イノベーション 2022.03.03

Hondaのアバターロボットへの挑戦。ASIMOで培った技術を次世代に

Hondaのアバターロボットへの挑戦。ASIMOで培った技術を次世代に

これまで工場や倉庫などで産業用として活躍してきたロボット。近年は、スマートスピーカーやロボット家電など、家庭での活用へ関心が高まる一方で、かつてアニメや映画で描かれてきたような、いわゆる人型ロボットが生活の中に当たり前にいる未来は、まだ少し先になりそうです。

そんな中、ASIMOをはじめ、長らくロボットを研究してきたHondaは、2021年9月にアバターロボット(分身ロボット)の研究を発表。世の中に早く価値を提供すべく、 2030年代の実用化を目指しています。

本田技術研究所の先端ロボティクス研究のキーマンにHondaがロボティクス研究で目指す未来について聞きました。

吉池孝英

株式会社本田技術研究所 先進技術研究所
フロンティアロボティクス研究ドメイン統括 エグゼクティブチーフエンジニア
吉池 孝英(よしいけ たかひで)

大学時代からヒューマノイドロボットの研究を専攻。Hondaが発表した自律歩行人間型ロボット「P2」を知り、1998年に本田技術研究所に入社。入社以来、ASIMOなどのロボット研究・開発に携わる。2021年より現職。

203X年、アバターロボットで人は「時空を超える」

── まず、現在から2030年代にかけて、社会とロボットの関係はどう変わっていくと吉池さんは考えていますか。

現在、ロボットが活躍しているのは、主に工場など、人から隔離されたスペースが中心です。しかし、2030年代にはもっと人の暮らしの中で活躍すると思っています。

吉池孝英

例えば、配送ロボットが街中を走ったり、最近少し流行っているようなリモート旅行*の一部がロボットに置き換わったり、そういう世界にはなっていると思います。

*現地のツアーガイドと通信しながら観光を楽しめるオンラインサービス

また、私たちが先日発表したようなアバターロボットも世の中に普及しはじめ、人々の移動の概念自体が変わっていくと思います。

── Hondaが研究するアバターロボット。改めてどんなロボットなのか教えてください。

アバターロボットは、訳すと、分身ロボット。今いる場所と異なる場所で、自分の分身として使えるロボットを考えています。

アバターロボットとは

提供価値はふたつ。時空を超えた瞬間移動による時間価値の最大化と、自分の能力を超えた活動ができるようになることです。

まず、自分と別の場所にいるロボットを扱うことができるということは、ロボットを通じて距離を飛び越え、移動時間をなくすことができるということです。私たちは、時空を飛び越える存在として、アバターロボットを「4次元モビリティ」と表現しています。

移動時間を減らすには、自動車や公共交通機関、空のモビリティなどをうまく使って、移動を効率的にするという方法もありますが、アバターロボットは瞬間移動と同じ価値を実現するものです。つまり、時間価値を最大化できます。


もうひとつは、身体能力の拡張です。ロボットなら、生身の人間が活動できないような危険な場所にも入り込めますし、もともと持つ身体能力以上のこともできます。

例えば、重いものが持てるとか、目が弱ってきて細かい作業がつらいけれど、それがやりやすくなるとか。そういった点も、アバターロボットの魅力です。


このように、アバターロボットは、時間、場所、能力の制約から人を解放して、人の可能性を最大限に発揮できるようにするロボットだと我々は考えています。

── 2030年代、アバターロボットは具体的にどういったシーンで活躍するのでしょうか。

我々は、「リモートワーク」「救命救急」「宇宙」のようなユースケースを考えています。

まず「リモートワーク」です。パソコンだけでできる仕事のリモートワークは定着してきていますが、我々のような手を動かすエンジニアの仕事は、まだまだ場所に縛られています。そこを解放できるのは大きな価値だと思っています。

例えば、最近は共働きの夫婦も増えていますが、両者のやりたいことに対して、移動時間の制約があると、どちらか一方が諦めざるを得ないこともあります。そういった場合に、アバターロボットがあれば、移動を伴わずとも働けるので、諦める必要はなくなります。自分の能力を発揮できる可能性が拡がっていくのではないでしょうか。

アバターロボット

2つめは「救急救命」をユースケースに考えています。

例えば、人が倒れたときに、AEDを適切に使えるかというと、気が動転したり自信がなかったりと、なかなかうまくいかないことも考えられます。そんなときに、医療などの専門知識を持った人が、瞬間移動でサポートに入ってくれたら…。救命率も上がるでしょうし、患者や現場に居合わせた人たちにとっても安心感がありますよね。

いざというときに、専門知識を持っている人が瞬間移動で助けに入ることができる、これもメリットのひとつとして考えています。

アバターロボット

── 最後に、「宇宙」です。近年、宇宙ビジネスが盛り上がっています。

今や宇宙開発は注目の的ですよね。月や火星はだんだん身近になってきた気がしています。

例えば月面。宇宙飛行士が危険な環境でリスクを負いながら行っている作業も、アバターロボットなら、そのリスクを減らせます。安全な場所からミッションを実行できるようになる。

また、月に設置したアバターロボットの空き時間を活用できれば、一般の方々が地球から月の石を触ったり、無重力状態のなかで投げるなんて体験もできます。

バーチャル空間ではなく、リアルの世界を直接体験ができるなんて、ワクワクしてきませんか?

アバターロボット

── メタバースも話題ですが、これとはまた違うものでしょうか。

そうですね、メタバースはバーチャルの世界で完結するのが基本です。我々はもっと現実に根差して、リアルな環境で世界のどこでも活動や体験ができるというところに価値を置いています。

35年以上続く、ロボット開発へのHondaの想い

── Hondaはどういった想いでロボット研究を続けてきたのでしょうか。

ロボット研究は、1986年に、航空機、自動運転などの研究と並行して、さまざまなプロジェクトの一環でスタートしました。根底にあるのは、「技術は人のために」そして「人の生活に寄り添う」という理念です。

Hondaの考える主役は、人間です。ロボティクスの技術を使って、生活の中で人をサポートすることで、誰もが能力を発揮して、自らの可能性を切り開き、充実した人生を送れるような社会を実現したいと考えています。

吉池孝英

人に寄り添うとは、単に物理的な距離の話ではありません。心理的に寄り添える存在であることをより大事にしています。

例えば、施設内をロボットが移動するとき、従来だとランプやブザーをつけて「通りますよ、注意してね」といった感じで進んでいました。人がロボットに気を遣わなきゃいけなかったんですよね。その方がロボットにとって都合がいいし、研究者にとっても楽なんです。

でもやっぱりそうではなくて、人とロボットが相互にコミュニケーションを取りながら、共存できるのが理想です。私たちが考える「人に寄り添う」というのは、まさにこういった考え方です。

1986年当時に描かれた、「お供ロボット」のスケッチ 1986年当時に描かれた、「お供ロボット」のスケッチ

動き方の他にも、1986年に描かれたスケッチにもあるように、見た目、大きさなど、すべて人の生活の中で共存することを大前提に設計してきています。

── Hondaのロボットと言えば、ASIMOの印象が強いですが。

そうですね。1986年から二足歩行の研究は始まり、P1、P2、P3と経て、2000年にASIMOが誕生しました。そこからまさに20年近く、ASIMOとともに我々は成長してきたと思っています。

Hondaのロボット開発の系譜 Hondaのロボット開発の系譜

ASIMOを通じて、人の生活空間の中で活動する運動能力や、人とのコミュニケーション能力やインタラクション能力、他にも手を使った作業などを研究してきました。

私個人は、ずっとASIMOの足の研究を中心にやってきました。気の遠くなる研究でしたけど、自分が思った通りに走ったときには、本当に感激しましたよ。まさに、ものづくりの楽しさをHondaで体験してきました。

── 20年間のASIMO研究ではどういったことが見えてきたのでしょうか。

ASIMOって、20年間、世界のどこかで毎日動き続けていて、人と実際に接する機会も非常に多かったんです。だからこそ見えてきたものがたくさんあります。

ASIMOは、仮に人と肩がぶつかって倒れそうになっても、「おっとっと」と歩き続けることができます。ただ、万が一倒れてしまったら。そこに小さい子どもがしゃがんでいたら。さまざまなケースを考えたときに、完全に安全を保証するのは難しく、まだまだ課題がありました。

1体のロボットが、人間と同じように、人間と同じ空間で、自律的に動くという理想を描いていましたが、それにはさらに10年、20年、もしくは、もっと時間がかかるんじゃないかと。

我々、研究者にはやはり「技術は人のために」という思いがあります。なんらかの形で技術を少しでも“早く”世の中に役立てたい。

だから、今は、ASIMOという完璧なパッケージにこだわるのではなく、「足の技術」「手の技術」など、一つひとつの機能を大事にして、まずは個別の能力で、早く社会に価値を提供していきたいと考えています。ASIMOのDNAをそれぞれの研究に受け継いでいくようなイメージです。

当面は、個別の能力を持つロボットを開発していていきますが、遠い将来にはそれらが一つにまとまって1体のヒューマノイドロボットになる、という可能性はありますよ。

アバターロボットに受け継がれた、ASIMOの「手」

── アバターロボットにもASIMOの技術が生かされているのでしょうか。

まさに、アバターロボットの「手」は、ASIMOの設計者がそのノウハウを投入して作っています。

Hondaが開発中のアバターロボットの「手」 Hondaが開発中のアバターロボットの「手」

Hondaは、ASIMO開発の過程で「人の手」を研究してきました。他社のアバターロボットは、グリッパーのものも多いですが、Hondaは多指ハンド。グリッパーだと人の手と全然違うので、人の手の動きとシンクロして、直感的な操作を可能にするために、まずは、ハードウェアの面で人の手に近づけています。

また、ASIMOは、水筒の蓋を開けて紙コップに水を注ぐことができます。人間にとっては簡単な作業ですが、コップの持ち手は、注ぐたびに水でどんどん重くなっていく分、力具合を少しずつ調整する必要があるんです。ASIMOには、指先のセンサーでモノの状態を感知して最適な力を調整するという技術があります。

この技術はアバターロボットにも「AIサポート」という形で生かされています。

水筒の蓋を開けてお茶を注ぐASIMO 水筒の蓋を開けてお茶を注ぐASIMO
蓋を開けるアバターロボット 蓋を開けるアバターロボット

ただ単純にパペット人形みたいに遠隔で操作したとおりに動くだけではなくて、遠隔操作の難しい部分はAIがサポートします。遠隔操作と自律性を切り替えながら動かせるのがHondaのアバターロボットの特長です。

ロボットの研究とは、人の研究

── 吉池さんが、ロボット開発で大事にしていることは何でしょうか。

私がHondaでロボットの研究開発を始めて20年強、その大半はASIMOと共にありました。今は、その技術や経験を生かして、アバターロボットの研究開発を進めていますが、人中心の考え方はまったく変わっていません。

ロボット研究って、「人の研究」なんです。人ってすごいんですよ。

ASIMOの足の研究をしていたときは、ASIMOに階段を上らせるために、自分で階段を上りながら重心がどうなっているのか必死に考えていました。

今回のアバターロボットの開発も、遠隔操作者にどのような情報を与えたら、ものを掴んでいると感じられるのだろうかとか、そういう「人」の研究なんです。

吉池孝英

── 今後のロボット開発への意気込みを聞かせて下さい。

私のHondaの入社のきっかけは、P2というロボットを見て、こんなものができるんだと驚いたことです。きっとこの会社なら、世の中を変えるんだろうなと。同じように、世の中の多くの人が、ASIMOという唯一無二のロボットを作ったHondaに、大きな期待を寄せてくれているはず。

ASIMOのDNAをつなぎ、新たな価値を実現してくことで、Hondaはやっぱり夢を実現する会社だということを証明したいです。