側がガスタービン、右側が発電機

Hondaが次世代のSAFを「作る」

——3つ目の「作る」について、Hondaが研究しているSAFとはどのようなものでしょうか?

安田

CO2と水素から作り出す合成燃料(e-fuel)です。SAFは、植物や廃棄物などから作られるバイオ燃料が一般的ですが、すべての航空燃料をSAFにするだけのバイオ資源は地球上にはありません。東南アジアではパーム油を生産するために熱帯林が伐採され問題にもなりました。バイオ資源は有限であり、そこで実現が望まれているのがe-fuelなのです。

開発中のe-fuelについて解説する山本 開発中のe-fuelについて解説する山本

山本 私は、その合成に必要な触媒の研究開発をしています。ポイントは2つ。

1つ目は、CO2の変換ロスをいかに少なく抑えられるか。材料として投入したCO2を余すことなく反応させ、効率よく燃料に変換することが必要です。

2つ目は、どれだけジェット燃料の組成に近づけられるかです。SAFを含むジェット燃料は、主に炭素数が8~16程度の炭化水素で構成されており、e-fuelでも同じ炭素数を実現しなければなりません。研究中の触媒は、CO2と水素を掛け合わせ、炭素数が1であるCO2をジェット燃料の組成に近づけるためのもの。この触媒をどうやって実用化していくのかが、大きな挑戦です。

左はe-fuel、右の2つは研究中の触媒 左はe-fuel、右の2つは研究中の触媒

——e-fuel実現に向けた研究は、順調に進んでいるのでしょうか?

山本 世界ではCO2を他のガスや液体に加工してからe-fuelに変換するなど、さまざまな作り方が研究されていますが、私たちのようにCO2から直接e-fuelを合成するやり方は、ロスが少ない反面、技術的に難しく、まだ世界的にもほとんど例がありません。

私はもともと自動車の排ガス浄化触媒の研究を行っていたのですが、そこで培った知識などからこの触媒にたどり着くことができました。

現在の部署にはF1で燃料開発をしていたメンバーもいますし、同じグループには大気中のCO2を直接回収するDACを研究しているチームもあります。さらに燃料の認証プロセスの知見を直接現場から入手してきてくれる石丸さんのような人もいる。まさにHondaの総合力でSAFの開発を進めているところです。世界中で幅広い製品を販売してきたHondaだからこその燃料を使う経験の豊富さと、頼もしい仲間がたくさんいるのは研究者としても心強いです。

※Direct Air Capture:大気中のCO2を直接回収する技術

黒いe-fuelを精製処理することでSAFなどの燃料ができる 黒いe-fuelを精製処理することでSAFなどの燃料ができる

移動の喜びを未来へ繋げていくために

――エンジニア一人ひとりが熱意を持って取り組んでいるのがHondaらしさですね。最後に空のカーボンニュートラルへの取り組みに対して、それぞれの想いを教えてください。

山本 自分が子どもの頃には、こんなに異常気象が多かっただろうかと考えることがあります。CO2濃度と異常気象の直接的な関連性は今も議論されているところですが、それがどうであれ、未来を担う子どもたちにツケは回したくありません。それをモチベーションに、カーボンニュートラルに寄与すべく、日々の研究に取り組んでいきます。

中野

自由な移動の喜びを実現するためには、「カーボンニュートラル」と「移動の可能性の拡大」の両立が必要です。相反する難しい課題ですが、今できることから一つずつ行動していくべきだと思っています。既存のガスタービンなどの内燃機関は、空の移動にとても適した技術。CO2を排出するからダメと切り捨てるのではなく、使い方や燃料などを工夫することで、クリーンで楽しい移動を実現していきたいですね。

異なる専門分野の研究者が集まることで、SAFの研究は進められている 異なる専門分野の研究者が集まることで、SAFの研究は進められている
石丸

Hondaは、技術で燃料消費量を減らす、SAFを使う、作るなど、機体・ジェットエンジンを製造するメーカーとして貢献できるあらゆる手法に取り組んでいます。基礎研究段階のものも多いですが、Hondaの研究は“必要だからやる”というシンプルな図式で成り立っているのがすごいところ。Hondaが手掛ける研究から一つでも多くの種が芽を出せるように貢献していきたいです。

安田

自動車の排ガスは、今と比べると昔はとても汚くて、健康被害をもたらしていた時代もありました。それが、排ガス浄化技術などの進化により、大幅に排ガスをクリーンにし、大気汚染の改善に貢献しました。Hondaの総合力があれば、同じことを空の分野でも実現できる。ハードルは高いですが、そこさえも技術の進化で超えていき、飛行機に乗って移動するという楽しさがある世界を、未来に繋いでいきたいですね。


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