2022.4.8

「家族ごっこ」から生まれた酔いにくい3列目シート
STEP WGN開発秘話

「子どもが乗り物酔いをするからどうしてもドライブが億劫に……」。特に、小さなお子様がいるご家族にとっては、切実な悩みではないでしょうか。そんな乗り物酔いの改善を目指したのが、『新型STEP WGN(ステップワゴン)』です。安心して楽しくお出かけできる家族のための空間づくりを目指した開発陣。開発を振り返りながら、新型ステップワゴンに込めた想いを語ってもらいました。

中條 康治

本田技研工業株式会社
四輪事業本部 ものづくりセンター
チーフエンジニア
中條 康治(なかじょう こうじ)

1999年本田技術研究所中途入社。5代目 CR-Vの車体性能プロジェクトリーダーほか、これまで様々な車種の研究を歴任。今回のステップワゴンでは車体性能の開発責任者。

山田 幸子

株式会社本田技術研究所
先進技術研究所
アシスタントチーフエンジニア
山田 幸子(やまだ さちこ)

1997年、株式会社本田技術研究所入社。車体のダイナミクス研究と並行し、乗り物酔いのメカニズムを研究。日本人間工学会認定 人間工学専門家。

市川 聡子

株式会社本田技術研究所
デザインセンター オートモービルデザイン開発室
テクニカルデザインスタジオ
アシスタントチーフエンジニア
市川 聡子(いちかわ さとこ)

2002年、株式会社本田技術研究所入社。ステップワゴンのパッケージデザインを担当。今回の開発では自身の子育て体験や、家族のリアルな声を反映した。

矢口 史浩

株式会社本田技術研究所
デザインセンター
オートモービルデザイン開発室
プロダクトデザインスタジオ
アシスタントチーフエンジニア
矢口 史浩(やぐち ふみひろ)

2008年、株式会社本田技術研究所中途入社。3代目フィット、クラリティ FUEL CELLのほか、コンセプトモデルHonda Urban EV ConceptなどのインテリアデザインPLを歴任し、今回ステップワゴンのインテリアデザインを担当。

「乗り物酔い」低減のために「デザイン」に目をつけた

── 新型ステップワゴンでは乗り物酔いの低減をコンセプトに開発を行なったと伺いました。なぜ、この開発テーマを採用したのでしょうか?

中條 ステップワゴンは代々「家族のためのクルマ」として開発を行ってきました。しかし、クルマで楽しい時間を過ごすことを考えたとき、天敵となるのが「乗り物酔い」。これは絶対に無視することができない課題です。

そこで、新型ステップワゴンは酔いにくいクルマにしよう、と私が社内メンバーに宣言したんです。

車体性能の開発責任者 中條康治 車体性能の開発責任者 中條康治

── 個人的な想いをきっかけに生まれたコンセプトだったのですね。

中條 言い出しっぺとなったのは私ですが、もちろんチーム全員が同じ想い持っていました。開発にあたって、最初にチーム全員参加の「家族ごっこ試乗会」を行ったんです。赤ちゃんが生まれたばかりの新婚夫婦や3世代家族というように、さまざまな家族像を想定しあらゆる車種を乗り比べたのですが、そのとき、本当に酔ってしまったメンバーがいたんですよ。

矢口 そのうちの1人が、私です(笑)。曲がりくねった山道を走った際の3列目シートの揺れは、正直なところ、想像以上でした。

市川 私は以前クルマで出かけた時に子どもが出先で酔ってしまった経験があって。そうした実体験からも取り組むべきテーマだと考えていました。

── そもそも、「乗り物酔い」はなぜ起こるのでしょうか?

中條 乗り物酔いは、目まいや胃の不快感、吐き気などさまざまな症状の総称です。詳細なメカニズムはまだ解明されていないのですが、身体的、精神的なものなど、さまざまな要因で引き起こされることがわかっています。今回の開発では「環境要因」に着目し、開発を行いました。

── 「環境要因」とはどういったものでしょう?

山田 人が外界から取り込む、様々な情報を総称して「環境要因」と呼んでいます。視覚や平衡感覚、体幹で感じる姿勢の変化など、乗車中は多くの情報が脳に入ってきます。それらを上手く処理できない状態が続くと脳が混乱し、自律神経機能の失調や乗り物酔いにつながると考えています。

車体ダイナミクス研究 山田幸子 車体ダイナミクス研究 山田幸子

── 「環境要因」による乗り物酔いを減らすために、新型ステップワゴンは、どのような工夫がされているのでしょうか?

中條 「揺れ」と「デザイン」、主に2つの側面からアプローチしました。最初に着手したのは、「揺れ」です。

先代のステップワゴンも揺れが少ないことはお客様から高い評価を頂いていましたが、新型はボディー剛性やサスペンションの進化によってその性能を更に向上させています。
今の技術で極めて揺れが少なく最高の乗り心地を実現した、というレベルに仕上げています。

これ以上「揺れ」の面から乗り物酔いを軽減させるのは難しい。そこで目を付けたのが、デザインです。

山田 インテリアデザインのあちこちに水平を感じられる線を取り込み、車体が傾いたときに頭を水平姿勢に戻す手掛かりにしました。

車体が地面に対して傾くと乗員の頭も傾き、姿勢が崩れて身体が揺れやすくなります。乗り物酔いを引き起こす大きな要因ですが、姿勢を正しく保つことができれば軽減できると考えました。

市川 窓ガラスの切り取り方、ピラー(柱)とルーフのつなぎ目、エアコンの吹き出し口をはじめどのシートに座っても常に水平線が感じ取れる構成にしています。特に2、3列目に座ったときは、水平基調が顕著になるようにしました。

ウィンドウ、シート、ヘッドレストなどインテリアデザインのあらゆるディティールが、安定した姿勢を保つ「水平線」としての役割を果たす ウィンドウ、シート、ヘッドレストなどインテリアデザインのあらゆるディティールが、安定した姿勢を保つ「水平線」としての役割を果たす

中條 その苦労の甲斐もあって、視界を広く保ち、姿勢が崩れにくいインテリアが実現できました。特に3列目は前方への見通しがいい。ほかのミニバンと比較しても酔いにくい座席を目指しています。

着座時図解 シートを高くすることで、着座時の視界を確保
stepwgnシート視点1 安全性と後席の視界を良くするため、ヘッドレストを大幅に小型化。また、シートバック肩口を削ぐことで抜けのいい視界を確保している
stepwgnシート視点2 2列目シートのヘッドレストを埋め込みタイプとすることで3列目着座時の視界が大きく広がった

矢口 これまでのミニバンの3列目シートに、「補助席」という印象を持たれていた方も少なくないと思いますが、新型ステップワゴンでは1列目と同様の快適さを担保しています。

新型ステップワゴンは、「家族の青春時代」を謳歌できるクルマ

── 移動から乗り物酔いが減ることで、ユーザーにどのような暮らしを実現して欲しいですか?

矢口 私は開発当初から「移動するリビング」をイメージしてデザインを行っていました。出先でリビングのようにリラックスして過ごすために「乗り物酔いしない室内空間」であることは重要な条件です。自分はもちろん、家族が乗り物酔いをしたら、出先で思い切り楽しめないじゃないですか。

なので新型ステップワゴンを単なる移動手段ではなく、生活を豊かにするパートナーと思ってもらえたら嬉しいですね。

新型ステップワゴン開発初期に描かれたコンセプトスケッチ 新型ステップワゴン開発初期に描かれたコンセプトスケッチ

中條 家族旅行に出かけて楽しい時間を過ごしても、帰り道で酔ってしまうと「疲れた」という記憶が強く残ってしまいます。

しかし、乗り物酔いさえなくなれば、余計な不安もなくなりますし、旅行も楽しい思い出になるはずです。さらに、家に帰ってからも遊ぶ元気が残っているかもしれない。「楽しい時間」の総量が増えるんです。

そういう幸せな家族のシーンに寄り添うクルマであって欲しいですね。

市川 今は、両親共働きで忙しく過ごしているご家庭が増えています。しかし、子どものために思い出を沢山作ってあげたいという気持ちは、昔から変わらないはず。

子どもが小学生までの期間は家族にとっての「青春時代」だと思うんです。家族全員で旅行に出かけたりする頻度も多く、一番、思い出をつくれる時期。そんな青春時代を謳歌できるクルマにしたいという想いで開発にあたりました。

パッケージデザイン担当 市川聡子 パッケージデザイン担当 市川聡子

中條 開発を行う上で私は「体験」を重視しているんです。 実験や数値、お客様の言葉を単なる「データ」して捉えるのではなく、自らが体験することではじめて本当の課題が理解できる。

コンセプトを形にするためには、こうしてメンバー各自が体験をして、それをチーム内で共有することが重要なんです。「家族ごっこ試乗会」はチームの課題意識がより強固なものになる大きなきっかけでした。

矢口 その通りですね。新型ステップワゴンが完成したとき、プロジェクトの最初の試乗会と同じコースを走ったのですが、当初感じたストレスは解消されていました。自分自身が酔ってしまっていたので、改善を体感できた時の喜びも人一倍でしたね。

インテリアデザイン担当 矢口史浩 インテリアデザイン担当 矢口史浩

乗り物酔いは、陸・海・空・宇宙すべてに通ずる!?

── 新型ステップワゴンの開発を振り返って、印象に残っているのはどんなところでしょうか?

山田 専門がダイナミクス(運動性能)の私としては、デザインの力を実感した開発でした。

人は五感で感じ取った感覚情報をまとめて「体験」と認識します。クルマに乗っている人ももちろん、ダイナミクスとデザインをきれいに切り分けて捉えていません。人にとってどうなのか?という一つの観点で、クルマとして大きな価値を生み出せたのは貴重な経験でした。

乗り物酔いを無くしたい、という個人的な想いからスタートした研究テーマでしたが、 このような形でプロダクト開発に活かせてとても感慨深いです。

中條 山田さんの個人的な研究テーマがプロダクト開発に結びついたという点は非常にHondaらしいなと思いますね。

矢口 自分たちの想いを自由に詰め込めるというのは、クルマの開発の現場ではなかなか実現できることじゃないですからね。数値やマーケティングも考慮した上で、メンバーみんながそれぞれの観点から意見を交換する。だからこそ、「強い」プロダクトが出来上がるんです。

矢口史浩、市川聡子、中條康治、山田幸子

── 最後に、今後の開発に向けた展望をお聞かせ下さい。

矢口 今回新型ステップワゴンで実現した「酔いにくいクルマ」は自動運転社会が実現する今後、より重視されていくはずです。

中條 私もそう思います。自動運転ではドライバーもハンズフリーとなり、より車内での過ごし方が変わってきます。その中で乗っている人にとっての新しい価値を生み出すことが、次世代のクルマづくりにつながるのではないでしょうか。

実は、今回の開発では、「クルマ酔い」ではなく、意識して「乗り物酔い」という表現をしています。それは、今後、この開発で得た知見をステップワゴンだけでなく、陸・海・空・宇宙など、あらゆるモビリティへ広げていきたいという想いがあったからです。

新型ステップワゴンの開発は、そこに向けた重要な一歩になったと自負しています。



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