イノベーション 2023.02.02

拡がるHondaの水素戦略。燃料電池車開発で培った技術を新たなドメインへ

拡がるHondaの水素戦略。燃料電池車開発で培った技術を新たなドメインへ

世界各国で模索が進む「水素」の利活用。「水素」は「電気」とともにカーボンニュートラル実現に向けて非常に有望なエネルギーキャリアです。なぜ水素が重要なのか、Hondaは水素をどのように活用するのか。今後、大きく動き出すHondaの水素事業における2人のキーパーソンに聞きました。

一瀬新

事業開発本部 事業開発統括部
統括部長
一瀬新

1991年Honda入社。四輪事業の生産管理や事業企画、カナダ、中国、アメリカでの商品企画・営業の経験を経て、2021年から四輪事業の事業戦略部長及び次世代電動事業企画室長を担当。2022年より現職。

長谷部哲也

事業開発本部 事業開発統括部
水素事業開発部 部長
長谷部哲也

1993年Honda入社。本田技術研究所にてHEVシステム研究などを経て、2016年から四輪開発センター EV開発室長、2020年から先進パワーユニット・エネルギー研究所エネルギー戦略統括を担当。2022年より現職。

次期FCEVの発売も予定。今なぜ水素なのか?

――クリーンエネルギーとして期待される「水素」。なぜ重要とされているのでしょうか?

一瀬

水素は、カーボンニュートラル実現に欠かせない再生可能エネルギー(再エネ)による発電と組み合わせた活用が期待されています。太陽光や風力といった再エネによる発電は、季節性や天候に左右されやすく不安定なため、安定して利用するためには電力を貯め、変動吸収する仕組みが必要となります。そこで水素が、エネルギーキャリアとして有望視されているのです。

水素の重要性を話す一瀬 水素の重要性を話す一瀬
一瀬

水素サイクルは再エネを起点に、「つくる」「ためる・はこぶ」「つかう」で構成されています。再エネ由来の電気は、水電解技術により「グリーン水素」へと変換できます。この水素を活用すれば電力を水素として貯めることができると同時に、陸上・海上の輸送、パイプラインによる運搬も可能。そして、燃料電池システムを活用すれば、CO2を排出することのない環境に優しい電気を作りだすこともできます。

※再エネ由来の電力を利用し、水を電気分解して生成される水素

水素の特長とメリット 水素の特長とメリット

――メリットの多い水素。Hondaはこの水素に対し、どのように取り組まれてきたのでしょうか?

長谷部

Hondaは長らく、水素と酸素から電気を生み出す「燃料電池」の研究開発に取り組んできました。他社に先駆けて1990年代後半から乗用車の適用に取り組み、2002年には世界初となる日・米同時発売を実現、2008年にはセダンタイプの「FCXクラリティ」を発売しました。そして、燃料電池のさらなる小型化を実現し、2016年には、世界で初めて5人乗りを実現した「クラリティ FUEL CELL」を発売。来年2024年には5人乗りSUV「CR-V」をベースにした新型燃料電池車(FCEV)の発売を予定しています。

FCEVへの取り組みの歴史 FCEVへの取り組みの歴史
長谷部

私は、初代オデッセイの試作車を見たのが最初の出会いでした。前席のみを残し、空いたスペース全てを使って必要なユニットを搭載した姿を見て、まるで“小規模なプラント”のようだと驚きましたね。「クラリティ FUEL CELL」では、パワーエレクトロニクス・制御系部品などの開発を機能リーダーとして担当することになり、高出力・小型化に対する高い要求への対応や世界で初めてとなる技術的なチャレンジも経験しました。技術難易度の高さには大変苦労しましたが、非常に良い経験になったと感じています。

「クラリティ FUEL CELL」の開発に関わった長谷部 「クラリティ FUEL CELL」の開発に関わった長谷部

水素を“つかう”4つのドメインに事業を展開

――今後、Hondaは燃料電池をどのように展開していくのでしょうか?

一瀬

小型化、コスト低減、耐久性の向上など、これまで課題を一つずつ解決しながら、Hondaは燃料電池システムの性能を高めてきました。そして、2013年から進めてきたGM(ゼネラルモーターズ)との共同開発により、さらなる低コスト化、耐久性・耐環境性向上を実現しています。そこで、この次世代の燃料電池システムを、乗用車だけでなく外部にも販売することで、我々の技術を活かせるフィールドを拡げていこうと考えています。

次世代燃料電池システム 次世代燃料電池システム
長谷部

水素はバッテリーに対してエネルギー密度が高く、運ぶことができ、さらには短時間での充填が可能という特徴があります。そのため、バッテリーでは実現が困難とされる、稼働率の高い大型モビリティや短時間でエネルギー充填が必要なモビリティ、大型インフラの電源などに適しています。

一瀬

Hondaは、自らのコア技術である燃料電池システムを活用した社会のカーボンニュートラル化を目指しています。そこに向けて、水素の輪をより早く拡大していきたい。そこで、「FCEV」に加えて、「商用車」「定置電源」「建設機械」の4つを水素ビジネスの初期コアドメインとして設定しました。

新たに設定した4つのコアドメイン 新たに設定した4つのコアドメイン

――「商用車」「定置電源」「建設機械」で新たな挑戦。この3つのドメインに定めた理由はなんでしょうか?

一瀬

「商用車」は、一般の乗用車と比べて重量が大きく、航続距離も長いため、水素エネルギーを活用するメリットが大きいのです。燃料電池システムを複数基組み合わせれば、商用のトラックが求める高出力を実現することも可能です。

商用トラックについては、既に共同研究を開始しており、いすゞ自動車とは2021年に燃料電池大型トラックのプロトタイプを完成させ、2023年度中に公道実証実験を始める予定です。さらに、商用車市場が最大規模の中国では東風汽車集団と共同で燃料電池中型トラックを製作、性能検証を始めました。

重量が大きく航続距離も長いため、水素エネルギーを活用するメリットが大きい
長谷部

モビリティ以外としては、発電領域となる「定置電源」(工場・商業施設などに設置される発電機)のクリーン化にも挑戦します。定置電源は、平時はピークカットや調整電源などの用途が求められますが、災害時の非常用電源としては連続48時間以上の稼働が必要とされます。そこで、高密度にエネルギーを貯蔵できる水素に価値が出てくるのです。

ちょうどアメリカン・ホンダモーターの敷地内に設置し、データセンターの非常用電源として社内実証を始めるところです。成果検証はこれからですが、「クラリティ FUEL CELL」からリユースした燃料電池ユニットを複数基組み合わせ、発電動作は問題ないことが確認できています。今後は、自社展開の中で実績を積み、早くお客様のもとへ届けられるようにしたいですね。

定置電源ドメインではアメリカで社内実証を開始 定置電源ドメインではアメリカで社内実証を開始
一瀬

重量が大きく、稼働時間が長い「建設機械」もまた、水素エネルギーの活用が見込めます。建設機械市場ではディーゼルエンジンで動くショベルやホイールローダが多く、このような機種から水素化していけば、よりカーボンニュートラルへの貢献が期待できます。

長谷部

カーボンニュートラルへの貢献と同時に、燃料電池はゼロエミッションなパワーユニットだということも重要です。併せて、商用トラックや建設機械で言えば、発生する振動や音がディーゼルエンジンと比較して低く抑えられるため、静かで疲れない、作業現場での安全性向上、近隣住民への負担軽減などにつながる人に優しいもの。技術が人のためになる、これはHondaとして大事にしたいポイントです。

一瀬

そして、将来の活躍の場として見据えているのは宇宙。燃料電池システムに高圧水電解システムを組み合わせて、月面探査車両の居住スペースなどに電力供給を行う「循環型再生エネルギーシステム」の研究開発を、JAXA(国立研究開発法人 宇宙航空研究開発機構)からの委託を受けて進めています。宇宙という過酷な環境で技術を磨き、地上での貢献フィールドをさらに拡げていきたいと考えています。

クロスドメインで水素をつなぎ、カーボンニュートラル実現へ

――他社との協業を重点的に進めるHondaの水素ビジネスは、今後どのように展開されるのでしょうか?

長谷部

協業のポイントは、2つの方向性があります。一つは商用車や建設機械などを製造・販売するメーカーとの協業で、これは「点」の戦略と捉えています。もう一つは水素エコシステムを形成し、一定の経済圏を形成するための協業。これを「面」の戦略と捉えています。

「点」の戦略は、商用トラックの取り組みがわかりやすい事例です。「面」の戦略は、水素の大規模需要家として期待されるデータセンターや工場、港湾などに向けて、定置電源と水素供給を軸にした協業を進めていきます。必要とされる多様なバッテリーや水素モビリティを組み合わせ、社会のニーズに沿ったHondaらしいエコシステムの実現を目指していきたい。今後はこの領域の協業、パートナリングを加速していきます。

水素サイクルへの貢献のビジョン 水素サイクルへの貢献のビジョン

――その先に見据えるカーボンニュートラル実現への想いを教えてください。

一瀬

我々が今後向かっていく社会では、地域ごとに多様なエネルギーを効率良く使い、「移動」と「暮らし」を進化させていく必要があると考えています。「電気か、水素か」ではなく、両者の特長を理解し、適材適所で活用することが重要です。

Hondaの環境目標である、「2050 年にHondaの関わるすべての製品と企業活動を通じ、カーボンニュートラルを目指すこと」は、決して簡単に実現できるものではありません。そのためには、モビリティの多様性、それを利用する方々の多様な使い方や生活環境、再エネの普及状況などを考慮しながら、社会全体でのエネルギー総量や効率性にも貢献していく必要があります。

Hondaがつなぐ水素サイクル実現を目指す Hondaがつなぐ水素サイクル実現を目指す
長谷部

我々の燃料電池技術そのものの競争力を高めることや、水素エコシステム実現に向けて共に進めるパートナリングの構築など、チャレンジは尽きません。しかしその先には、さまざまなHonda製品が連鎖し、クロスドメインで繋がっていくことで、より大きな価値を提供できるようになります。カーボンニュートラル実現に向けて、EVや燃料電池とともに、新たなモビリティの価値を提供できるビジネスの構築を目指していきたいです。